第40話 ただいま皆、こんにちは事件
村を回る前に、俺の社の隣に建てられていた社の方へお邪魔することにした。守り神様の社である。
社の前で手を合わせて拝んでみる。
「ただいまもどりました、っと」
『随分と遅いお帰りでしたの?』
「ヴァーッ!!」
いきなり背後に現る気配。ビビリ散らして尻もちをつけば、ジト目の幼女こと守り神様が、隣に屈んでこちらを覗き込んでいた。
金の瞳の中に、縦の瞳孔一本線。その虹彩を綺麗ダナー、なんて思う余裕は今はない。身の纏うこの雰囲気は、どう見てもお怒りのご様子である。
『一体お主は何をしておったのだ。既にあの頃に生きた人の子の内の半数は、黄泉の国へと旅立ったぞ』
「それに関しては本当に悪いと思ってますし、俺もさっき知って恐怖でいっぱいですよ」
『ふん、せいぜい今生きている人の子たちの顔でも見に行けばよかろう。
……さぁ、何をそんなところで呆けておるのだ。さっさと立って歩かんか』
そう言って守り神様は、地に転がる俺の頭を白い尻尾の先で
みぇ、守り神様ってば当たり強いよぉ。まあ今回に関しては全面的に俺が悪いんだけどさ。
その後はオババ・うぃず・幽霊ペアレンツ・プラスアルファの守り神様を連れて、村を見回った。
村の広場に行けば、俺に気づいた大人たちがわらわらと寄って来た。その振る舞いの端々に、かつての子供たちの姿が脳裏にふわりと蘇る。
そうかぁ、30年も経てばみーんな大人になっちゃったのかぁ。俺的にはほんの数年間ってな認識なんだけどなぁ。
……ホントに、30年経っちゃったんだな。
皆、俺の外見年齢もとっくに越して、立派にたくましく成熟していた。ちらほら見える小さい子らは、彼らの子たちなのだろうか。否、違う。あの子たちの親はもう少し若い世代だろう。ってことは―――
……そうかぁ。あの子たちが、もう親どころか祖父母の世代になったんだなぁ。
村人の集団の奥から、他の人たちよりも良い身なりをした男が歩いてきた。
おっ、その服装は長だな! ……ああ、前にかわいがってもらった長も、もういないんだろうな。
少ししんみりとした気持ちで見慣れぬ長を見つめていれば、妙にゆっくりとした足取りでいることに気が付く。その目はまん丸に見開かれて、口もぽかんと開け放たれている。
んー? ぱっと見、40代くらいか? なら俺と一緒に遊んでいた可能性がある人物ってことになるが……
すると、男の口からぽろりと言葉が零れ落ちた。
「―――ミコ、にぃちゃん」
その名で呼ばれた瞬間。とある少年の面影と目の前の男とが、ふと重なった。
「お、まえ、もしかして……」
豆チャンプ少年か!?
こちらも驚きに目を見開けば、男は反対に髭面を笑みに歪めた。
「ああ、覚えていてくだすったんですね。はは、あの頃はよく遊んでもらったもんです」
「おっまえ、大きくなったなァ! 長になったのか!? わぁ、めでたいなぁ、すっごいなぁ!!」
背中をバシバシと叩いてやれば、元豆チャンプ少年は、その髭面をふんわりと緩めて、実に嬉しそうに笑った。
その笑みの形に、歯の抜けた小僧の笑顔が垣間見えて、思わず整えられたみずら頭をがしがしと書き撫でて崩してやった。
いっちょ前に敬語なんか使いやがって。クソ餓鬼だったくせにこいつめぇ、こんなに立派になりやがって。
みずらが無残にボサボサ爆発ヘアーに変貌したところで解放してやると、元豆チャンプ少年は照れくさそうに眉尻を下げた。
「本当に帰って来てくだすったんですね」
「ああ……と言っても、御父上と御母上が呼びに来てくれなくちゃ気づけないところだったんだ。まさかこんなに時間が経っているとは思わなかくてさぁ。ごめんなぁ、もっと早く来てやれなくて」
「いいんです。またこうして貴方にもう一度お目見えできたこと、嬉しく思んます。
―――なぁ、そうだろ、皆ァ!」
元豆チャンプ少年がくるり振り返って声を掛ければ、かつて子供だった村の衆は、予め示し合わせていたかのように、太くなった声をそろえて”応”と応えた。
合わさる数多の声の音の響きに、大気がビリビリと震えて一陣の風となって吹き抜けてゆく。
突然のことに目を見開いたまま固まってしまっていたら、元豆チャンプ少年はにやりと口角を釣り上げた。かつての悪ガキの笑みの形そのままに。
「おかえり、ミコにぃちゃん」
その後、感激のあまりに涙腺をスプラッシュ爆破させて、かつての子供たちを困惑させてしまったけれど、昔の話をするうちに直ぐに楽しくなって、村長のお宅に突撃訪問して皆で集まってしゃべくり散らした。
そうして大人になった皆と戯れつつ、現役の子供たちとも新たに親睦を深めたところで、今度は元マイホーム居館の方へ向かうことにした。
「アイムホーム!!」なんて宣言しながら久しぶり居館に足を踏み入れれば、今代の王とご対面。なんと、一つ下の弟が現王をやっていたのだ。
はぇ~、こっちもすっごく立派になっちゃってマァ~~! なーんて冠を奪って、昔よくやっていたように頭を掻きまわしてやったら、冠を取り返そうと弟がじゃれついてきた。その攻撃を華麗に避けつつ、二人目の爆発ボンバー頭を作成していたら、弟のお嫁さん、つまり今代の女王が諫めて来たのでそこまでにしてやった。いいじゃん。二人とも仲良くやってるみたいで。ただちょっと爆発してきてほしい気持ちもあるけど。
何人か病死や戦死していた者もいたが、他の兄弟たちもおおむね元気そうであった。
一人、瘴気を放つ妙な塊がべっちょりとくっついている妹がいたから、対面した時にベリッと引きはがしておいた。瘴気のお味は黄泉の国産の方が上質だったね。
しかし不思議なことに、その瘴気の塊の中核から兄上の気配のする低級妖怪似の不思議生物が出てきたのである。いや、似てるどころじゃない。実際に低級妖怪に変質してしまっている兄上だろうこれは。気配を読むのが得意になった俺にかかっては、体の中身も丸わかりってよ。
でもあんまりにもあんまりな状況だったもんだから大急ぎで守り神様のところに持って行って聞けば、間違いないとの確認が取れた。
どうしてこうなったし。
見目気持ちの悪い、ハンドボール大の不思議生物に声をかけてみても、完全に精神まで低級妖怪に成り果てたか、奇声を発するのみで意思疎通ができない。
これでは埒が明かねぇと、「一の兄上が俺が村に置き去りにした後にどうなったのか」という質問を村の皆に聞いて回ったら、「随分前に死んだ」と聞いた全員が答えていたのに、その誰もが「いつ兄上が死んだのか」という問いに答えられなかったのだ。
生者だけじゃない。あられもない魂をさらしたパッパもマッマも、果ては守り神様までもが、兄上の死んだときの詳細が思い出せないのだという。
しかし不思議はそれだけには留まらず、さらに訳の分からないことが起こったのである。
手に負えなくなって、事件解決を守り神様に泣きつこうとしたときのことである。
守り神様は、俺の抱える推定兄上を指さして言ったのだ。『その珍妙な生き物は何なのだ』、と。
何言ってんすか、今までコレの謎を解決しに奔走していたんじゃないすか、ちょっと自分には高度過ぎるジョークは理解できないっすと問い詰めれば、本当に心底知らないというように首をひねられた。そして推定兄上に初めて見るような目を向けたのだ。
神様もボケるんだろうか。でも、ボケにしてもあんまりだと、パッパとマッマの方を振り返ったら、二人も揃って言うのだ。その妙なものに覚えはないと。
脳内に大量のクエスチョンマークを増殖させつつも、コレが兄上であることをもう一度説明すると、ようやく先ほどまでのやり取りを思い出したようで、何故忘れていたのかと彼らも頭を悩ませていた。本当だよ。
しかし、一度総力を決して事件解決へと導こうと、3人にとある部屋に集まるように言ってから、自宅で休んでいたオババを連れ帰って合流してみれば、再び人外組の頭からは兄上の存在がそっくり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
頭を抱えて膝から崩れ落ちた。わけがわからないよ。
念のため生者であるオババはどうなのかと実験をしてみたところ、説明をしてから五分後くらいにもう一度聞いてみれば、やっぱり兄上に関する記憶だけが抜け落ちてしまうことが分かった。
その瞬間全てを悟り、自然と微笑みが浮かぶ。
謎が謎を呼んで見事に迷宮入りを果たしました。
誰か高校生探偵召喚してください。切実に。
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