第39話 お久しぶりの帰省

 神域に帰ってみれば、目の前に立派なおウチが出来ていた。

 見慣れぬソレに思わず首を傾げれば、パッパが誇らしげに歯を見せ、にかりと笑った。


『それはお前のために造らせた社だ。お前のものであるというこの領域内に在るということは、我らの試みは上手くいったのだろうな』


 マッマも、ぽふぽふと俺の頭を撫でて言う。


『皆が貴方のために力を合わせて建てたのですよ。さぁ、童らの元へ帰っておやりなさい。皆、貴方の帰りを待ち望んでいるはずですよ』




 そこにあった光景に、思わずしみじみと眺め入った。

 瘴気に覆われているはずのこの地に、清浄な気が流れているのだ。


 知らないうちに生えていた社を中心に、展開された結界の外に広がる湿地帯との境界線の内は緑に覆われて、あったかくて優しい空気に包み込まれていた。

 まるで春の空気よう。懐かしい村の雰囲気だ。三つ目を閉じれば、どこか近くとも遠いところに人々の思いを感じる。


 もちろん、この神域中の全部の瘴気おやつが祓われているわけじゃない。いらない土地を全部もらったような状態であるがために、全域は、全長キロ単位の蛇型であっても広いと感じる程度には広いのである。その広大な土地のほんの一部が春になっているだけであるにすぎない。


 でも、この社のあるところだけは、ただここに居るだけで満たされるのだ。

 いい天気の日に河原で日向ぼっこをするがごとく、頬をくすぐり去ってゆくいたずらな風に吹かれたかのように爽やかで、どこまでも清々しい気分になれるような、それでいて陽だまりの微睡の中にゆったりと誘われていくような、そんなふわふわとした優しい空気に満たされているんだ。

 あったかくて、それはそれは心地よい場所。




 えぇ……何この嬉しいプレゼント。触手が薄ピンクになっちゃう。

 によによと上がる口角。顔が変形して崩れそうになるのを、頬の肉を噛んで堪える。


 柔らかな緑の草原を踏みしめ、社に向かって歩み寄る。その立派な柱の一角に触れてみれば、下界のとある一転に向かってパスがつながっているのを感じた。これが下界にあるという、村の皆が建ててくれた社ってやつなんだろう。


 本当は空から村に狙いを定めて、上空からダイナミックお邪魔しますをしようと思っていたのだが、これならば直通でテレポートが出来る。

 今から故郷に渡るのだ。ああ、嬉しくってたまんない。



『さぁ、カガチ。行きましょう』


 後ろから近づいてきたマッマは、俺の手をその白魚のような指で取ると微笑んだ。パッパも、俺をはさんで隣に立つ。


『共に帰ろう、我らが地へ』


 塞がった両手の代わりに、濡れた目尻を薄桃の触手で拭って笑顔で返した。


「……うん!」






 そんなわけで、俺、降☆臨!


 下界に降り立ってみれば、そこは社の中だった。

 ヒノキの香りのするその内をくるくる回って見渡していれば、正面の扉がスッと開け放たれ、その奥から老婆が現れた。


 ウワ、ナイスタイミ~ング! ってオババじゃんおひさ~!!

 てかオババ、パッパとマッマが死んでもまだ生きてたんだね!? 最早何歳なんだ。百歳越えちゃってんじゃなかろうか。


 顎が外れそうなほどに口を開け放し、しばらく銅像のように硬直していたオババであったが、ふと我に返ると、その歯の抜けて寂しくなった口の奥からしゃがれた叫び声をあげた。


「み、み、み、皇子様アアァアアアッ!!!」


 瞬間、オババの姿が宙に掻き消えた。刹那、目の前にしわくちゃの顔が現れる。限界までかっ開かれたその瞳はらんらんと輝き、瞳孔は完全に開き切っていた。


 その枯れ枝のような姿からは信じられないようなスピードで突進し跳びかかってきたオババのその体をとっさに受け止めれば、思ったよりもあまりにも軽くてバランスを崩しかける。

 抱きしめたその体は、しわしわで随分と小さくなってしまっていた。


 オババは俺にしがみついたまま、ぽんぽんと俺の顔やら体やらを節くれだった指先で確かめてゆく。そうして納得のいくまで確かめきったか、ああっと大きなため息を吐くと俺に寄りかかって崩れ落ちた。

 その脆く小さな体は小刻みに震えていて。


「ただいま、オババ。遅くなってごめんね」


 そうぎゅっと労るように優しく抱きしめながら言えば、オババはぎゅうぎゅうと存外強い力で抱きしめ返してきたのであった。






 オババとの再会を喜び合ったところで、この姿のまま社の外に出ては怖がらせてしまうだろうと、人の姿に化けることにした。


 妖力を使って術を発動。ひらりと宙返りをすれば、同時にぼふりと音を立ててどこからともなく現れた煙の中に姿が隠れる。別に宙返りはしなくても術は発動するんだけれど、雰囲気だよ雰囲気。

 煙が晴れれば、頭に思い描いた姿に早変わりしてる……はずだ。


 傍に置いてあったピカピカに磨かれた銅鏡を覗いてみれば、懐かしの俺のヒューマンフェイス(プリンスの姿)とご対面した。ちゃんと目も二つだし、瞳が赤く染まってもいない。どこにも鱗は生えていないし、触手もきれいさっぱりと消え失せている。


 銅鏡から一歩離れ、くるりと回って見える範囲だけ全身を確認してみる。

 イメージしたのが村で暮らす普段の俺であったから、装束も白い王族の衣を纏い、そこに鎧はない。あと、髪型もちゃんとみずらだ!


 よぉし、うまくいったぞぃ! なんて喜んでいたら、パッパとマッマとそれからオババに泣きながら抱き付かれた。


 へっへっへ、サプライズ成功だぜ。いつか村に帰るときのために練習してたんだ。

 そんでもって、当然のようにオババは幽霊であるパッパとマッマのことが視えてるのね。さすがは巫女、全くすごいや。




 この変化の術は、飲み友である妖怪達に教えてもらったもので、妖力を消費して発動する妖術の一種である。極めれば、見た目だけじゃなくて、体の中身まですっかり対象に成りきることが出来るんだって。

まだ俺はこの人間姿くらいしかそこまでのクオリティの変化は出来ないけど、この術を教えてくれた貂の妖怪は、十種類くらい完全擬態が出来るらしい。外見ガワだけならば数百もの姿に化けることが出来るんだってさ。流石は化け術のスペシャリストだね。


 その貂の妖怪によれば、同じ姿を変える術であるヒトガタの術とはまた別の原理のもので、ヒトガタが体をこねくり回して再構成しているのに対して、こちらは術を発動した結果として姿が変わるんだってさ。

 俺もこの辺りのことはよく分らなかったのだが、俺の場合、ヒトガタをとった時も姿も大蛇の姿も本質であるのに対して、変化でとる人の形は偽装であるということらしい。なるほど、全く分からん!




 そんなこんなで社の外に出てみれば、すっかり様変わりしながらも、どこか懐かしい村の姿があった。なんかすっごい広くなってる気がする。とんがりかやぶき屋根がつんつんつんつん空に向かって突き出ており、家がこんなに多くなっちゃってまぁ……


 しっかし、発展した村に比べ自然の方は一切変わっていないな。

 昔遊んだ山々は、相変わらず定位置に並び囲ってこの村を見守っていて、その堂々たりとも頼もしい姿に、何だか懐かしい気持ちになる。




「……アレ?」


 唐突に襲われた違和感に首をひねった。


 ちょっとまて。何で自然が一切変わってないんだ?

 山々は俺が村を庇った時に真後ろにあった、北の山以外は全部蒸発して真っさらになったはずでは……? スサノオが消し飛ばしたはずの山々が、なんで当然のように聳え立ってんだ?


 すると、俺の疑問の心中を読みとったかのように、オババがあの後のことを語ってくれた。


 なんでも、俺が瘴気回収をしてからスサノオに連れ去られて天上界へ飛び立った後、入れ違いに天から多くの神々が降りてきて、付近の自然を大復活させたらしい。


 まじっすか。もしかしたら、天上界でお世話になった方々の内の誰かしらは、この後始末をしてくれていたのかもしれないってことじゃんね。

 もう皆ホント優しくてびっくりしちゃうよ。自称神のヤローとのあまりの差に涙が出てきちゃう。月とすっぽんどころか、冥王星と(トイレの)すっぽんくらい違う。……本当にありがたいことだ。

 自称神のヤローすっぽんはそのままトイレのブツ引っ付けてくんないかな。





 今度会った時には何かしらお返しをしなくては。瘴気回収の類なら役立てるし、それ以外でもできることなら何だってやろう。

 恩には必ず報いるってのが、俺のポリスーなもんでさ!

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