第12話 とある古墳人の④ 奇行の末に

 大会が催されて以降、箸は国中で求められることとなった。


 勝負事に使う、という意味でも重宝されたが、それ以上に箸を使っての食事の利便さに気づいたことが大きい。




 箸は国内での交易品の要を務めるほどに成長し、それを最も上手く作ったのがミコだった。


 こ奴は、簡素な道具を手掛けさせるならば、素晴らしい逸品を作り出すことが出来た。

 ただし生物を象ったものを作らせたのならば、絵画しかり造形物しかり、それは見る者の精神に異常をきたすようなとんでもない呪具と化す。


 アレらは決して世に出していいものではない。生み出されてしまった呪具は、今は全て技巧集団の部屋の中に今は収められているが、何時外に出てしまうかと思えば気が気でない。

 アレを見れば誰だろうと、誰かを呪殺しようとしているのだと勘ぐることはまず間違いないだろう。


 そてはさておき、この頃にはミコの箸を作り続けたその腕前は大変上達しており、さらに朱に色づけたり、漆を塗ったり、技巧集団との共作である美しい細工の施された箸は飛ぶように求められ、交易の必需品となっていた。




 しかし、そうして多くの時間を箸を作ることに費やし、部屋に閉じこもっていたミコは、ある時ついに破裂したのである。


 「ヴァー!! 肩いだい目いだい何か全体的にいだいぃ!! アロマバス入りてぇつうか風呂に入りたいゆっくり浸かりたいけど古墳時代にはありゃせーん残念でしたってなハァッ!!


 ……つくろ」


 呟くや否や、その場にあった木材を切り刻んで薪にすると、貯蓄用の大甕を井戸の側の空き地に運ばせ、その尖った先端を地に刺したかと思えば、周りに薪を置いて点火。焚火を築いた。

 そして何往復もかけて水を甕の中に入れてゆく。半分より上に溜まると、時折腕を水に突っ込んでは期待顔に水面を見つめ続けた。


 それを幾度か繰り返し、ついに満足のいく温度になったのか、一度大きくうなずけば服を脱いだ。


 もう一度言う。服を脱いだ。

 ただ上着を脱いだとかそういう話ではない。すべて取り計らって一糸まとわぬ姿となったのだ。

 すっぽんぽんになったミコは木の板を一枚足の下に添えると、そのまま板ごと熱せられた水の中へ沈み込み、そして気持ちよさげにアァと息を吐いて目を細めた。




 正気の沙汰ではない。

 極楽極楽と呟く、奴の入った甕は火の中で熱せられ続けており、今に煮えたぎって地獄へと変わるだろう。その場にいた使用人全員が悲鳴を上げたが、ミコはその中心で暢気のんきなものだ。


 それからも、使用人がいくら騒ごうが動ぜず煮込まれつづけていたミコであったが、しばらくすると流石に熱くなったのか、側にいた使用人の持っていた麻布を腰に巻き付け一度外に出た。

 一同がほっと息をつくその横で、ミコは井戸から冷たい水を桶に汲み、その中身を甕に入れた。そして腕を突っ込んで数度かき回せば、また甕の中に入ってしまったのだ。

 これには全員あきれ顔でほとほと困り果てたものの、いつものミコの奇行だろうと察してぱらぱらと離れて行った。


 それからミコは定期的にこの珍妙な儀式をやるようになったのだが、今では誰も気にしていない。






 様々な出来事がありながらもミコは箸を作り続け、かねてより求め続けていた塩を自由に手にすることができるようになると、厨房を制圧し、自ら台所に立った。

 そうして自分で獲った山鳥の肉を捌き、穀物を入れての水炊きの煮込みを作り、家族側仕えに振舞ったのだ。


 ミコが作ったものとあって、場に居たもの全員が目の前に出されたものに手を付けられずにいた。あのミコが作ったものなのだ。一見美味そうにも見えるこの料理、はたして本当に口にしてよいものなのかは皆目見当もつかない。


 しかし当の本人が一切の躊躇もなく手を付け、椀の中身をすすり始めたのを見て、おそるおそると数人が料理に手を伸ばし始めた。

 私も覚悟を決め、箸を右手に持ち椀を左手に取り構えた。




 塩が普段よりも多く使われ、椀に入れられたその汁が多めの雑炊は、箸を用いることで熱いうちにすすることが出来た。はふはふと息をかけながら必死に食すも、その火傷しそうな熱さが心地よい。

 と、次の瞬間、香る抜群の風味が鼻腔を通り抜け、鳥の肉の油が解け出た甘みと舌を押すうまみが塩味によってぐっと持ち上げられ、柔らかく煮込まれほろほろと崩れる具材にも、このうまみがどこまでもしっかりと沁み込んでおり、名残惜しくも飲み下したときには、その温かい一口が五臓六腑に染み入るようであった。


 内腑が震える。その美味なる一杯に思わず目を剝いた。

 ミコの方をその場にいた全員が凝視したが、その当人は、


 「こしょう……唐辛子……スパイスがたりねぇ……あぁ、パンチがほぢぃ……」


 などと虚空を見つめながら、訳の分からないことを呪詛のように呟いていた。

 いつものミコの反応であると皆納得して、そちらへの興味をすぐに失い、自分の一杯を食すことに意識を落とした。




 その次の日から、ミコは”すぱいす”なるものを探すと称し、山中の植物を食らい始めた。というのも、草や木になる実を見つけては手あたり次第に口に放り込み、その草本体も食み、根を掘り起こしては土がついたまま齧り、果ては木の皮までをも剥いではしゃぶっては気に入らなければ吐き出すという奇行を始めたのである。


 もうこの頃になると、全ての事象は”ミコだから”の一言で片づけられることが多くなっていた。何を食っても腹を下さない様子のミコに、私ももう好きにさせてやることにした。


 その辺りから山遊びの土産物に、ミコの気に入った選りすぐりの実が、水菓子でざーととして食事に出るようになった。

 それは使用人にも行き渡足るほどの分量だったものだから、皆大いに喜んでいた。

 もたらされたものが、山で何が起きた末の副産物であるかを知らないがゆえの、純粋な喜びである。


 誰もがミコはその水菓子を目的に山に入り浸っているものだと思っていた。実際には山で上記の奇行を繰り返し続けているのだとしても、その事実に誰が思い至るであろうか、否、至るまい。


 この悩みを分かち合える相手は、王より他におられなかった。すべてを報告申し上げれば、王は毎度腹をさすっては顔を覆ってしまわれる。その度に私の良心もしくしくと痛むのだが、仕事なので全てを包み隠さず報告申し上げている。






 そののち暫く。

 ミコのお眼鏡に叶う植物も無事見つかったようで、その植物を用いての不思議な香のする料理にミコも満足したところでその事件は起こった。


 とある夏、居館の者の半数以上が腹痛に倒れたのである。

 ババ様は妖ものの仕業と踏んで部屋に引きこもると、氏神に一晩中祈りを捧げ続けた。その折にミコが何故か「俺じゃない……俺じゃない……」と顔面蒼白で呟いていたので、何をしたのだと問い詰めたところ、


 「だがら俺じゃねぇって! 俺今日は厨房立ってないもん! それに新しい食材も持ってきてないから俺じゃない……俺じゃないんダーッ!!」


 と叫ぶや否や病人を大部屋に並べるよう指示すると、麻布をかき集め部屋に積み上げ、井戸に走り木桶を持ってくると、発熱している病人共の額に濡らした小さな布を置き、大きな布は病人の体を覆うように被せた。そうして動ける使用人に看病するよう指示を出し、自分は何処へ向かってか走り出した。




 何をする気かとついて行けば、厨房へやってきたミコは、残っていた朝餉の残りの入った土器からそれぞれ一口ずつ匙にすくっては食べ始めた。そして全ての器から味見し終えると、顔を顰め唸り始めた。


 このような時にお前は何をしているのだと問い詰めれば、ミコは「わからん」と答えた。

 分からないのはこちらの方である。呆れてものも言えなくなっていれば、ミコは慌てて取り繕うように言った。


 「俺はこの現象を、集団食中毒だと思うのよ」


 ミコ曰く、何かしら変なものを食べたもの全員がそれに当たったのではないかとのことであった。

 だが、それはミコの持ち帰る得体のしれない食材を用いた料理を食ったからというわけではないのだと、聞いてもいないのに奴は言い訳を始めた。


 今朝はミコも調理には加わっていなかったし、朝餉に使われていた食材も普段食べているものばかりであったのだと。

 となると何らかの食材が腐っていたか、生焼けであったかしたのであろうと、実際に食って味を確かめて見たものの、違いは何も分からなかったらしい。


 そのミコの考えが正しかったとして、大勢を床に打ち倒したその元凶を食らうという発想は正直どうかと思ったが、ミコだから大丈夫だろうと思考を切り替えた。




 諦めずにミコは食事係や屋敷の者に聞いて回り、ついにヒョウタンと鳥の肉を使った汁を飲んだ者全員が倒れていたことを突き止めた。

 私はヒョウタンは苦いからあまり好みではなく、汁にも手を付けていなかったことを思い出し、大変驚いたことは今でもよく覚えている。

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