第11話 とある古墳人の③ やらかし事

 ミコは技工師に交じり合って器や埴輪を作ることもあったが、その作品が何とも形容し難いものであった。


 器を作るときはよく出来たものを作り上げるというのに、どういうわけか、埴輪など何かをかたどったものを作ろうとするとき、視る者の心を不安に怖気だたせるような、珍妙な形状の物体が創造されるのだ。




 前にミコがあまりにも凄まじい出来の、埴輪と思しき辛うじて人型の造形物を手掛けていた時、私はそれが何を表したものであるかと、怖いもの見たさに尋ねたことがあった。


 ミコは答えた。

 これは王である、と。




 嘘をつけ、人間に腕は六本も生えていないし、そのように幾重にも曲がりくねった骨格も持っておらぬであろうが。邪神の間違いであろう。

 地獄の苦しみにもがき苦しみ、断末魔の声を上げているかのような鬼気迫ったその埴輪の表情には、全身の毛という毛が逆立たざるを得ない。


 お前の中の王はそんなにも禍々しいものであられるのかと、その目を抉り出して攻め立ててやりたくもなった。

 しかしその時、ふと何処からか視線を感じたのだ。


 身に刺さる得体のしれぬ視線の先を辿れば、埴輪の虚空を見つめる虚無の節穴とかち合った。

 その様、深淵の闇のごとし。じとりと、己の内側をのぞき込まれているような気さえした。深く深く、奥深く。隈なく隅々まで、己が存在のすべてを丸裸にされているかのような。


 そのあまりの不気味さに、魂より不安に心揺さぶられ精神がおかしくなり、たちまちのうちに狂ってしまいそうにすら思えて心の底から怖気だった。


 気分が悪くなり、即座何も言わずその場から距離を置いた。




 外に罷り出でた時、風の動きにじっとりとした冷や汗の感触を全身に得た。己の顔色が青ざめているであろうことは自分でも分かっていた。明るい日の光を見つめていれば、恐怖に凍り付いた心もじんわりと融かされてゆくように感じた。


 日のありがたさを身をもって思い知った、その時である。後にした部屋から、技師たちの感心したようなざわめきが聞こえた。耳をすませばなんと末恐ろしいことに、あの呪物に対して賛辞の声が飛び交っていたのだ。技巧集団はどうやらアレを大層お気に召したらしい。ミコもその声に満更でも無さ気に応えていた。


 その時悟ったのだ。いくら仲の良い相手だったとしても、一生分かり合えぬこともあるのだということを。

 それ以来ミコがあの部屋にこもった時は立ち入らないようにしている。






 また、ミコが引き起こした珍事の一つとして必ず挙げられる、一二を争う功績に数えられるのは、”小皿の豆の渡せるはし”を伝えたことであろう。アレは珍しく被害起こらなかった、数少ない事件なのである。




 ある時、ミコは山で拾った枝を削って二本の細い棒を作った。

 それで何をするのかと思い見ていたところ、食事の折に、それを盛られた飯の中に突き立てたのである。


 親族様方はいつものミコの奇行であろうと初めは気にも留めておられなかったが、ミコがその二本をまるで指先のように操り、見惚れるほど器用に飯を頬張っているその姿に、一連の流れをご覧になった王がついに声をおかけになられた。


 「これは箸ってんの。手が汚れないし、何よりアツアツのご飯も食べられる優れモノだよ」


 それを言われて三日ほど前に、何をトチ狂ったか(まあいつものことと言えばそうなのだが)、ミコが炊き立ての湯気の立つ飯の入ったこしきの中に手を突っ込んだことを思い出した。

 未だ布の厚く巻かれた手で、その箸とやらを持つのは難しいことであったろうに、奴は何の障害もないようにそれを扱っていた。


 後の事件も加えて改めて思い返せば、こ奴の食に対する精神は如何程ばかりであるのか、計り知れずに震えるばかりだ。




 さて、この箸の件から少し前よりミコはどういうわけか、塩をしきりに欲しがっていた。おしなべての子供らが欲しがるものには一切興味を持たず、珍しく王にねだるものがあると思えば、それは塩であった。しかし塩はかなり遠い村へ赴かねば手に入らぬものであった故、断られてしまっていた。

 今になって思えば、あれが食に関する珍事件群のすべての始まりだった気がして止まない。先の事件はそのすぐ後に起こったものなのである。


 ミコは王に箸の使い方を教えるのに、豆と小皿を用いた。ひょいひょいと器用に水を吸わせた豆を、いとも容易く別の小皿へ移してゆく。が、それを見た王が実践してみても、全くお出来にならない。それを見たほかのご家族方が試しなさっても誰もお出来にならない。それを見ていた私ども側仕えにも渡されたが、誰一人として小さき豆に敵わなかったのだ。


 私にも順番が回ってきたが、思っていたよりもよっぽど手ごわい強敵であることに直ぐに気づいた。

 豆がそもそもつかめないのだ。つかんだとしても、棒に弾かれて見当違いの方向に数尺も飛んで行ってしまうのである。


 誰もが諦めかけた時であった。それまでの間、幾度豆を撥ね飛ばそうが挑み続けて部屋中に豆をまき散らかしていらっしゃった王が、ついに全てを移し終わったのだ。

 勇ましき雄たけびを上げ、王は天に拳を突き上げなさった。


 そしてその晩、王はミコさまと共に箸を操り食事をとりなさった。そして手元を震わせながらも、箸のみを使い完食なさったのだ。

 次の日も王は小皿に豆を移し続けた。その翌日もである。そうして幾日も繰り返し続けた末に、ミコの操る動きと何ら謙遜ない箸使いとなられた時、王は大勢の民の前で命令を出されたのです。


 こが国に、箸を広めるのだと。


 小皿二枚と豆が、箸と共に村中の者へ配られた。一月でこの箸を使いこなすようにとの仰せであった。その間は農作業以外の労役も免除されたほどである。


 ところで、この小皿に豆を移すという行為は、終えた時の解放感溢れる達成感が大変心地よい。慣れてこれば、より速く移し終えることに快感を覚えるようになる。いつしか、磨かれたその技術で他人と速さを競うようになり、その競争に国中が熱中するようになった。


 やがて、至る所で豆を摘まんでいた下民たちが、寄り集まって大勢で勝負を始めた。それを取り仕切ったのが、たまたまその現場にいたミコである。

 ”とうなめんと”なる形式を編み出し、参加せし者全員が一斉に豆を摘まみ始め、速く終わった上位十名を一騎打ちで皆の衆の前で戦わせた。

 それはそれは熱い時間であった。最終決戦では齢6つの幼子と村一番の長老が勝ち越し、老幼の戦いに村の衆全員で声援を送ったものだ。


 興奮冷めやらぬまま私がその件を王に報告いたしますと、王は決断を下されました。

 こが国中でこの催しを開き、誰が一番の強者であるのかを決めるのだ、と。


 各村の王にそのよしが伝えられました。猶予は三月みつき、各村からの代表者が選抜され、大会当日には多くの者が王の居館前の広場に集った。

 僭越ながら、私も出身の村代表として参加いたした。やはり始まりの地として、こが村の者が一番俊敏に豆を移すことができたのである。




 さて始まりし”小皿の豆の渡せるはし・とうなめんと大会”。

 使われる豆は水分を含んだ練習用の者ではなく、完全に乾燥した固い豆である。これにより難易度は急上昇、初めの一斉豆渡しの際に脱落するものが多々現れ、ようやく一騎打ち勝負の参加権を得し十名の者が決定した時には、広場にはおびただしいほどの豆が飛び散っておった。

 ちなみにこの戦いで使われた豆は来年の春に植える用であったので、そのまま回収されて来たる時まで袋の中に詰められることと相成った。


 私も”とうなめんと”の場で争うことはできたものの、二つ目の勝負にて、こが村出身の強者、あの齢6つの子供に敗れてしまった。まっこと悔しきことではあったが、勝負の後に視線を通わせた時、確かに繋がりしものを感じ、互いに健闘を称えあったものよ。


 ミコはまたしても大会には参加せず、取り仕切る方に専念していた。

 何せよ、この勝負方式を編み出したのもまたミコであったので、奴がいないとうまく回らぬ節があった。

 私も勝負を終えた後は裏方に回り、その折に「まさかこんなことになるとは」等と宣うミコが地に伏して転がっているのを見つけたものの、どこか楽しそうではあったので放置して部下に指示を出して回った。


 戦いは豆を小皿から移し終わってそれで終了ではない。その一枚を移し終えれば追加の豆皿が用意されて、繰り返しすこと制限時間いっぱいまで。

 これには多大な集中力を要するのだが、それを円滑に回すためには、当然人員が必要となったのだ。




 来たる最終決戦、王と女王が最後の戦場に立ちなさった。

 この戦いで最も技術を高めたのは生み出し元であるミコではなく、その御母上であられた。その卓越し洗練された技術は、見る者の目を奪い思わず見ほれさせる美しいものであり、正に神のなせる業。


 最終決戦での王との戦いは、本当に息を飲むような手に汗握る戦いだった。思わず呼吸を忘れるほどの超絶技巧の応酬、王もまたその体格からは想像できないような繊細な箸捌きを見せなさったが、あと一歩のところで敗れてしまわれた。


 ミコの良く通る声に試合終了を言い渡されたのち、ある一定の数まで数えてより後、ミコの音頭に合わせ、会場が一体となって数を数え申し上げた際、一粒差でこの勝負がついたと理解した時の会場の盛り上がり様は悲鳴のような歓声に割れて、男は雄たけびを上げ女は金切り声を発し、狂ったように互いに叫びあっては掻き抱き、この勝負の余韻に浸ったものである。




 そうして、この催しは神事として毎年執り行われることと相成った。

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