第7話 きーづいちゃったきーづいちゃった、WHY? WHY??

「お前……お前は、何ともないのか?」




 あまりのことに硬直していると、そいつが口を開いた。振り返れば、そいつはまるで化け物を見るような顔でこちらを見ていた。


 奴の声に、ふと冷静になった。

 友の口元に持っていた竹筒の水を宛がい、ゆっくりと飲ませる。一口飲めば、すぐに胃の中のものごと吐き出した。そのえずきが止まったのを見計らって、また一口ずつ。

 すると、その鬼気迫る呼吸が幾分か和らいだように見えた。


「なぜ……なぜ何事もない!? お前、お前ェッ……ヒッ!!」


 友を楽な姿勢になるよう横たえ、奴を今一度振り返って仰ぎ見れば、情けない声を漏らして岩からずり落ちた。でかい図体が岩の端から見えている。その元へ行こうと、一歩前に進みだしたとき、胸に衝撃を感じた。




 下を見やれば、下火になった太陽に照らされ赤黒く不気味に光る鉄の刃が、ぴょこりと胸から生えていた。




 すう、と肌に潜りゆく刃。完全に引き抜かれれば、ショーのフィナーレを飾る噴水がごとく、血潮が勢いよく吹き出した。

 ごぷりと喉から熱い液体がせり上がってくる。手で押さえれば、受けきれなかった赤が、ぽたりぽたりと指の隙間から地面に滴り落ちて行く。


 その雫を目で追っていると、ふと地面が近づいて来るような気がした。次の瞬間、どさりと全身に衝撃を感る。

 気が付けば、顔の側に地面がある。


「フハ、フハハハハ!!」


 笑い声が聞こえる。奴の笑い声が。


「死んだ! 死んだぞ!! やっと……やっとだ!! どれだけ戦に送り込んでも必ず帰って来おって……! まさか毒が効かなんだとは思わなかったがな!

 この化け物め……! ようやく地獄送りにできるわ、ふは、ふはははは!!」


 心底嬉しそうに笑い、俺を刺した下手人を、よくやったと手放しにでほめている。

 そして足取り軽くこちらにやってくると、俺を蹴り飛ばして無理やり上を向かせた。


 ぐうと思わず漏れ出た声に、奴の顔が歪む。


「なんだ……まだ生きていたのか、しぶとい奴め。だが、もうすぐお前は死ぬ。恨むなよ、私が王の座に居座り続けるには、貴様のような不穏分子がこの世に生きていてはならないのだ。私の栄華のために死ねること、誇りに思えよ」


 最後に俺の顔をぐりぐりと踏みつけ、奴は上機嫌に去っていった。




 あとに残すはうめき声のみ。


「み、こ……うぁ……」


 か細いながらも親友の声が聞こえる。

 ああ、よかった。まだ生きている。早くオババ様に見せて、どうにかしてもらわないと……


 ―――ああ、体が動かない。




 痛い。


 もうどこがどう痛いのか、訳が分からない。意識がもうろうとする。全身が温かい血の海に浸っていた。体の中から、とめどなく血が流れては出て行く。


 直接見ることの敵わない夕日は、周りの草木を全て赤々と燃やして、血だまりの己諸共一段と赤く塗り潰し、すっかり何もかもを赤い世界へと変えてしまった。




 俺、このまま死んじゃうんだろうか。


 いや、今までの怪我はすぐに治った。今も、こんなにも血を流したってのに、意識がもうろうとするばかりで一向に死ぬ気配がない。転生特典はちゃんと仕事をしている。


 ただ、動くことが出来ないのだ。早くダチを助けなくちゃいけないってのに……クソ、クソォ!!






 その時である。傍の藪が、ガサガサと不自然に揺れた。




 何かがいる。近づいてくる。

 動かない体。首すらも動かない中、視線のみを音の発生源へ向けた。


 こんな時に……なんと間の悪い、泣きっ面に蜂とはこのことか。

 一体何がやってくるというのか。恐怖する内面を押さえつけ、じっと一点を見つめ続けた。




 茂みを揺らす音はどんどん大きくなり、一段と激しく葉が擦り合わさったかと思えば、一匹の大蛇が躍り出た。


 真っ黒な鱗を夕日の赤に染め上げて、細長い角を二つ生やしたその鎌首を高らかに持ち上げ、大蛇は夕日を凌駕する緋色の眼差しでこちらをしかと見つめていた。


 そして、蛇は”声”を発した。




『哀れ人の子、その王の子よ。我が名、ヤトノカミ。その恨み、我に差しだせ』




 キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!






 アッ、まってこのセリフ聞いたことある~~~!!


 黒蛇が言葉を発した瞬間、とてつもないデジャヴ感と共に、脳裏を稲妻が駆け巡るように閃光が弾けた。

 鮮やかに蘇ったのは、とある記憶。


 前世にて友人に教わったその物語は、妖怪の住む幽世かくりよと人間の住む現世うつしよの存在する世界の話。

 稀につながってしまった世界の隙間を通って、現代社会に落ちてしまった妖怪たちを、人々のあずかり知らぬところで、滅し封ずる退魔師たちのの物語。


 その最終章にて明かされた、今までラスボスだと思っていた強大な敵の裏に潜んでいた、真のラスボスの存在。人間を滅ぼさんと欲する厄災の大元凶。


 その過去、原点、全ての始まり。未だ二つの世界が分かたれていなかった神代の頃。




 それが、この世界。





 蛇の言葉に確信したね。ここ、『妖怪現世宵宴』の世界だわ。


 真ラスボス、ヤトノカミ。それは最終決戦までラスボスだと思われていた、九尾の狐の背後にいた黒幕にして、町一つとぐろに飲み込むほどの巨大な黒蛇の祟り神だ。

 その正体は、神代のころにとある国を治めていた豪族の子が、その兄弟に騙され殺されて、その怨念を嗅ぎつけてやってきた蛇の一妖怪と究極メタモルフォーゼしたものだっけか。で、その豪族の子の名前がカガチノミコト。




 つまり、俺です!


  十七歳俺、ここに来て衝撃の事実を察する。むしろ十七年も時間があって、どうして今まで気が付かなかったし。いや、気づくわけないよねぇ、そんな非現実的なことさぁ!! 転生なんてことが起こってる時点で非現実的って言われればそうなんですけれども! でも二次元だよ? ないないない、ないわー。


 いやいやでもでも、妖怪の存在に俺の名前、それにこの容姿。割と要素満載じゃんねぇ! 成長するにつれて、どっかで見た顔だなーとは銅鏡見るたび違和感を感じていたけど、「アッ今世の顔整ってるぅ~」なんてアホなこと考えてないで、違和感の正体についてもっとよく考えるべきだったね!


 でもしょうがないね。年を重ねるにつれてどんどん俺の顔よくなってくんだもん。他のことなんてどうでもよくなっちゃちゃってさ、たはー!




 だめだ、現実逃避してる暇は既に無いんだ。今修羅場、ヤバイ。思い出せ、十七年前の記憶を思い出すんだよ、俺の脳みそガンバッテ!!


 そうだよ、俺が転生してからもう、十七年も経っちゃったんだぜ。もう漫画の知識も大分薄れちゃって消えかけてる。こりゃこりゃマズいぜ、なんかに書き付けておくべきだったよ! だってラスボスだよ? 俺が転生した時点で完結してなかったからラストは分からずじまいだけども、主人公と敵対してんだよ? その時点でバッドエンド決定じゃないですかヤダ~!


 ヒエ~、俺、本当にあの『妖怪現世宵宴』の世界に、カガチノミコトとして転生しちゃったんだ。やっべ、ゾクゾクしてきたわ! 血を流し過ぎて、体温奪われてるだけかもしんないけど!


 あ、でもこの現象、前世の友人に聞いたことあるぞ。これって、成り代わりってやつなんでしょ。




 いやいやいや、何言っちゃってんの俺。この状況すんなり受け入れ始めてるとかおかしいと思わんのか? いや、思ってる(反語)。


 ダメだ、受け入れなきゃダメだってのは分かってるけど、そんなの不可能の極みだよ。いやさ、努力してるけど? あんまりにも非現実的過ぎてふと我に返るというか……。


 はーあ!? もうマジ? マジなの!? もうやだー!!


 つーかホントに気づかなくてもしょうがないと思わん? 二次元、漫画の世界にリアルガチで転生するとか誰が思うのか。いや、思わない(反語)。

 そもそも転生したって事実自体、未だに眉唾もんだってのにね! 実は植物状態になった俺が見てる夢説も多少ながら疑ってはいるのよ。


 しかもしかも植物説を否定したとして、原作開始は今から千五百年以上も後だもん。ラスボスの過去編なんて、ちょんみりしかやってないところに成り代わっちゃうとか、いくら勘のいい人でも気づかないって!!


 ああいうのって大体本編がイイトコロでストップして、過去はいいからはよ本編の続きくれや、ってな感じで、読者の気をもませる焦らしプレイの大御所じゃん? 少なくとも俺はそう思ってる!!




うーわ、今になって自称神の最後に言ってた不穏なセリフの意味が分かったような気がしたね。


 ラスボス転生だもんね、ミスったとかそういう話じゃないよねぇ!? ねぇ、これって俺を不慮のシステムエラーで強制人生リタリアしちゃったことに対するお詫びの転生だったはずですよねぇ!?


 あーもうあのヤロー絶対に許さんわー! 一生許さん!! 寿命尽きて死んだらカチコミにいってやんよ、首洗って待っとけや!!

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