第6話 モノノ森の村へ参りまーす
人々が米粒みたいに小さくなってから、王子ムーブをかなぐり捨てた。
「何でついてきちゃうんだよバーカバーカ、アホ!!」
「私がついて行きたかったからに決まっておろうが」
親友も部下ムーブを山の上までブッ飛ばし、いつもの調子で減らず口を叩く。
誰も側にいないとき、こいつはこうして友としての本来の口調を見せてくれる。それは敬われることしかないプリンス人生の中での気の休まるところとなっているのだが、今は全く気も休まらない。
「淀みないいいお返事ですねぇ! でもそうじゃねぇんだよ、休まないとお前死んじゃうよ! 顔色真っ青じゃん。土気色してんじゃん。頬もそんなにこけちゃってさ、馬鹿。お前ホント馬鹿だよ! バーカ!!」
「それを言うなら、ミコも馬鹿ということになるがな」
「言ったなこの野郎! 俺はハイスペックだからいいんだよ! もうほんと休めよお前……今からでも戻ったりとかさぁ」
「お言葉ですが、
野郎、急に口調を固くして鼻で笑ってきおったわ。ッッキャー! 腹立つなこいつ!!
「何でそんなケンカ腰なんだよ! 我
「それと、はいすぺっくが何たるかは知らぬが、ミコにこそ休んでもらいたいものだな。我ら配下一同の総意だぞ、これは」
「急にデレんなバーカ! もういいもん、俺、知らないからな!」
「ああ、お主が断ろうが私の意思で一生付いて行くつもりだ」
「なっ!? ば、ばか! バーーーカ!!」
恥ずかしいことサラっと言っちゃうんだかんな。顔もイケメンでよぉ、心までイケメンってかコラ。こんなイケメンなんだから、さぞかし大モテにモテまくってるだろうに、俺にくっついてるせいで嫁さん貰えないで戦に明け暮れてんだ。全く、馬鹿なやつだよな。
夜はしっかり休んで、走り通すこと三日。
やっとの思いでモノノ森に着いたときには、すでに日が傾き始めていた。
セ~~~フ! ハイ、セーフです!!
超絶きれいな夕焼けに空がオレンジに染まっていようが、日がある内に着いたことには変わりありやせーん! ギリッギリでもまだ太陽さん見えております。よって、セーフ!!
村の門から滑り込みインして本日のMVPの馬を労っていたら、誰かが一番大きな建物からふんぞり返って出てきた。
って、まって? え、あれ一の兄上じゃん。びっくりした。一瞬誰かと思ったわ。
もともと兄上はパッパに似て大柄な体格だったが、ちょっと見ないうちにふやけたワガママぼでぇにメタモルフォーゼしてしまっていた。
いや、村に帰っても一の兄上に会う機会は、確かになかったけどさぁ……。こんなことになってるなんて思わないじゃん。
パッパは筋肉ゴリゴリのマウンテンゴリラに対し、こちらはでっぷりとしたおなかをお持ちの、どうあがいても悪役おじさんタイプだ。
え……ウソ……控えめに見ても豚さんだよ……。なんでこんなことになっちゃったんだよ……。前はもうちょっとシュっとしてたじゃん! 何があったし。
「只今到着いたしました」
「遅い。この私を待たせおって、この愚図が」
ハァ~~~ン??? マジかよコイツ……ハァ~~~ン?!?!
エッッッ??? マジ? コイツ、マジ??? え、ころそ?
なーんて、荒れ狂う胸の内は一切おくびにも出さず、鉄壁外面モードで兄上の前に膝まづく。すると、長い髪が二房、はらりと胸の前に落ちた。
馬上で揺さぶられるうちに、みずらが弛んできてぼよんぼよん煩かったもんだから、結紐を取っちゃってたんだよね。結び直す時間もなかったおかげで、ツインテール状態でござる。
ツインテールって聞くと何だかテンションブチアガるよね! ツインテールの女の子って萌えるよね! 俺がやってもクソほど萌えねぇがな!
「申し訳ございません」
「フン、まあ良いわ。付いて参れ」
そういって豚もとい、一の兄上は森へ向かって歩き出した。え、ちょ、俺疲れてるんですけど。てか今から森入んの? 夜の森って超危険よ? なにやってんの?
とーかー思っても、俺に発言権はありゃしやせーん!
馬を村の者に任せ、側人としているマブダチと共に兄上の後へ続いた。その時アイコンタクトした友の視線から殺人光線が放たれていたもんだから、目線で慌てて諫めた。
ダメよ……? いくらムカ着火ファイヤーしてても、相手は国のトップっすからね? 下手なことすんじゃないですよ。
いやでも、マジでどしたん兄上?? 前はこんな性格じゃ無かったよね。俺のちいちゃい頃は、それなりにいい兄ちゃんってな感じで遊んでくれてたのにな。ウーン、でもなんか成人式したころから、ちょいちょいおかしくなっていってたような気もするような……?
だけどちょっと見ない間にまさかこんなにも嫌われてるとは思わないじゃんね……。ちょっとショックだよ、俺。
暫く歩き続けて、森の中でも少し開けた場所に出た。
ここに来るまでにも日はどんどん地平線の元へ沈み込んでゆき、太陽と反対の東の地平線から、夕闇が刻一刻とその色を強めていった。奥から奥から木々が黒くシルエット状になって行き、その枝がこちらへ覆い被さってくるような様は、おどろおどろしく不気味だ。
不気味なのは兄上の方もである。
先ほどから一言もしゃべらないで歩き続けて、今はきょろきょろと何かを探すように視線をさまよわせている。と思えば、開けた空間のその中央の岩に、どっかりと座り込んだ。
「何をしている。来い」
何をしてるって、お前なぁ。
言われたとおりに近づけば、座れと言われたのでその場に座った。ら、何かを投げつけられた。
「……? これは……?」
朱色に塗られたヒョウタンだった。
「見て分からんのか。酒だ」
兄上は親友君にも酒の入ったヒョウタンを投げつけた。
顔を見合わせれば、あっちも困惑の色をその端正な顔立ちにありありと浮かべていた。なんだこいつ、イケメンだな。
……じゃなくて兄上だよ。いったいどういう風の吹き回しだ?
「飲め」
兄上は岩の上から、よく分らない表情でこちらを見下ろしていた。
え……飲む? 飲むって、これを? なんで……?
俺たちが手を付けようとしないのを見て、兄上はため息を吐いた。
「この私が愚弟を労ってやると言うているのだ。最近のお前の活躍は目覚ましいからな。褒美だ」
そう言ってそっぽを向いた。
嘘やん。普通にやさすぃやん……? え、豚とか思ってごめん……。
アンタ、普通にいい人やん。やっぱりいい人やん。前と変わってないみたいで安心したよぉ~! なんだ、最近がちょっと荒れてただけなんだね。マタニティブルーってやつ? あ、違う?
でも誰にでもあるよ、そういうこともさ。きっと王様稼業が大変でイライラしちゃってただけなんだろうな。
てか、何? 労ってくれるん? ええ~! 赤ヒョウタンのお酒ってアンタ、秘蔵のお酒じゃんね。
俺の国では、一番いい酒は赤ヒョウタンに入ってるんだ。この赤ヒョウタンの酒は特別な宴の時にしか出ない、王族しか飲めない超高級なやつである。
俺も成人の儀の時に一回飲んだきりで、ものすごくおいしかった覚えがある。古墳時代の酒も、結構いい線行ってるのよ、これが。
きっとあの無茶な戦の采配も、やっぱり何か理由があってのことだったのだろう。そっか、俺頑張ったもんね。ほんじゃあ、この酒はありがたく頂こう。
「ありがとうございます、兄上様!」
一言断って、いざ試飲。にしても、元の世界の感覚として、十七歳なのに酒を飲むってのは何だか背徳感。前世数えりゃ余裕で越えてるけども。
さてさて、古墳時代のお酒をば。
こくりと一口。ガツンと打ち付ける強烈な苦みと共に、液体が喉を通ったそばから熱くなる。
あれぇ、こんな味だっけな。うーん、古墳時代だから、酒に当たりはずれが存在するとか?
一言でいえば、おいしくない。めちゃめちゃ苦い上に、舌が痺れるような渋みも感じる。
でも、外れでもこんなにも苦いもんなのだろうか。大切にし過ぎて傷んだか? いくら何でも振れ幅がひどすぎる気が。うー、悪いけど、あんまり好んで飲みたいもんじゃないな。
「カッハ!!」
と、隣で突然、親友君が咳込んだ。
見れば、喉を抑えて顔を真っ赤にしている。
なんだなんだと怪訝に思っていると、親友はヒュウヒュウと妙な呼吸音をさせて前かがみになる。
「おい、大丈夫か!?」
鈍ちんである俺も、流石にこの様子には異常事態を察した。
すぐさま駆け寄って背をさすってやれば、口を押えた彼はもう一度大きく咳込み、ソレを指の隙間から溢れさせた。
ごぷりと友の口から零れ落ち、びちゃびちゃと水音を立てて地に広がったその液体の色は―――赤。
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