第2話 俺、爆誕

 そんなわけで(どんなわけだ)、俺は無事にオヴァアアとこの世に生まれ出たわけです。


 転生とかいうから、てっきり剣と魔法のファンタジー世界にボーンするのかと思いきや、剣と神話の古墳時代に飛ばされたようで、周りを見ればみづらみづら、揃いも揃って皆みづら。はやりの髪型のトレンドはみづら一択、男子はもれなく全員みづらであった。




 いや、なんで過去?


 時の流れってのは一方通行じゃなかったのだろうか。それに現代人が逆流しちゃったら、未来が変わってしまうのでは。


 もうこうなったら俺が天下とって正史変えてやろうか? お?

 織田の信長公をブッ倒して、この俺がこの国の覇者になってやンよ、はっはっは! ……アッでも古墳時代に信長いないじゃん詰んだ。




 でも、そんな風に思っていたのも最初の内だけだった。


 どうも、この世界は元の世界とはちょっと違う世界線であるようなのだ。そう思ったわけは、偏に前には見たことない生物をちらほら見かけることにあった。


 ――どうやら俺は、リアルで妖怪的なものが存在している世界線に生まれ落ちたらしい。






 前世の人生を強制終了させてくださいましたあの張っ倒したい自称神のヤローがぼそっと漏らしていたように、今世の俺はいいとこの坊ちゃんとして生を得た。


 自称神といえば、何だ最後の不穏なセリフ。ホントはどこへ飛ばすつもりだったんだろうか。

 あいつに関しては不可解なことしかない。何故だか今、俺はあのヤローの顔が全く思い出せなくなってしまっているのである。


 今思い出せるあいつの印象は、平平凡凡というか、えーっと……だめだ、全然出てこない。


 人間、特徴なさすぎると覚えてられないもんなんだね。知らなかったよ。

 最早性別すらも思い出せないというこの状況は逆にすごすぎないか。ハイパーモブの才能あるよあいつ。黒いのはキャラづくりでもしてたんだろうか。黒いことだけは覚えてるからその部分は成功してんな。


 「なんか全体的に黒かった」という印象以外の一切が記憶から抜け落ちているという事実に気づいたときは愕然としたものである。しかも、放置しておけばその記憶すらも抜け落ちて行きそうな気がするほどに、奴のイメージを頭に取り留めておくことが難しい。

 死ぬほど恨みを込めて記憶をまさぐってみても全くもって詳細が出てこないもんだから、これは俺の記憶力が原因ではないと思う。


 だって、俺は一度持った恨みは決して忘れない。気に食わない認定した奴に受けたあだには、如何にして仕返ししてやろうかと嬉々として計画を練るタイプなのである。


 あのヤローに関しては特別枠をもってしてでも何かしらやり返したい相手。本来ならば、その人物像を忘れるわけもない相手だった。

 だから決して俺のおつむがポンコツなわけではないのだ。ないったらない。




 ……話が脱線した。

 ともかく、今世の俺は平民じゃない。とある国の王族の子として爆誕した。


 我、プリンスぞ。古墳の王子様やぞ。まあ王子といっても村長的な、族長の子ってなもんだけど。国といっても規模は村だ。そんなたいそうなものじゃない。


 でも王族になったとは言え、「ワーイ、ウレピー」だとかそんな感情が全くもって湧いてこないのである。


 だって時代を遡りまくったわけだから、生活水準なんてものも当然低い。

 まずご飯がビミョーである。味が全然ないか、舌もげるくらい超絶しょっぱいの。


 日々の献立は、自然の風味のみを生かしたものか、ゴリゴリの塩固め保存食の二択だ。

 調味料って概念が存在しなくて、唯一ある塩も物々交換でもらったら即、全部漬物に回されるもんだから日々の飯はもう極限に薄い。


 なんてったってここは山国、塩は超絶貴重品なんだ。

 物々交換外交のために海沿いの村まで使節団についていったことがあるけど、子供の足に合わせてくれていたとはいえ海が見えるまで丸々三日かかった。

 舗装された道路を車で行けば3時間もかからないであろう距離ではあるが、この世界にそんなものは無い。


 出汁をとるなんてこともしないから、「お湯の中に草が入っている汁~白湯仕立て~」なんてものがよくある献立の一つだ。出汁ってよく考えてみれば結構贅沢だったんだなと思いました、まる。


 「円満な異世界生活は食事から」って誰かエライ人が言ってたけれど、この時点で既に萎えまくりであった。




 それに、妖怪の存在である。


 取ってつけられたかのようなファンタジー要素ではあるが、何も胸をときめかせるようなものがない。むしろ、非常にウザ――ゲフンゲフン、鬱陶しいのでございます。


 巫女のオババにRPG的ゴブリンのごときちんちくりんが追い回されるような光景は、この世界ではよくある日常の一コマであるのだが――ゴブリンもどきくらいならまだいいのだ。


 問題は、ひじきみたいな毛のびっちりと生えた空飛ぶ目ん玉であったり、足が八本あるキメラみたいな獣であったり、鋭い牙のびっちりと生えた口を全身に6つも持った軟体動物みたいな見るだけでSAN値直葬正気度即時消滅級のやつらが夜ごとに奇声上げながら襲ってくることにあった。


 奴ら夜行性、夜にお元気。そんでもって俺は八時にはおねむ・・・の幼児である。


 もうあいつら、ひたすらにデザインが気持ち悪い。愛らしい要素なんてどこにもなくて、どちらかと言えばシューティングゲームで打ち落としたいような面してる。

あれが猫又みたいなかわいいタイプなら喜んで懐を開けるんだけど、残念ながら大抵の妖怪ってのはさぶいぼの立つほど気色悪かった。


 しかも今世の俺の体質が妖怪ホイホイらしく、奴ら、俺をみると狙い撃ちで襲ってくるのである。


 巫女のオババ曰く、俺は”霊力”とか言うRPGで言うMP的パワーの数値が高いようで、妖怪側にとって物凄く美味しそうに見えているらしい。食欲的な意味で。

 しかも、動くたびにその霊力のかけらのようなものがまき散らされているとかなんとかで、年々強まるそれに、妖怪限定のフェロモンボンバーみたいなことになっていたらしい。


 要は、腹をすかせた猛獣の前で、焼き肉店の煙に燻された魅力的な鴨がフラフラしてる状態ってことだ。しかも、それを喰えばその霊力とやらを身に着けることが出来て、お手軽に強くなれるなんて冗談みたいなお得感。

 そうして見目気持ち悪い向上心ある妖怪どもが、ご馳走を前にして飛びかかってくると言うわけだ。最早入れ食い状態である。


 いや、俺だってゲームやっててそんな経験値袋みたいな敵が出てきたら、迷わず仕留めるわ。

 が、しかしここは現実。そしてその経験値袋とは俺のことである。


 マジで消滅しろあいつら、安眠妨害しやがって許さん!!


 ――と、憤怒の気持ちを込めてオババにお悩み相談という名のクレームを入れたら、”結界”とかいう変な膜みたいなものを家の周りに張ってくれた。これが超高性能で、内側には妖怪共は全く入ってこれないのである。


 しっかし、まさかリアルで”結界”なんて単語を真面目に聞くことになるとは思わなかったものから、内なる古傷がぞりぬぞりぬと疼き、ありしころの病が再発しかけていたという事実は、心の片隅にそっとしまっておくことにする。


 そんなこんなで一応は解決した、睡眠不足の幼少期なのであった。






 文明レベル的にも、病気したら巫女であるオババが耳元で何やら呪文を唱えて治す時代だ(それで妖怪関連が原因だったりすると本当に効果があるのだけど)。ちょっとした風邪だと思っていたものを拗らせて人が死んでしまうことだってある。湯舟には浸かれないし、衛生面だって叫び声を上げたくなるようなこともあった。

 他にもいろいろあったけれど、一々挙げていてはキリがない。


 そんな中で、どうして望んでも無いのにここへ送り込まれて、全てを手にしていたあの生活を失ってよかったと思えるだろう。


 ……でも、以前の生活水準から比べたならば、とんでもなく悪環境にやってきてしまった事実に変わりはないけれど、それでもこの世界の平民よりは、よっぽど豪勢な暮らしが送れているのもまた事実なのだった。




 ――平民はつらい。


 隙間吹く半地下の竪穴式住居のなかで暮らし、毎日労働を強いられる。味気ない日々の食事に、一品小皿のおかずが増えればちょっとした御馳走扱いで、年によっては一口も食べれない日が訪れることだってある。薄い麻布を敷いただけの地べたに寝そべり、冬を越すことのどれだけ苦しいことだろう。


 だけれど、どうしても前と比べてしまうのは致し方ないことだと思う。どうせなら文明が現代水準のところに生まれたかったって思っちゃうやん。だって俺、現代人だもの。




 こうして改めて思うのは、現代ってすごかったんだなってこと。

 一般人の普通の暮らしが、古墳時代の王族よりも豪勢だったなんて思ってもみなかった。


 幸せって無くして初めて気づくんだって、この時ほど思ったことはないね。あっちには妖怪もいなかったし。もっと美味いもの食っときゃよかったと思っても後の祭り。


 でもそもそもが自称神のヤローのせいだってんだから、俺は完全に被害者であるわけだよ。だって俺はただあの事故現場に居合わせていただけ、当事者ですらないのだ。

 何をやらかしたのかはよく分らんが、あいつがその”何か”をやらかさなかったら、俺は今でも現代ライフを楽しく満喫していたことだろう。


 ということで俺、あいつ恨んでもいいよね。完全に向こうの過失での事故死だもんね。誰か恨みでもしてなきゃやってらんねぇんだよこの状況チクショウあの野郎絶許!






 まあでもこうしてうだうだ管巻いてても仕方ないし、折角得たのならばと第二の人生も精一杯生きてやろうと思ったのだ。

 もう俺の真っ新な人生は不本意ながら終了してしまっているのだし、二度目ならばもう自分の好き勝手に生きたっていいだろうと思ったわけだ。


 そう自分の中に落とし込んだ時点で俺は五歳になっていた。

 決めたからには立場と権力をフル活用して、そりゃあいろいろなことをやった。俺は第一王子じゃなかったから、比較的自由に動けたってのもある。




 昔の人は肉を食べないイメージだったけど、この時代は普通に肉もモリモリ食う。ただ、あんまり量がないから満足には食べられないのだけれど。


 だから山で駆け回って遊んでいる時に出会った猟師に賄賂を握らせ、さまざまな罠の作り方を教えてもらった後、すぐに領内の山という山に仕掛けた。


 俺を探しに山に入った今世のパッパが罠にかかって宙吊りになったり、戦を仕掛けてきた隣の国の兵士らが宙を舞う事故はあったけれど、兎や山鳥みたいな小さいものから、猪や鹿のような大きな獣も食卓に上るようになった。

 結構な確率で妖怪が捕れたが、これはリリースした。アレを食える気はちょっとしなかった。




 取り過ぎたら平民たちにもおすそ分けしに行く。渡す度に大変喜ばれるもんだから、その反応には気分も良くなるってなもんだ。

 肉だけじゃなくて毛皮も重宝してる。極寒の冬にもふかふかの毛皮があれば、もこもこあったかグンナイできるのだ。


 結構乱獲しているにもかかわらず、山から獣が消える気配はない。豊富な山の幸に感謝である。

 でも一度に水鳥30羽獲ってしまったときは流石にそろそろ自重しようと思った。それくらいのモラルは俺にもある。


 いや、違うんだ俺は別に「獲れるだけ獲っちまうぜウェ~イ」なんてゲーム感覚でやってるわけじゃない。


 湖のほとりに、獲物が足を入れるときゅっと締まって抜けなくなる仕掛けを一週間かけて大量にちまちまこさえたものを岸一面に敷いて、握り飯と交換に村の子供たちに手伝ってもらって田んぼ中からかき集めたタニシをボロクソばらまいておいたら、群れが丸々ごっそり獲れちゃっただけなのである。俺は断じて殺戮好む愉快犯などではない。猟奇殺戮ダメ、ゼッタイ!


 結局その時は食べる分だけ残して後は野へ帰した。無益な殺生はしない主義なんです。




 そんでもって、俺は熱いご飯に飢えていた。


 実はこの時代にはまだ箸がなくて、食事は全て手づかみなのであった。

 箸がないってのは不便だ。おむすびライスボール氏はまだいいけれど、汁気のあるおかずは食べた後に手が汚れてしまうし、熱々のものは物理的に食べられない。


 でも俺は料理は火傷するくらい熱々のものが好きなのである。

 箸が欲しい! でも存在しない! ならば根性だ!! と、執念でゴツゴツのアハン違ったアツアツのゴハンに指を突っ込んだら、ものの見事に皮がむけたよね。べっろべろに。あの時は家じゅうが大騒ぎになったものだよ。巫女のオババに一日中お祓いされたし。


 だが俺は一切の言い訳をしない、だって食べたかったんだものてへぺろ!!






 そんな俺の今世の名前はカガチノミコト! 元の世界で流行ってた、『妖怪現世宵宴ようかいうつしよよいうたげ』ってバトル漫画の裏ラスボスの名前と同じで、ちょっぴりときめいちゃった☆


 あの話は前世の友達が超ド級の大ファンで、そのツテで漫画も全巻読ませてもらっていたし、普通に面白かったと思う。完結前にあぼーんしちゃったから最終話見てないんだけどな!


 あーあ、アニメ第二期の放送が決定したって情報も聞いてて楽しみにしてたんだけどなー。見る前に人生強制リタイヤさせられちゃってますからねぇ、どっかの全身黒ずくめの野郎のせいでな。


 アーアー、残念だなァーッ!!

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