夏が燻る

江田真芽

第1話


 茹だるような暑さは私から思考力を削ぎ落とした。鼓膜を震わす蝉の鳴き声は窓を閉めてしまえば聞こえてこない。

 ‥しかしそんな簡単なことだと分かっていても、ベッドから起き上がる気力さえ湧いてこない。

 窓を閉めてクーラーをつける。それだけでこの室内が天国へと化すと分かっているのに、時折煩く唸るこの扇風機だけでも耐えられる、と理由をつけてだらけてしまう。


 脳みそがぐでぐでに溶けてしまっているかのようなこんなどうしようもない葛藤は、私が現代人であるが故のものだと時折本気で思う。


 時代が時代なら、クーラーなんていう便利なものはなかった。蝉の音を遮断する防音性に優れた壁もなかった筈だ。

 私はクーラーの涼しさも防音性に優れた壁の有り難さも、知ってしまったからこそ今が辛いのだ。


 そもそも、もっともっと昔には扇風機すらなかった。そんな昔の時代に生きていた人たちに比べて扇風機の風を感じている私は、きっと相当に幸せで贅沢な時間を過ごしている。


 だからこのままベッドに寝ていても、耐えられるのだ。


「‥‥暑、無理‥‥」


 体に張り付いたTシャツがあまりにも気持ち悪過ぎて、私はついに諦めることにした。諦めの沸点まで達すると気持ちはすぐに切り替わる。


 諦めがついてからの私は先程までの私とは別人になった。早送りにしているようなスピードでクーラーをつけ、窓を閉め、Tシャツを脱ぐ。


 谷間というには心細い胸の間にも、汗の粒が所狭しと並んでいた。


 シャワーで汗を流そうと部屋を出る。シャワーを浴び終わる頃には部屋も冷えている筈だ。温かいお湯ではなく冷たい水で汗を流してさっぱりするのも良い。シャワーを浴びた後は冷えた部屋の中で何をして過ごそうか。

 いいぞ、段々今日1日が楽しみになってきた。


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