しかないことはないと思うよ


 電車に30分ほど揺られて辿り着いたのは、大型ショッピングモール。ファッション、雑貨、ジュエリー、インテリア等の多種多様な店に加え、ゲームセンターや映画館などの娯楽施設、レストラン街も併設されている、ショッピングモールの中でもかなり大きめのところだ。


 七海さんが言うには、高校生が遠出するといえば、このショッピングモールで、付き合い始めた彼氏彼女は必ずと言っていいほど通る場所らしい。


 ただ、今いる場所は、付き合い始めた彼氏彼女でも通らないのではないか、と思う。


「七海さん、本当に行くの?」


「うん。当たり前じゃん」


「目がぐるぐるになってるし、顔も赤いし、やめといた方がいいんじゃない?」


「……そんなことないよ」


「そんなことあるって。もしどうしても行きたいのなら、俺は待ってるよ。めちゃくちゃ入りづらいし」


「転校生がこないと意味ないじゃん!」


「いや意味はあると思うけど。むしろ俺が行く意味がないと言うか」


「そんなこと言っていいの!? 私の下着を選べるチャンスなんだよ!?」


 やけくそぎみの七海さんを、どう宥めようか悩む。今いる場所は、ランジェリーショップの前。下着だけのマネキンの前で俺たちは押し問答を繰り広げていた。


「転校生、行くよ!」


「やだよ、考え直さない?」


 七海さんの顔を見る。顔が真っ赤で、恥ずかしがっていることは目に見えて明らかだ。


 今日の七海さん、何だかおかしいな。色々とあざといことをしているのだけれど、何だか自然じゃない感じ。だからかしれないけれど、いつもとは違ってドキドキしない。まあ、ありがたいことなんだけれど、なんとはなしの寂しさがある。


「(ニコニコ)」


「くすくす、あのカップル、初々し」


「あの男許せん」


 女性の店員さんが微笑ましいものを見る目を向けてくる。通りゆく女性にくすくすと笑られる。男からは血涙を流しそうな目で睨まれる。


 居心地がものっそ悪いし、ひたすらに恥ずかしい。


 これはもう折れた方がましか……。


「わかったよ、七海さん、入ろう」


「うん!」


 渋々そう言うと、七海さんは嬉しそうに頷いた。そして、店内へ入っていったので、俺も後ろをついていく。


 飾り物のような、色とりどりで多様な下着が売られているが、目をやるのは恥ずかしかったので、七海さんの背中だけ見る。ただ、七海さんの後ろ姿も綺麗で、地面に目をやった。


「なぃ、ヒモみたいな奴が……なぃ」


 あまりにも深刻そうに変なことを言うので、笑いそうになったが、ぐっと堪えて、「どうしたの?」と尋ねた。


「い、いやぁ、求めてたものがないっていうか」


 七海さんは、そう言って地面を数秒見つめる。そして振り切ったように顔を上げた。


「もう、転校生と一緒に試着室に入るしかない」


「しかないことはないと思うよ」


「転校生、一緒に入ろう!!」


 七海さんが目をぐるぐるにしてそう言った時、店員さんに声をかけられた。


「お客様、大変申し訳ございませんが、試着室はお一人様でのご利用をお願いしておりまして」


「あ、はい。すみません」


「もし、商品をお探しでしたら、こちらなんていかがでしょうか。こちら、普段使いにも、特別な時にも……」


「すみません、それにします……」


 微妙な顔になった七海さんは店員さんに勧められるがまま、下着を購入した。


 何となく申し訳なかったので、プレゼントしようか、と言うと、「これで買ってもらったらみじめすぎる」と断られた。


 店を出て、みるからに気落ちしていた七海さんだが、「ま、まだある」と気を取り直したように顔をむけてきた。


「転校生、映画を観に行こう!」


「あ、いいね」


 七海さんの提案に乗って映画館へと移動する。


「どれにする?」


「私、これが見たい!」


 七海さんは意気揚々と、映画館入り口に飾られたポスターを指さした。それは、日本家屋風の廃墟の絵が描かれているホラー映画だった。


 ホラーか。案外いいかも。


「いいね、みようか」


 そう言うと、七海さんは、拳をぐっと握って俺に背中を向けた。そして小声で何か呟いた。


「よ、よし。これで、怖がって、距離をぐっと縮められる」


 聞き取れなかったので、何と言ったか尋ねようと思ったが、モニターに映る上映時刻は5分後だったので、そのことを尋ねる。


「もうすぐ始まるけど、これ見る? それとも、あとのやつにずらす?」


「み、みよう! 今からのやつ見よう!」


 俺たちは急いでチケットを買い、館内に入る。席に座った時には、映画予告は終わって、ちょうど始まったところだった。


 チャラチャラした五人組の大学生が肝試しをしよう、と計画を立てている導入を見て、ちょっと冷めてしまう。


 あー、こいつら死にそう。


 ポスターを見たときは面白そう、と思ったが、俳優の若い子たちの演技も棒で、怖さがまったくない。


 これってダメなやつかな、そう思って周りを見る。午前11時の良い時間だというのに、客は少ない。ハート型のうちわを持った女子が数組、あとはキモオタ感満載の一人しかいない。


 いや、だからと言ってまだダメとは限らない。ポスターに描かれた廃墟は本格的で、良い雰囲気がでていた。そこで繰り広げられる物語なのだから、絶対に怖いはず。


 だがそんな都合のいい妄想は、都合のいい妄想にすぎなかった。


 大学生五人組が訪れたのは、明らかにセットとわかる廃墟。大きさはちゃんと家だが、ペンキが塗りたてで新品感がありすぎる。


「キャー怖い!!」


 五人の中で一番演技が上手い子が、そんな家を本気で怖がるのだからシュールさがあって笑いそうになる。


「ハハ、ナニビビッテンダ、コンナノナントモコワクネーヨ」


 リーダー的な男がそう言った。多分、本気で怖くないことを表現したいのだろうけど、棒なのでビビっているように思える。


 彼は廃墟に向かって歩いていく。ぶんぶん、とハチが飛んで、まわりにお花が咲きそうな小池の側を通ったそのとき。小池からサメが出てきて食べられてしまった。


「んふっ」


 七海さんがつい吹き出してしまっている。


 そんな七海さんが俺の手に手を重ねてきた。


「転校生、怖い」


「いやわろてましたやん」


 そう言うと、すっと七海さんは手をどけた。


 それから、パニックに陥る4人組は、なぜか帰ろうとせず、廃墟に入ることに決める。その過程でまた一人サメに喰われた。


 3人組は廃墟に入ると、恐がるでもなんでもなく揉め始めた。


「ダレガコンナトココヨウって言ったのよ!?」


「オレのセイカヨ!」


「オマエノセイダ」


「ソウヨ!」


「ウルセエ、オマエラトイッショニイラレルカ!」


 仲違いをして、男一人が普通に廃墟を出て行ってしまった。


 すると、残った二人が急にいちゃいちゃし始めた。それが五分くらい続き、いっしょうこれが続くのかと思ったときだった。


 出て行った男の顔が映る。悪そうな笑みを浮かべている。


「ソウダヨ、ソノトオリ、オレのセイダヨ」


 手に持ったスイッチを押すとピタゴラスイッチが始まった。


 イチャイチャ、ピタゴラ、イチャイチャ、ピタゴラ、と交互のシーンが10分くらい続いたのち、廃墟が爆発した。爆発オチなんてサイテー。


 それからは、ピタゴラ男が復讐するにいたった背景が説明され、ラストシーンでピタゴラ男がひねった蛇口から出てきたサメに喰われて、エンドロールが流れた。


 俺と七海さんはエンドロールが終わるまでもなく立ち上がる。


「転校生、怖かったよぉ」


 そう腕に抱きついてこようとした七海さんに「あれが?」と問うと、すっと離れて行った。


 俺と七海さんは妙に気まずい空気になりながら、映画館を出た。

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