転校生の週末、私にくれないかな?

 

 冥色に染まった空には宵の明星がキラキラと輝いている。


 下校にはもう遅すぎる時間。俺は学校近くの公園のベンチで、冷たい風に涼んでいた。


 はあ、やっと落ち着いてきた。先輩と部室で別れた後も熱っぽさは消えず、胸の締まるような感覚は抜けずにいたのだ。


 また空を見上げながら、物思いにふける。


 先輩とも友達になれなかったな。でも、今日のところはこれで良かったのかもしれない。確実に距離を縮めることができたし、友達になる道は確実に歩めていると思う。


 だけど、後少し、ほんの数秒、ほんの数センチ、近づいていれば、絶対に友達になれなくなるところだった。


 美鶴とだってそうだ、あと一歩踏み込んでいたら、絶対に友達にはなれなくなっていた。


 でもそれって悪いことなのか。


 そう思うと、下北の声が脳内に響く。


『友達もいない陰キャが話しかけてこないで!』


 辛さが、情けなさが、あの時覚えた感情が蘇ってくる。


 ならなきゃいけない。俺は友達になれる自分になって、友達になって見返さなきゃいけない。


 さあ、家に帰ろう。そうベンチから立ち上がった時、ふと思い出した。


 あ、七海さん。


 ポケットに手を入れて、電話番号の書かれた紙を取り出す。


 スマートフォンの明かりで照らしつつ、ぽつぽつとタップして電話帳に登録する。それからラインの友達に追加するとすぐに、電話がかかってきた。俺は慌ててイヤフォンをつけて、電話に出る。


「もしもし」


「あ、もしもし、転校生?」


 七海さんの自然の甘い声が耳に直接入ってきて、ぞわぞわする。


「うん。というか、凄い早かったね」


「だって転校生と話したくてしかたなかったんだもん」


「また、そんなあざといことを。それで、どうして電話をかけてきたの?」


「……何も用がなかったら電話しちゃダメかな?」


 吐息まじりの甘い声に耳が溶かされそうになる。喉がつまり声を出せないでいると、七海さんは嬉しそうに「冗談」と言った。


「転校生の週末、私にくれないかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る