一軍の男子
学校の廊下を歩きながら思う。
お腹が苦しい。結局、もう2杯食べてしまった。朝から大量のおかずと3杯のご飯は苦しい。
だけど、後悔はなかった。料理を作らなくていい、と言いきった俺が、時々作って欲しい、と思うくらい美味しかったのだ。むしろ、沢山食べなかったら損をしていた気がする。
「じゃあ高良、また今度」
「うん、また今度」
美鶴のクラスの前で別れて、自分の教室へと向かう。
朝食を食べ終えた俺と美鶴は一緒に登校した。二人とも徒歩で、ふれあいがなかったせいか、昨日よりは普通に話すことはできた。ただどこか、よそよそしさがあった。再会して間もないのであって当然。だけど、そういう類のものではなく、浮ついた感じのものだと思う。
また顔に熱が上ってきたので内心首を振りながら歩いていると、前から下北が歩いてきていた。下北は苦々しげな顔を俺から逸らし、そのまま横を通り過ぎて行く。
美鶴といるところを見たのだろう。下に見ている俺がカーストトップの女の子と一緒にいることに、悔しさを覚えたのかもしれない。
やはり、これじゃない。何も嬉しくない。
友達になった俺じゃなくて、友達になれる俺になって見返したいんだ。
胸の内がもやつくことなく、前を向いて歩ける。
教えてくれた先輩に感謝しないと。昨日行けなかったし、今日は先輩のところに行こう。そして、ありがとう、を伝えよう。
教室の扉を開くと、俺に視線が集まる。物音に反応した、というわけではなさそう。視線が外されることがない。
何だろうか。微妙な居心地の悪さを感じながら自分の席につくと、男三人に囲まれる。内訳は、正面に立っているサッカー部のチャラそうな池くん。横に立っている二人は、バスケ部高身長の川合くんと、陸上部で爽やかイケメンの海原くん。彼らは、七海さんとその友達のグループとたまに一緒にいる、いわゆるこのクラスの一軍の男子。当然絡んだことがなく、どうして俺は囲まれたんだろう、と疑問を抱く。
「な、なあ、高梨? 葵さんと一緒に登校してきたって本当か?」
池くんにそう言われて、視線が集まった理由を理解する。美鶴と俺が二人で登校してるところを誰かに見られ、それが話題になっているのだろう。
いつぞやと、というか一昨日と同じ展開。改めて、可愛くて有名な美鶴の影響力に驚く。
「ああ、まあ登校してきたけど」
そう言うと、三人は驚愕の表情を浮かべた。
「こ、この男。葵美鶴と登校しておいて何て余裕だ」
と川合くん。
「マジだったんかよ、このクラスにリア充がまた一人……」
と池くん。
「高梨くん? あ、葵さんとどういう関係?」
と海原くん。
なんだろう、こいつらの感じ。見た目とは裏腹に、非モテ臭とそこはかとない馬鹿さを感じる。そんなことを思うと、ここ数日の自分の馬鹿さ加減を思い出して、同族意識が芽生えた。くやしい。
「ちょ、ちょい、高梨? 言えないってことはマジでそういう関係なの!? 昼飯にも誘われてたし、マジそういう関係!?」
池くんにそう言われて、俺は「いやいや」と答える。
「昔塾で一緒だったんだよ。それでちょっと仲良くしてもらってるだけ」
変に探られたくなくて、そう濁した。そもそも真面目に答えようとしても、美鶴との関係を正しく答えることができない。俺自身、美鶴との関係を表す言葉を持ち得ていないのだ。
「あぁ、良かった、高梨と葵美鶴が何もなくて……ってんなわけあるか! 昔塾一緒なだけで、弁当作ってもらえて、一緒に登校してもらえるわけないだろ!」
川合くんのノリツッコミは下手だが、言っていることは正論である。俺でも、そんなわけあるか、と思う。
さて、なんと言い訳しようか、と思っていると、心地の良い甘い声が聞こえた。
「ねえ、何話してるの?」
川合くんと池くんの後ろには、キラキラの笑顔を浮かべている七海さんがいた。川合くんと池くんが自然に離れて、その間に七海さんが入ってくる。
まずい。別にまずいことなんて何もないのに、何故かそう思った。
「聞いてくれよ七海。高梨がさあ、葵美鶴と登校してきたんだよ」
七海さんが俺に顔を向けた。その顔はとても恐ろしい……わけではなかった。いつもと変わらぬキラキラの笑顔だった。
「やるじゃん高梨くん、モテるねえ〜」
そう言って七海さんは、男三人に向けて手をしっしと振る。
「ほら、人の恋路に茶々入れるのはよくないよ、帰った帰った」
三人は心底不満そうにしながら、去っていく。彼らの後ろ姿を見届けている七海さんの背中を見て思う。
七海さんは助けにきてくれたんだな。まずい、と思ったことが申し訳ない。
何はともあれ、とりあえず全て終わったことに、ふぅ、と安堵の息をつくと、七海さんは後ろ手で、机を指でとんとんと叩きだした。
ここに何かありますよ、そう言われている気がして見てみる。
机の上には何もない。だったら中か。
手を入れると、紙の感触があり取り出してみる。それはメモ用紙で、電話番号が書かれている。そして、その下には、小さな桜色のキスマークがついていた。指を見ると口紅がついて少しピンクに染まっている。
「高梨くん、葵さんの気持ちもあるんだから、あんまり関係を喋らない方がいいよ」
そう言った七海さんは、し〜、と唇に人差し指をあてる。それは、静かに、という意図ではないことは明らかだった。
唇に目を奪われる。瑞々しくて綺麗な桜色。艶かしくて仕方なく、顔がかっと熱くなり、心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
「高梨くん、またね!」
七海さんが去った後も、心音はうるさくなり続けた。
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