閑話1

 私、葵美鶴は、アイスコーヒーをちゅるちゅるとストローで吸っていた。程よい苦味と焙煎した豆のいい香りが口内に満ちる。


 新しく出来た喫茶店。内装は、最近のカフェらしい木製の床にテーブル、壁の棚には可愛い小物がずらりと並び、照明は暖色系のお洒落なランプが設置されている。漂う香りは、焼き立てパンの芳醇な香りとコーヒーの落ち着く香り。耳をすませば、ささやかに流れるピアノ音楽が聞こえてきて心地もいい。


 新しくできた喫茶店は控えめにも最高だ。日がな落ち着いた時間を過ごせるんだろうな、目の前で七海がアイスティーをストローですすっていなければ。


 どうして二人揃って喫茶店にいるのか。図書室を出たあとまで振り返る。


「ねえ、葵さん。ちょっと話があるんだけど」


 恋する乙女の瞳、メス目を高良に向けていた七海が、高良のことを好きなのは間違いなかった。だから七海は私と高良の関係が気になって、そんなことを言ったのだろう。


 別に教えてやる義理はないが、気になるのはこっちも同じ。だから私はこう言った。


「奇遇だね、七海、私も話があるんだ」


 そうして私たちは、話をするためにこの喫茶店に移動したのである……のだが、ずっと沈黙が続いていた。


 空気はお世辞にもよろしくない。どれくらいよろしくないかというと、客寄せに窓際、入り口側を与えられることがままある私が、席を自由に決められるカフェで最奥を案内されたくらい。涙を目に浮かべた店主が開店早々のイメージダウンを拒んだくらい。


 わりと申し訳ないとは思うが、正直そんなことを気にしていられない。今は、高良と七海の関係を突き止めることでいっぱいいっぱいなのだ。


 だが、切り出せずにいる。それは、七海も同じ。こう言うと、牽制し合う睨み合いに思えなくないが、そんなものではない。


 びびっているのだ。


 七海と高良が、男女的に深い関係であった場合、冗談抜きに寝込む自信がある。『やばい女って誤解も解けてないとか、好きにならない宣言を喰らった直後の身』と七海は言っていたので、そうでない可能性が高いことはわかっている。ただそれでも、もしもの可能性を考えて、切り出す勇気が出ないのだ。


 対する七海もおそらく同じ。振られた直後と知っていれど、放課後に遊びに誘う女に危機感を抱かずにいられぬだろう。


 そんな私たちは、奇しくも同じ行動をとっていた。


 ただひたすら飲み物を飲み、余裕ですよ、というアピール、精神的マウント取り。


 この行為には大きな意味がある。もし、相手が『何この余裕、もしかして入り込む余地がないほど深い関係なの?』と誤解してくれれば、身を引いてくれるのだ。


 実際私も、七海が余裕で飲み物を飲み始めた時には、入り込む余地がないのかなぁ、と泣いちゃいそうになった。七海の目も潤んでいたので、泣きはしなかったわけだけど。


 と、まあ、このマウントの取り合いが続いているのだけれど、決着はそろそろだ。私も、七海も限界が近い。


 もはや三杯目。お腹がたぷたぷしてきて辛いのだ。


 今すぐ切り出したい。もう飲みたくない。だから、声をかけたいのだけれど、ここまで長引いてしまったら、先に言った方が負け、みたいな気がする。もし尋ねて、「へえ、葵さん、私と転校生の関係がそんなに気になるんだ」とでも言われれば、正体不明の悔しさに歯がみすること間違いなしだ。


 汗をいっぱいにかいたグラスが手から滑り落ちそうになる。


 くっ、どうすればいいの。

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