プラスチック・ソウル

三題噺トレーニング

プラスチック・ソウル

 結晶化硬化症と呼ばれる病が流行って半世紀が過ぎた時、残った人類の数は元の半数にも満たなかった。

 残された人々はガスマスクをつけて生活をしていた。結晶化硬化症は空気感染するからだ。

 ユーキが恋人のネリを見舞った時、ネリは半身が紫色をした結晶になっていた。

 以前はまだ、腹部から水晶状の結晶が見えていただけだったのに……。

 ユーキが気の毒に思いながらガスマスクを外すと、ネリは生身の部分が残った顔の半分をくしゃりと歪ませながら、拙い発音で海がみたいな、と言った。

 ユーキはネリにキスをすると、またガスマスクとコートを身に纏い、ネリの身体を抱えて車に乗せる。

 埃っぽい町を車は走る。

 ユーキはネリに聞く。

「何かやりたい事はない?」

 最期に、という言葉は言えなかった。

「私はユーキと海が見たい。それだけでいいよ」

 健気なネリにユーキは泣きそうな思いでファーストフードへ向かう。

 ドライブスルーでハンバーガーを買って車中で2人で食べた。

 ぽろぽろとパンくずをこぼしてハンバーガーを食べるネリをユーキは愛おしく思った。

 廃墟になった水族館へ向かって、空っぽの水槽が立ち並ぶ中、ユーキはネリを車椅子に乗せて歩いた。

「昔は……お魚が……いっぱい……いたんだね」

「そうだよ。こんな水槽いっぱいに、お魚が泳いでいた時代があったんだって」

 楽しいデートのはずだった。

 しかし、ネリはすでに毒に侵され過ぎていた。口もほとんど動かなくなってきていた。 「楽しもうなんて、欲張りすぎたかな……」

 ただ海を見にいくだけでよかった。デートをしようなんて強欲すぎた。

「そんなことはないよ」

 ユーキはそう言いながら、身体のいうことがどんどんと効かなくなっていることを感じた。

 実はユーキもとっくに毒に侵されていたのだ。

 何とか無理やり体を動かして最期の力を振り絞って、海を見に行った。

 ネリの顔は完全に結晶化していた。心臓の音だけが彼女の生の証になっていた。

 海風に当てられながら、結晶が散らばる砂浜をユーキはネリを抱えて歩いた。

 長い長い道のりに感じた。

 やがてユーキはネリと海を見ながら、結晶化していくお互いを見ていた。

 とても満たされた時を過ごした2人はやがて紫の一塊の水晶になって、砂浜のほとりにたたずんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プラスチック・ソウル 三題噺トレーニング @sandai-training

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ