第7話 聖女の愛は届かない

 ――『白藤の騎士』の世界に来て、半年が経った。

 私が突然変異体のモンスターを倒したという話を聞いた国王と国民は大いに沸いた。

 それ以降、私は白藤騎士団と共に戦闘に駆り出されるようになった。

 モンスターを討伐し、国に攻め込んでくる外国軍から国を守り、国内で内乱を起こす反乱軍を鎮圧し、時には外国に攻め込んで領地を増やした。

 私は後方支援として魔法と奇蹟を使っただけだが、毎日戦闘に明け暮れ、モンスターや人間を殺していくのは流石に疲れてきた。

 だが、私はベルガモールのためなら、そんな現実にも耐えてみせた。

 すべてはチャンスを掴むために。


 ある日の戦闘。

 その日は我が国に攻め込んできた帝国軍と抗戦していた。

 帝国軍は数が多く、白藤騎士団は散り散りになってしまった。

 私は魔法で敵を蹴散らしながらベルガモールを探していた。

 そこで見つけてしまったのだ。

 ボロボロになって血まみれの、瀕死のデュランを。

「せ……聖女……様……治癒を……回復魔法を……俺はまだ……戦えます……」

 息も絶え絶えに、私に回復を懇願するデュランを、私は無感情に、冷ややかに、見下ろしていた。

「せい……じょさま……はやく……いしきが……とおく……、…………」

 やがてデュランは息絶えた。

「……はぁ。やっとくたばってくれた」

 私は安堵のため息をこぼす。

「これで、ベルガ様を守りきれた。いい気味だわ」

 私は倒れ伏したデュランの頭を踏みにじった。

「さて、ベルガ様を探さなきゃ」

「――リク様?」

 聞き馴染みのある、愛しい声が、私の名を呼ぶ。

 振り向くと、ベルガモールがそこに立っていた。

「ベルガ様! ああ、会えてよかった。ちょうど探しに行こうと思っていたところですの」

 私は笑顔でベルガモールに歩み寄るが、ベルガモールは何故か強ばった顔をしていた。

「どうなさったんですか、ベルガ様?」

「……リク様、何故デュランに回復魔法を使わなかったのです?」

 ベルガモールはおぞましい怪物を見るような目で私を見ている。どうして?

「何故……デュランを見殺しにしたうえに、頭を踏みにじったのですか?」

「なんだ、見ていたのなら声をかけて下さればよかったのに」

「……聖女様。今なら貴女の奇蹟でデュランを蘇らせられます。どうか……」

「え? 何故そんなことをしなくてはならないのです?」

 私はベルガモールを守るためなら何でもする。私はデュランの薄汚い魔の手からベルガモールを守っただけだ。なんで敵を蘇生しなきゃならないの?

「デュランを蘇生しなければ、貴女を拘束しなければなりません」

「は? なんでですか?」

「味方を裏切った罪に問われる可能性があります」

 今デュランを蘇生させれば、私一人が見たことは不問に致します。

 ベルガモールはたしかにそう言った。私は耳を疑った。

「どうして? 私はベルガ様を裏切ったことなんて一度もないのに」

「私、だけでなく、デュランも味方でしょう」

「何をおっしゃるの? あの男は私の恋敵なのですから、味方のわけないでしょう」

「恋敵……?」

 ベルガモールは理解が追いつかない、という顔をしている。

 ならば、告白してしまおう。

「私はベルガ様をお慕いしておりました。ずっと、ずうっと、この世界に来る前から」

「…………は?」

 ベルガモールはますます怪訝な表情になる。

「深く深く、愛しております、ベルガ様」

「え、いや、ちょっとま……え? 私は女で、聖女様も女で……え???」

「愛に性別は関係ありませんの」

 私が熱に浮かされたように愛を暴露するたびに、ベルガモールは困惑し、自分とは別種の生物を見るような目で私を見る。

「え、ええと……つまり、聖女様は私を好きで、デュランが恋敵、というわけですか……」

「さっきからそう説明しておりますが」

「それで、デュランを蘇生させる気はない、と……」

「はい、殺したいほど憎んでおりましたので」

「なるほど……」

 ベルガモールは、頭痛がしているのか、顔をしかめて唸る。

「……拘束するしかないですね」

「そんな!?」

 ベルガモールは私の手首に枷を嵌める。

「戦闘が終了次第、貴女は留置所にお連れします。その状態でも魔法や奇蹟は使えるはずですので、戦闘には協力していただきますが……」

「そうですか……ベルガ様と離れ離れになるのは寂しいですが……せめて今回の戦闘でも、誠心誠意尽くさせていただきます」

「……」

 ベルガモールは眉間に皺を寄せたまま、私を連れて戦場に戻るのであった。


〈続く〉

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