食べても美味しくありませんけど!


「で、アンタんとこの長男と冬胡、どう繋がってるわけ?」

 芳馨の言葉で一触即発(なのは子豪の一方通行だが)の雰囲気が和らぐ。

「……何だよ、そこまでお見通しかよ」

「まぁ、ね。ウチの子、結構鋭いから」

 芳馨が顎で後ろを指すと、子豪の目が香月のそれと合った。

 え、私?

 お前かよと言いたげな子豪の目に、突然話を振られた香月は口も出せないのでオロオロするしかない。

「感謝なさいね、姜子豪。あの子のお陰で、アンタ今ギリギリ『有益な人物』って評価保ってるんだから」

「そうだよ、じゃなきゃ今頃はこう、だよ」

 太燿が椅子の向こうで何かの手振りをした衣擦れがするが、香月からは良く見えない。

「またはオレがぶった斬ってるかもな」

 磊飛が残念そうにそう言う。残念そう、とわかってしまうのがまた怖いが。

「…なるほどな」

 子豪が妙に納得した様子で頷いているが、何がなるほどなのか香月にはよく分からず首を傾げると、それに答えるように子豪が鼻で笑った。

「つまり、香月には下げた頭が上がんねェってとこか」

 いやいやそもそも頭下げたことなんてないでしょうが。と、言ってやりたいが口を出すことを許されていないのでぐっと堪える。どうやら香月が『暗殺に関わっていない』と根拠もない証言をしたことが、ギリギリ子豪の首の皮一枚を繋ぎ止めているらしい。

「…で? 口を割る気はあるのか、姜子豪」

 軽口をたたく子豪に俊熙が言い募ると、当の本人は少し黙ったあと、ため息と一緒に是の意を吐いた。

「どっちにしろ言うつもりだったし、まァ今回は俺の監督不行届もあるから仕方ねェな。わかった、情報は、出す。……ただ」

「ただ?」

「…頼みがひとつだけ、ある」

 勿体ぶるように言葉を切って、子豪は胡座を解き再び跪きの体勢になる。

 頼みを受けるかどうかについては俊熙も誰も答えない。とりあえず言ってみろという空気で、それをわかっているかのように子豪も真面目な表情をした。

「……兄貴を、止めて欲しい」

 ……たったその一言で、香月はほとんど全て理解してしまった。香月でさえそうなのだから、きっとこの場にいる全員が理解したはずだ。

 『冬胡の侵略』

 『冬胡の豪族と親交を深めている姜秀英』

 ――もしその憶測が真実になるならば、姜秀英は完全なる国家反逆者だ。

「秀英さんが……」

 思わずぽろりと漏らす。

 発言を認められていないはずの香月のその一言は、しかし誰も咎めることはしなかった。

「……もしやこりゃ、ここでする話じゃねェんじゃねェか?」

「磊飛の言う通りだな。――殿下、部屋を変えましょう」

「うん、そだね」

 磊飛の一言で、より機密性の高い部屋へと場所を変えるようだ。

 確かにこの謁見室は窓が多くとられていて、郎官や文官も聞き耳を立てられる配置である。なんなら扉の向こうには見張りの郎官が張り付いている。

 今や夏蕾国の経済を支えようかという豪商の若旦那が、――冬胡国と手を組んで夏蕾を侵略せんとしているだなどと。

 早々に部屋を移動しようと俊熙、太燿、磊飛の順で部屋の後方扉を辞して行く。未だ信じられない気持ちで香月がそれを見送っていると、芳馨がぐいとその腕をひいてきたので思わず「わぁ!」と声をあげる。

「なにまた色気ない声だしてんのよ!ほら、アナタはこっち」

 ぐいぐいと腕を引っ張られ、子豪の方へと連れて行かれる。子豪はと言うと、先程は殊勝な態度だったのに今はまた不遜な鷹のような立ち居住まいをしていた。

「はやく殿下を追いかけましょ。姜子豪殿、こちらよ」

 太燿たちが使用した扉の方はもちろん子豪に使える筈もないので、郎官が張り付いている表の扉から出る。

 腕は解放されたが、今度は背中を押されて芳馨の前を歩かされた。香月、芳馨、子豪の順だが、その仕草はまるで子豪から香月を守っているようだ。

「オイ、そんな警戒しなくたって大丈夫だっつの」

「わかってるわよ。さっきも言ったけど、アンタは香月のお陰で生き長らえてるんだから今更この子に何かしようと思ってないことくらい、わかるわ」

 先程の話をなぞって、芳馨は呆れたようにため息をついた。

「でも、面倒くさいくらい心配しちゃうやつが居るのよ、うちにはね」

 その言葉に、香月の心臓が跳ねた。

 たぶんこれは俊熙のことだ。

 その嬉しさを思い出し、香月の鼓動は呆気なく高まる。

「……それって、第二皇子か?」

「あー、あの方もまぁそういう気質だけど。今回はそうでもないわね」

「なるほど。んならアイツか」

 ちょっと、あんたがアイツ呼ばわりできるような身分の方はあの場に一人もいなかったんですけど。

 思わず出かけた言葉はぐっと飲み込む。今日は口を出すなと、芳馨にはかなり強く言われているのだ。

「あら、わかっちゃった?」

 そんな厳命を出した芳馨の方は、子豪の至極失礼な物言いに何故だかなんとなく面白そうである。

「あンだけ威嚇されたら誰でもわからァ」

「あら、あれが威嚇ってわかっちゃうのね」

「あんな目で見られんのは久しぶりだったからな」

 芳馨は器用に進みたい方向へ香月を押し導きながら、楽しそうに子豪と軽口を叩き合っている。

「俊熙は色々あって、まぁ身内贔屓なトコがあんのよねぇ〜。それはそれで可愛いやつではあるんだけど」

「あんな殺気立った目してる直刀みたいな文官、どこが可愛いってンだか…あれで武官じゃねェのが不思議だな」

 文官と言ったからには、子豪が語っているのは俊熙でしか有り得ないのだが、そのどれもが香月にはあまりピンとこないものだった。

 子豪がそれ程まで言うのだから、確かに俊熙は大層威圧的だったのだろうが…香月の知る俊熙はそんな目をした事がない。怒ったり呆れたりの場面に何度も立ち会ってはいるが。

「アイツ文官にしとくにゃ勿体ねェんじゃねェのか?」

 とても素直な疑問のようにそう子豪が問うと、芳馨は「ふふ」と含み笑いをした。

「いいのよ、俊熙はそれで」

 よく分からないが、芳馨のそれはとても穏やかな声だった。

 これ以上俊熙について話しても無駄だと悟ったのか、子豪は大きくため息をついてあろう事か前方の香月にちょっかいを出してきた。

「オイ香月、まさかお前あんなやつがいいのか?」

「…ッはァ!?」

 口を出すなと言われていたけれども理性が働くのが遅かった。思わず声も裏返る。

「オイオイ図星かよ」

「ちが、」

「やめとけ、アイツは。お前なんかにゃ手に負えねェぞ?」

「だから違うってば!」

 たぶんこういう反応をしてしまうのが良くないと、わかってはいる。わかってはいるが、動揺して香月の口は言うことを聞かない。

 気づけば芳馨という隔たりがあったはずの香月と子豪は横並びで歩いていて、後ろで芳馨が「ちょっとアンタたち!」と少し小声で引き止めているがそれには気づけない。

「アイツはたぶんお前なんか眼中にねェし、時間の無駄だろ」

「…ッわかってるわよそんなこと」

「お、認めたな?」

「だから違うってば、しつこいわね」

「オレぁお前の為を思って言ってやってんだぞ?」

「私の為なら、大人しく秀英さんのことだけ話しててよ…!」

 目指していた部屋の前に到着した事にも気づかず、二人は向かい合っての言い合いにもつれ込んだ。

「だからそれはこれから話すンだろ?」

「だからそっちに集中してって…っ」

 香月が今一度詰めよろうとしたその時、目の前に突然バサリと音を立てて何か金色の物が現れた。

 しかしすぐに、それが扇子だとわかる。

 わかった瞬間、左後ろから地を這う声が、した。

「…芳馨…あれ程言った筈だが」

 振り返らなくてもわかる。

 子豪曰く、直刀みたいな文官。

 多分今、そう言わしめるような目をしているのだろう。

「ごめんってばぁ。さっきまではちゃんと隔離してたんだけど」

 悪びれない声で芳馨が返すと、左後ろのため息と共に扇子がぱしんと目の前で閉じられ、子豪の『やっちまった』みたいな表情が現れた。その目線の先は香月の左後ろだ。

「……」

「……」

 数瞬その無言が続いたが、程なくして俊熙のいつもの声がした。

「殿下の御前だ、大人しくしてくれ」

 踵を返して部屋へと向かっていくような足音がする。

 口を出すなと言われていたのに、ついいつもの感じで子豪とやり合ってしまった。反省である。

 香月が肩を落とすと、子豪がポツリと漏らした。

「ありゃあ直刀って言うより猛虎だな」

 そして香月の耳元で

「油断してると食われるぞ」

なんて言うもんだから、香月も思わず

「食べても美味しくありませんけど!?」

と返答をしてしまったが、後から考えると完全に言葉選びを間違えた気しかせずにまた大いに反省することとなった。



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