いいひと

mentaiko

ようこそ

 こんにちは。初めまして。

 突然ですが、あなたはスマホの容量がいっぱいになったらどうしますか? 不要なアプリを削除する? それとも容量を追加購入する? ああ、中には思い切って機種変する人もいるかもしれません。削るにしろ足すにしろ、あなたにとっては負担がかかりますよね。ほら消すアプリや購入する際の金銭的に悩むでしょう。

 負担なしで容量を確保できる方法ないかな、なんて。

 実は、

それはですね……とその前に。ボクが誰なのか、いい加減気になっている様子。でもすみません。ボクはただの案内人なので、名乗る程の名前を持ち合わせていないのです。代わりと言っては何ですが、ある少年の話をしますね。少々お付き合いしていただけると幸いです。



 僕は、善人に憧れていた。

 

 物心ついた頃から皆に優しく接してきたし、誰かが困っていると何かしら手伝えることはないか気にかけるようにもしてきた。とにかく、分け隔てなく平等に人と関わりたかった。

 おかげで友だちにも恵まれ、小中高と順風満帆な学校生活を送り、大学に進学した。県外の大学だったため、親元を離れ一人暮らしをすることに。



 大学に入学して半年。サークルにも入り、その関係で親しい友人が結構できた。そのうちの数人とは家に何回も招いたり泊まったりするといった『今までになく』親密な仲になった。


 僕の大学生活は公私ともに充実していた。


 ただ、交友関係において今までと同じように振舞うことを感じるようになったのもこの頃だった。

 大多数の友人は今まで通り、何も感じない。僕が息苦しくなるのは『今までになく』親密な仲になった友人と関わったときだけ。

 どす黒いのだ。彼らと関わっていると、心の奥の奥でどろっとしたどす黒い液体がゆっくり流れ出るように感じるのだ。

僕は困惑した。僕は善人になりたい。こんな醜い、汚れた感情を隠して分け隔てなく人に優しくするなんて、そんなの偽善者だ。僕は当然のように優しくありたい。

どうすればこの忌まわしい感情を感じなくなる? どうすれば捨てられる? どうすればどうすれば……?


 思考を巡らせた結果、この息苦しさの原因は『心の容量不足』にあるという結論に至った。人の心には容量が決められていて、それが限界値に近づくことであのどす黒い液体が滲み出る。これが僕の持論だ。それなら何とかして容量を確保しなければならない。


 まず思いついたのが、削ることだ。でもすぐに却下した。なぜなら削ることは即ち、誰かを切り捨てること。それは善人にあるまじきこと。善人は皆に平等であるべきだから切り捨てるなんてもってのほか。

 次に思いついたのは、足すことだ。足りないのなら枠を増やしていけばいい。つまり、僕がどす黒い液体を感じる彼らの部分も全てまとめて受け入れればいいのだ。

 これは正解だと確信した。



 結論から言うと、不正解だった。

 頭では、彼らすべての面を受け入れていると分かっている。受け入れているはずなのだ。それなのにどうして。


 どうして僕の奥底からどろっとした感触が消えない。


 どす黒い液体はなくなるどころかむしろ増している。今にも限界まで溜まって飲まれてしまいそうだ。いやだ。僕の中にこんな汚いものがあってたまるか。僕は善人になりたいんだ。


 いっそのこと、容量がだったらいいのに。


 底。


 そうか。底を抜けばいいんだ。底があるから溜まるのであって、それなら溜まる原因を排除してしまえばいい。なぜこんな単純なことに気付かない。僕の目は節穴か。


 これで僕は誰にでも分け隔てなく平等に優しくできる。汚らわしいあの感情だって気にしなくていい。なぜならそもそも溜める気がないから。全部その場で流してしまおう。


 これで、僕は善人になれる。



 いかがです? この話どこかで聞いたことがある、ですか。それはもしかして、ボクが先程あなたに話したスマホの容量の話じゃないですか? 似ていますよね、人の心とスマホ。ええ、ボクもそう思います。

 ……ああ、そうでした。負担なしで容量を確保できる方法の話が途中でしたね。すみません、その場ですぐ流してしまうもので。忘れっぽいのです。


 負担なしでスマホの容量を確保するには、入れなければいいんです。


 拍子抜けしました? 底なしの容量なんてある訳ないじゃないですか。あらゆる事柄には限界があって、限界がある限り、底があるのは必然なのです。底を抜いたと錯覚しているそれは、ただ目の前で起きた物事に興味や関心を持たず、受け流しているだけです。言い換えると、ですかね。スマホだって同じでしょう。ストアに何百万もあるアプリのどれにも興味を持たなければ、あなたのスマホ容量は一生限界を迎えないのだから。

 でも考えてみてください。中身が空っぽのスマホを持っていて楽しいのかどうかを。いやまあ、スマホに機能性だけ求める人にはそれで充分だとは思いますよ。



 おっと、長く話過ぎました。最後までお付き合いしていただき、誠にありがとうございます。

感謝の気持ちとして、お土産をひとつ。


 少年は善人になれたのでしょうか?



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