第22話 それから二日が経ちまして
「やぁ2人とも。怪我の調子はどう?」
色鮮やかに様々な果物を入れた籠を片手に、ステラはユウキ達のいる客間へと訪れた。白のコートも軍服も今日は羽織っておらず、爽やか好青年のような印象を受ける。イケメンであることは総じて変わらない。
隣のベッドに座っているシスターが、目を見開き魚のように口をパクパクとしながら、どうにも言葉にならない声を発している。一体どうしたというのだ。
シスターを横目に、ユウキはまだ少し痛む身体を起こすと、手を上げて応える。
「まあ見ての通りかな。身体なんて痛くてまだ上手く動かせないし、しばらくはベッドと仲良くやるよ」
「そうか、まだ大変そうだね。怪我が良くなるまでは休んでいるといいよ。ここに何日いようと俺は一向に構わないしね」
「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」
ステラは微笑み、次いでシスターの方に視線を向けた。ユウキもステラの後を追うように視線を向けると、いまだシスターは口をパクパクとさせて目を見開いていた。変わっていたことと言えば、視線を送る先がステラからユウキになっていたことだった。
「?なんだよ?」
「え、ユウキは、その、この方とは、どういった関係なのですか?」
「あぁそっか、シスターは初めましてだよな。前に助けてくれたイケメンがいたって話しただろ?その時のイケメンがこの人で、ステラ・ヴァリエスっていうんだ。教会で俺達が危ない時もステラが助けてくれたんだよ」
「フフッ、イケメンだなんて。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ありがとう」
「まあ別に。本当のことだし」
そんな真正面からお礼を言われると、なんだか照れくさい。誤魔化すようにシスターに再度視線を移すも、表情には何の変化も無かった。流石におかしい。変な物でも食べたのだろうか。
「どうしたシスター、なんか変だぞ?ステラがイケメン過ぎて緊張してんのか?」
「どうしたもなにも!ユウキこそおかしいですよ!?この方をご存じないんですか!?いくらユウキだとしても、そこまでの愚か者じゃないでしょう!?」
「えぇ」
シスターがここまで言うだなんて、そんなに有名なのだろうか。しかしどれだけ頭を捻ってみても、記憶を掘り下げてみてもどうにもピンと来ない。やはりイーストメイカーで出会ったあの日が初めましてだ。
「いや知らないなぁ…」
「なら覚えなさい!こちらのステラ・ヴァリエス様は!ベルダンシアの領主であり、加えてセリノア国の最高戦力である『守天軍』において、『空』の称号を与えられた、私達なんて比にならないくらいとてつもなく高貴なお方ですよ!?分かってます!?」
「守天軍って、王家直属のやつ?えっマジで?なぁステラ、マジなの?」
「いやぁ、照れるなぁ」
「嘘だろ冗談だよな?」
その瞬間、走馬灯のように脳裏に過る数々の愚行。もう無理なんだと、ユウキはその時静かに悟った。早々に諦めて今生の幕を閉じる決意をする。
そんなユウキの様子を見て察したのか、ステラは2人の顔を交互に見ながら、釘を刺すように話し出した。
「別に俺がベルダンシアの領主だとしても、王家直属の軍人だとしても、ユウキの友達であることには変わりないんだ。だから変に態度を変えたりとかはしないでくれよ?シスターも、俺のことはステラで良い。様なんてつけて呼ばれるような人間じゃない」
2人は顔を見合わせ戸惑いながらも、断ってはいけないという空気を即座に感じ取り、観念したように溜め息を吐いた。
「分かりました。何とも恐れ多くはありますが、よろしくお願いします。ステラさん」
「敬語も別に使わなくていいよ?」
「それは勘弁してやってくれステラ。敬語はシスターに唯一残された、相手を敬う態度の表れなんだ」
「死んでくれませんか?」
「あまりにもストレートすぎない?」
歯に衣着せぬという言葉があるが、これでは全裸じゃないか。いや衣着せたところで、意味合いは全く変わらないけどさ。
容赦のないシスターからの一言を受け、ユウキは困惑しているなか、そんな2人を見てステラが笑みを浮かべていることに気がついた。
「なに笑ってんだよ」
「いやね。仲が良くて微笑ましいなって」
「ステラさんも冗談を言うんですね。驚きです」
「え?」
「ん?」
「はははっ。ほら、君達仲良しじゃないか」
堪える気も隠す気もなく笑うステラに釣られ、ユウキもシスターも笑いだす。なんだか、より日常に帰ってきた気がした。
ステラは2人のベッドの丁度真ん中に椅子を置くと、それに腰を掛け「さて」と背もたれに身体を預けた。
「ここからは少し真面目な話になる。つい先日起きた戦いの話だ」
真面目な話、と聞いてユウキとシスターは少し身構える。けれどその様子にステラは「そんなに重くするつもりはないから、楽な姿勢で聞いてほしい」と笑い掛け、気遣いを見せた。一体どこまでイケメンなんだこの男は。とユウキが思っていることもつゆ知らず、ステラは本題に入る為口を開いた。
「先ずはお礼からだね。この度は君達がいなければ、ベルダンシアは取り返しのつかないこととなっていただろう。本当に、ありがとう」
ステラはその場で、2人に向けて深々と頭を下げた。実力も立場も、何もかもが自分達よりも遥か上に位置する彼が、ここまで深く頭を下げるとは。彼の人となりというか、この街を心から想っているのだとその姿が物語っていた。
「ちょっやめてくれよ!そんな頭下げられることしてねぇって!それにほら、俺達何も出来てないんだから!」
「そうですよ!私達なんてステラさんの活躍に比べたらちっぽけなもんです!」
「そんなことはない。ユウキ。君は初陣にして死にかけながらも、あの白い魔獣と戦ったのだろう?シスターも、セラから君のお陰で冷静になることが出来たと聞いている。メリアさんも、兵を死なせないように尽力してくれた。君達の行動が、ベルダンシアとその人々を守ったんだ」
ステラの言葉がくすぐったく、ユウキは意味もなく宙を見た。感謝される為にしたことではない。元を辿れば王様からの命で訪れた街だ。己の私欲の為もある。それでも、ここまで感謝されると嬉しくない筈がなかった。
笑みが溢れるのをどうにか堪えていると、しばらくしてステラが顔を上げ、そのまま話を続けた。
「あの時俺達が会った黒ローブの手品師。今回の件に関して、彼が大元の元凶と言っても間違いないだろう。ベルダンシアの侵略が目的だと、彼は自分の口で言っていたみたいだしね」
そう言い終え、ステラはポケットから小さな石を1つ取り出した。紫の輝きを放つその石の思いがけない登場に、ユウキは言葉を失う。
「何ですかそれは?」
「これは紫有石と呼ばれる魔鉱石。メリアさんから聞いた話によれば、魔力を受け渡した生き物を、強制的に魔獣化させることが出来るそうだ。ベルダンシア近辺に魔獣が大量発生していたのも、恐らくこれが原因だろう」
「強制的に魔獣化って本当なんですか?そんな馬鹿げた石、見たことも聞いたこともありませんよ。仮に本当だとしても、魔力が先に尽きる筈です」
「いや、本当だシスター。その石には魔王の血と肉が混ざってるってあの手品師が言ってた。それでその石は、空気中の魔源素を取り込んで蓄積できるらしい」
「…冗談でしょう?」
冗談に決まっている筈だと、そう願うように呟いた言葉は、誰に拾われることもなく霧散していった。その沈黙が代わりに答えだと知らせる。
「信じられません。そんなのズルすぎます」
「気持ちは分かるが、これは本当のことだ。この小さな紫有石も、ベルダンシアを囲むように一際背の高い木に刺してあったものだ。その間にも魔源素を溜め続けていた」
従来の魔鉱石は、魔力を使い果たせばただの石であったのにも関わらず、この紫有石だけは半永久的に魔力を生み出し続けている。これでは兵器と言っても遜色ない。メリアとベルダンシアの兵と共に戦ったあの魔獣が、今この瞬間も生まれ続けていると思うと、シスターは気が気でなかった。
「ごめん。話を遮るようで悪いんだけどさ」
ユウキは申し訳なさそうに一言入れ、そのまま続けた。
「教会にいた時から気になってたんだけど、なんで刺してあったの?それも魔獣を増やす為?」
「いや違う。魔獣を増やしていたのは教会にあった紫有石だ。この小さな紫有石は、ベルダンシアを廃村に変えるための物である可能性が高い。俺が紫有石を全て回収したら、黒い霧は教会のあった方に戻っていったしね」
「へぇそうだったのか。つーかお前、あの時手品師に渡してなかったっけ?なんで持ってるの?」
「盗っちゃった」
「それはヤンチャボーイ過ぎるだろ」
「非常に申し訳ないとは思ってるよ?」と口にはするものの、1寸も思ってないのが目に見えている。
「まあこっちは領土盗られそうになったんだからいいでしょ」
「急に笑えないこと言うなって…」
ステラは笑っているが、ジョークにしてはあまりにも重い。それともこれは領主の間では鉄板ネタなのだろうか。
「他の領主に言うと結構ウケるよ」
「頼むから心を読むな。心臓飛び出るかと思った」
「あははっ。まあ爆笑ギャグは置いておいて、これはメリアさんには先に話したんだけど、2人にお願いがあるんだ。この石のことは、王様と俺の同僚以外には他言しないでほしい」
笑みを浮かべているが、これは本気のやつだと感じ取る。ユウキとシスターは頷き、他言しないよう誓う。
「勿論分かっています。これは兵器です。そう易々と言っていいことじゃありませんから」
「ありがとう。それともう1つ。シスターは眠っていたから話だけ聞いてほしいんだけど、黒ローブの手品師と白い魔獣のことだ」
手品師。黒ローブに身を包んだ奇妙な男。今もステラが来てくれなかったらと思うだけで、冷や汗が流れ出る。
「整理するために分かっていることを話すと、彼が魔王と繋がっているのは確実だろう。今回のベルダンシア侵攻も、魔王の指示によって実行したとみている。そして彼の魔法なんだがおそらく『
ユウキは息を飲んだ。古代魔術とは、大昔に存在していた魔術のことを言う。多くが未だ解読できておらず、解読出来たものも臨廻することがそもそも難しかったり、使用するにあたって魔力が足りなかったりと問題は山積みだ。
そんな古代魔術の中には、扱いを禁じている物が存在する。それが禁戒魔術のことだ。そのどれもが強力で、決して使用することは許されず、1度でも扱えば重い罰が下る程だ。ただの昔話かと思っていたが、まさか本当に存在するとは。
「彼の事象を無かったことにする魔法と、死んだ筈の白い魔獣を生き返らせ且つ、人間の姿へ変えた魔法。そしてラヘタ・センドという魔法。それら全てが禁戒魔術である可能性が高く、その3つを扱える程だ。彼は膨大な魔力の持ち主だろう」
更に言えばユウキが見たなかで、あの男はメリアに斬られた時とステラの魔法を受けた時とで2回も発動している。それに突然物を出したり、移動させたりしていたのも含め、益々あの男の不気味さが目立つ。
「それと白い魔獣。いや、もう人間なのかな。これもメリアさんから聞いたんだけど、風の魔法を扱うことしか分かっていない。何故魔獣であった時に意志疎通が出来たのかは謎のままだ」
「魔源素を溜める石に禁戒魔術。その次は話せる魔獣ですか?なんですかそれ…。本当に現実で起きた話ですか…」
「本当だぞ。それもこれも、全部シスターが眠ってる間に起きたからな。まあそう思う気持ちも分かるけどさ」
確かにここ数日の出来事は、とてつもなく現実離れしていたように思う。
それはユウキが奇しくも神に素質を認められ、魔王との戦いに足を踏み入れた事実を、嫌でも再確認する出来事が多かった。
「この2人については俺からも王様に言っておくけど、君達からも伝えておいてほしい。特にユウキとメリアさんは、彼が現れてから消えるまでずっと見てたわけだからね。その情報はかなり貴重だ。何か思い出したり気になったことがあればいつでも話してくれ」
「分かった。任せろ」
ステラの言葉に返答すると「よし!」とステラは立ち上がり、椅子を元あった場所に戻し、改めて2人に向き直した。
「もう行くのか?」
「あぁ。話すべきことは話したしね。そうだシスター。身体の調子はどう?ここが痛いとかはある?」
「いえ、今のところは特にありません。大丈夫です。」
「それなら良かった。何かあればいつでも言ってくれよ。いやぁそれにしても良かった。ユウキとシスターが目を覚ましたことで、戦いに参加した全員の無事を確認出来たよ」
「全員の無事?それって、どういうことだよステラ」
ユウキは痛む身体を気にすることもなく、身を乗り出すように聞き返した。ステラは不思議そうにしながらも平然と答える。
「ん?そのままだよ。此度の戦いにおいて、死傷者は0だ。俺達の勝ちだよ」
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