定命のプログラマ

@pellucid

エンシェントドラゴンとWebエンジニア1

今日も今日とて打ち合わせである。

Webエンジニアの自分は、顧客との打ち合わせが仕事の五割である。

今日はエンシェントドラゴンのグリィアラさん(とりあえず聞き取れた表記で記載)とECサイトの打ち合わせである。


今日日魔族や竜族といった長命種にもIT化の波が押し寄せているが、彼らは基本的に長寿である。

そのため、人間と比べて新しい技術の受け入れに否定的であることが多い。

なぜなら、新しく何かを覚えたところで、気づいた時にはそれが廃れているのである。

Webエンジニアの自分に、たまに顧客から腕木通信の解読の依頼があったりするぐらいである。

彼らにとっては100年程度はあくびしているうちに過ぎるものなのかもしれない。

Webエンジニアは新しい技術を人の感覚でも頻繁に覚える必要がある。

毎月新しい技術が生まれ、埋もれていく。

struts, Perl, AngularJS... 表層の技術は生まれるのも廃れるのも早いものだ。

エンジニアとして基礎技術を固めていたおかげで、なんとか飯を食っていくことができている。


そう考えると、ドラゴン族は割と長命種の中ではITに好意的である。

まあ、大体のドラゴンが金銀財宝をかき集めるために必至であるだけであるが。

そんなわけでエンシェントドラゴンのグリィアラさんのいる山にやってきたのである。


――翌なる朔の日、我の山を訪ねよ


長命種の待ち合わせは大体こういう感じなので、こちらも慣れたものである。

なお、竜種の通信手段は竜ごとにまちまちである。

彼らは彼ら同士の会話は念話や高周波での会話を行う。数千年を生き、記憶力も非常に高いため文字を持たない。

そのため、人間に興味を持たない竜などはそもそも人間の言葉を理解しようともしない。

人間に興味がない竜はITにも興味を持たない。

そのため私は出会ったことはない。

まあ、人間に興味を持つ竜だって、文字の読み書きがギリギリである。

そんなわけで、遠隔地の人間に連絡する手段は竜の性格が出てくる。


一番多いのが直接来訪して口頭連絡である。

簡単に言うが正直一番遠慮してほしい。

こちらは2mに満たない一般成人男性だが、向こうは余裕で20mはある。

会社の屋上に呼び出されても困るし、ひどいときは夜アパートにやってくるのである。

長命種からみるとわれら短命種の都合は、気にしていないというよりも意識することができないのである。


なお、グリィアラさんとの連絡手段は手紙である。

これほど文化的な竜に出会ったことはなかった。これだけでどれだけ文明に理解があるかわかるというものである。

手紙というのは荒くスライスされた原木に、爪で記されたものである。

何を勘違いしているかわからないが、家の最寄りのバス停の横に突き刺さっている。

深夜にいきなり来るわけもなく、記録も残るので一番アリである。

ただ、手紙の輸送費を会社が持ってくれないことだけが不満だった。



「グリィアラさーん、Webサイトの打ち合わせで参りましたー!」



向こうは結界を超えた生物を知覚しているとのことで、私が来たことは察しているだろうが、礼儀として挨拶している。


.


..


...


....


来ないな・・・これだから長命種は。

心を読んだりするくせに、空気を読むことができないやつが多すぎる。

こうなるとしばらく来ないので、こっちもゆっくり待つことにしている。

私は手近な岩に腰かけ、ラップトップPCを開いて仕事を士ながら待つことにした。


長命種との仕事を生業にしている人はそれなりにいるが、その中でITエンジニアは数が少ない。

時間感覚があまりに異なり、話が通じないことが非常に多いことと、怪我しやすいことは原因と言われている。

私としては競合が少なくて稼ぎやすいのはいいんだけどね。

ビジネスチャットで同僚と次のプロジェクトについてチャットしていた時に、それは現れた。



ズン



いつ接近されていたのかまったく気づかなかった。

そびえたつ緑の巨体は山のようであり、

表皮はところどころ鱗がはがれ、古の煉瓦を思わせる。

巨体からは大樹の枝のように腕が生え、腕には黒い爪が備わっている。


エンシェントドラゴン グリィアラがそこに居た。


「定命の者よ、何の用だ」

「何の用だではありません、ご依頼のWebサイトのご説明にまいりました」

この竜は自分で指定した割に忘れてやがる。

長命種との対面に昔はオドオド対応していたが、慣れたものである。


「左様か、では見せてみよ」

「では、説明を始めます。」

なお、尊大な言い方に聞こえるが、別に尊大にして自分を大きく見せようとしているわけではない。

単に彼らが言葉を覚えたのが数百年以上前であるためである。

先ほどの「左様か、では見せてみよ」というのも、「そうだっけ?なら見せてよ」くらいの感じで言っている。

この仕事をしていてわかったが、思ったより竜は何も考えていない。

医者とか上司とかでも、ふくよかな体躯と顔立ちで仕事ができるような雰囲気に見せる人がいる。

いわゆる見た目で得する人である。

竜種は種族を通して”見た目で尊大に見える”という特性があるように感じる。


とりあえず紹介を始めるか。

彼らは長命種らしく話が長い。

ただあまり中身がない。

時間的に近いことを言っている分だけ、校長先生の話のほうがなんぼかマシである。

竜種の話は”この前”って言って50年前の話が出てくる。

正直めんどくさい。

今回は初回だし、ECサイトのテンプレートの内容を説明して、やりたいことを教えてもらおう。


「今回はECサイトをご希望とのことですので、ダミーサイトを準備してきました。

実際に触ってもらうのがよいと思いますので、ぜひ試してみてください」


竜種でインターネットを使用したことがある個体は少ない。

そもそもその巨体にあった端末がないのである。

今回は大会議室で使用するような巨大プロジェクターを用意した。

入力インタフェースは、なんとマウスもどきだ。

このマウスもどき、セダン車をそのまま自由移動できる台に設置し、ボンネットに跳び箱の踏切版を改造したボタンを配置している。

マウスというにはあまりに巨大だが、なんとか竜でも操作できるようになった。

過去何回かの打ち合わせは、このマウスの準備に費やされていた。

文字入力はキーボードがどうしようもなかったため、ソフトウェアキーボードを使用することになっている。

なお余談であるが、このマウスはコードネーム「タンク」である。


「では、まずユーザ登録機能からです。ユーザ登録は買い物するユーザの情報を登録してもらいます。

ユーザ名、年齢、住所等を登録してみてください。」


言葉での説明は以上である。

なんにせよ動くものを触ってもらうのが何よりも効果がある。


「ではお試しください」


人間相手ではあるが、プロトタイピングで動くものを見せ、認識相違を直していく開発の経験がある。

竜が相手であってもそうそう変わるものでもないだろう



「定命の者よ」

「はい、なにか問題がありましたか」

「年齢登録についてだが・・・」

「はい」

「生年月日が1900年までしか選べぬ」

「ちなみにグリィアラさんはいつお生まれで?」

「アイキュウに人が山を築いたとき、我は生まれた」

「ピラミッドじゃないっすか、そもそも紀元前じゃないですか」

「であるか」

「どうしたもんかな・・・」


人間の年齢なんてせいぜい120才。システム上の年齢(age)の登録変数型をすべて変更する必要があるぞ・・・。

というか年齢必要ないか?めんどくさいから消そう


「年齢はとりあえず適当に入れておいてください。実際のシステムでは年齢入力欄は外すことにします。

連邦法では未成年に販売できない商品を管理するために年齢登録は必須なのですが、

竜種の方は適用外のため問題ありません」

「であるか」

「はい」

「さあれども年齢は必要だろう、差し詰め我らに合わせた値を入力できるようにすることはできるか?」

「とりあえず試してみますか。」


とりあえず設定値を変更し、紀元前10000年まで入力できるようにしてみる。

なんでここまで設定できるようになってるんだろうこのシステム。


「定命の者よ」

「はい、入力できましたか?」

「スクロールが終わらぬ」


ミスった。推定5000歳のドラゴンの年齢をドロップダウンリストから選ばせるのは無理だったか。

なんか頑張ってマウスを使ってスクロールしてるけど、1回につき100才分しかスクロールできていない。

それ50回繰り返す必要あるよ。


あ、別のところクリックしてドロップダウンリストが閉じてしまった

マウスに慣れてないからこうなるよね。

あーあー、また上からスクロール始めちゃった。

そしてまたクリックしちゃった。


「とりあえず100歳にして、次行きましょう。」


竜種は時間だけはやたら持ってるから、こういう細かいことやらせると数日は動かない。

強引にでも次に行く。

グリィアラさんは、2回ミスったがなんとか1900年に設定できた。


「定命の者よ」

「はい、登録できましたか?」

「住所登録が誤謬となるのだが」

「あれ?そうですか?見せてください」


こら、一つ一つに引っかかるな。

そういえばこの竜の所在地ってどこなんだ?

とりあえずエラー内容を見てみるか


エラー:郵便番号を入力してください


「あ、先に郵便番号を入力してください」

「そんなものはない」


やばい。こいつ住所不定じゃんか。

とりあえず新宿区1-1-1で登録させた。


・・・


相変わらずえらいつかれた。

祖父にスマホの使い方教えるほうが大分楽だったぞ。

この仕事辞めるかなぁ・・・

竜種はめんどくさいんだよなぁ


「定命の者よ」


ほらきた


「報酬である。受け取るがよい」


そういってグリィアラさんは一握りの金塊を置き、飛び去って行った


もう少し続けてみるかなあ・・・


「また来ますね」


・・・


なお、帰宅途中の最寄りのバス停横に”手紙”が突き刺さっていた。

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