復活の花火都市
一矢射的
前編
茨城県は土浦市。
県南の
忌まわしき鉄道の名は、つくばエクスプレス。
土浦市民が憧れと
何といっても秋葉原までたった四十五分という利便性が違います。
駅の周辺に立ち並ぶビルヂングの都会感が半端ありません。
ありゃ勝てね、みんなしてわられっと(皆に笑われるぞ)
根っからの田舎者……いいえ、誇り高き
なんの、土浦市には
駅舎も古いし、率直に申し上げて勝てる要素は見当たらないのです。
人の流れが変わってしまうのも致し方がないことなのでした。
そしてわざわざデータを比較せずとも、それぞれの駅から一歩外に出ればその違いは嫌でも目に付くはずです。
土浦駅の周辺を少し歩けば目に入るのはシャッター商店街。この町は繁栄を通り過ぎた
わげわがんねぇごと言ってんなよ、このごじゃっぺが(茨城弁で「道理の判らない人」を示す暗号)土浦が世界に誇る花火大会を知らねぇんが?
そうです、限界斜陽都市土浦にはまだ最後の希望が残されていました。
それが日本三大花火大会の一つに数えられる「土浦花火大会」
来場者数七十万人。打ち上げ花火の総数は実に二万五千発。
九十年以上も続く伝統的行事であり、市民の誇り。
これがあればまだまだ土浦は安泰だっぺ!
しかし今、その伝統行事にも時代の変化が差し迫っていたのです。
二〇二〇年に始まった恐るべきコロナウイルスの世界的流行は、同年の大会を休止へと追いやりました。感染拡大を食い止めるためのやむを得ぬ処置でした。
ですが、それだけではありません。
実はもう それ以前から大会への不満は各所で噴出していました。
二〇一八年、二〇一九年と、二年続けて大会が失敗に終わっていたからです。
いったい何が原因でそうなったのか?
これから、どうすればいいのか?
はたして土浦市に輝ける未来は残されているのか?
我々はどこから生まれ、どこへ向かおうというのか?
これは激動の時代を生きる、郷土愛にあふれた地元民の物語なのです。
「何か良い案はないのが? いいけ、さんけえ(三回)だ。三年連続で大会が失態続きなんだよ。もし同じ失敗を今年も繰り返せば、長年続いた花火大会の伝統が我々の代で途絶えてしまうかもしれないんだっぺ」
時は二〇二一年七月某日。
オリンピックの開催も差し迫ったこの時期、そんなものはそっちのけで市庁舎の会議室にて大会運営委員会による話し合いが連日おこなわれていました。令和の時代ならリモート会議でもすればいいのに、それだけの設備と知識がない田舎なので厳重にマスクをした上で室内の換気をよくするぐらいが関の山なのでした。
今日も委員会代表、ムラマツ氏の怒声が室内に轟いています。
多少なまっていますが、茨城弁の独特な美しさをお楽しみ下さい。
「どうなんだよ? スズキ君」
「いやぁ、そうは言っても昨年の中止はコロナのせいだから不可抗力なんじゃ……犬めにくっつかれた(噛みつかれた)ようなものかと」
「うっせ、おめ(お前うるさいよ)そっちじゃあんめ(そうじゃないだろう)揚げ足取りなんてせんでいいから。口を開くならアイディアを出してーな」
「すいません」
メンバーで最年少のスズキ君の
全員がけわしい表情で頭を悩ませています。
ムラマツ氏は咳払いをして少し語調を緩めるとこう続けました。
「まぁ、スズキ君の言うことにも一理あっぺ。昨年の中止に関しては世間も理解を示してくれるはずだべ。けんどよ、今年はオリンピックも無事に開催される中で何とか大会の復活をアピールしていきたいんだよ。二年前、三年前のような失敗を繰り返すわけには、もういけねーっぺよ。皆も覚えているはずだべ? 強風に流された花火の燃えカスが客席に飛んでどうなったのか」
「いくら待っても強風は収まらず、安全面に
「予定していたプログラムの半分も消化できず中止、中止。これじゃ
そう、強風こそが委員会のメンバーを悩ませる元凶だったのです。
客席に落ちた燃えカスは子どもの腕に当たって軽い火傷を負わせてしまいました。
されど安全面に対して運営側に事前の考えがなかったのかといえば、なにもそういうわけではないのです。
客席と打ち上げ現場には十分な距離を設けておいたはずなのに、吹きすさぶ強風はこちらの想定を上回るものでした。
土浦花火大会は毎年十月の頭に開催され、客席は全て事前予約制の
ちなみに板塀の外には縁日のごとく屋台がどこまでも並び、予約がとれなかったとしてもその屋台商店街から花火を無料で眺めることは出来るのです。
パスポートの有無によって生じる圧倒的待遇格差。それ程のVIP待遇にも関わらず、肝心の演目が不手際により中断の体たらくでは運営に非難が殺到するのも当然のことです。ましてや、それが二年も続けば尚更ではありませんか。
そこで、今年こそは何とか大会を成功させるべく、このように毎日の話し合いを続けていたというわけなのです。
「スズキ君、金田さん、佐藤くん、職員さんめぇ(三名)には次回の会議までに具体的なプランを考えておくよう宿題を出したはずだな? その成果を聞かせてくれっか(くれるか)? やってくんちょ(やって下さい)」
「もう、委員長はいつも無茶ぶりばかりなんだから……オッス、失言でした。手始めに自分からいきます」
どうやら遅まきながら対策の具体案が出てくる様子です。
若手でありながらいつも一言多いスズキ君が立ち上がり、皆の
「自分が提案するのは無観客による開催です。オリンピックもそうなりましたよね?」
「オイオイ、待てよ、オメー」
「まぁ、反論は最後まで聞いてからにしねえか? 続きをどんぞ」
「無観客なら事故なんて起こりようがないし、交通整備も不要だし、祭りが終わった後のゴミ問題も一挙解決。良い事ずくめです」
「ついでに市の収入もなくなるじゃないの、このさやっぽ(先走る人)!」
「そこは勿論、公式で動画配信をするんです。有料のチャンネルでリアルタイムの公開。インターネットを通じて多くのお客様に見てもらうんです。完璧ッスよ、このプランは。ねえ、今回はそうすっぺよ」
「市はそれで良いかもしれないが、我々テキ屋連合はどうなるんだべ? 毎年屋台を連ねて祭りの雰囲気を盛り上げた我々のことも、ちっとは考えてもらいてーな」
「地元の外食産業もコロナ禍で苦しい営業を強いられているんだべ。本来、花火大会には地域活性化の意味も込められていたのではねーけ?」
「そこはホラ、動画にスポンサー名を入れたCMを流せばどうにか……」
「ネットで見れるのなら田舎に来る必要なかっぺよ、それっちゃあんめよ。いぐらなんでも(それはないだろ、いくらなんでも)」
「そもそも、画面越しでは花火の良さなど伝わらねー。現場の空気を含めて祭りだろうに。大会の伝統と格式を損なうものだべさ。我らOBもその案は認めねーよ。かんまんすんだね(かき回すんじゃない)」
「んもぉ~おまいら頭固いんだから」
「おい、ムラマツ。おめぇーん所の教育は、どうしちったんだっぺ(どうなってんだ)?」
「ははぁー、すいません! スズキ君、いい加減にしとけ。すいません、こんにゃろは、後でおっちめてやっから(コイツには後でよく言っておきますんで)では次に金田さん」
「はい、私が提案するのは開催場所の変更プランです」
「場所かえんのけ?」
「はい、桜川では打ち上げ現場と客席が近すぎます。地球温暖化が叫ばれる昨今、いつまでも昔と同じやり方を続けることは出来ません。海面の温度は上昇し、台風の数も年々増える一方。もはや異常気象が
「はぁ? どこに変えるんだべ? 他に余っている土地なんてねーっぺよ」
「いいえ、あります。霞ヶ浦が、あすこに(あそこに)大きな湖があるじゃないですか」
「ちょっといいけ、お嬢ちゃん。花火職人であるワシ等から言わせてもらうとな、不安定な足場で打ち上げ作業なんて出来ね。まさか、ゴムボートの上で作業をしろとでも言うんけ?」
「あよ、ちっと聞いてくんろ(そこは考えがあります)皆さん、メガフロートってご存知ですか?」
聞きなれない単語が飛び出て、一同はざわめきました。
「なんだべ、そりゃ? ジュースの上にアイスが載ってるアレかね?」
「はは、イメージはそんな感じだわー。メガフロートとは人工島のこと。水に浮く足場を並べて杭で係留し人工的に島を作ってしまう、近未来的な計画です。霞ヶ浦の人工島で打ち上げ作業をすれば、周りは水。事故など起こりようがありません。有料の
「やだよー(感嘆)!? まるでSFじゃないの」
「国の湖に人工島を浮かべるなんて認可が降りるのけ? 年に一度しか使わないんだべ」
「だいたい予算は幾らかかるんだよ?」
「……そうですね、一平方メートルあたり十万円が相場なので……予算は二千万もあればなんとか」
「ごじゃっぺが! 花火だけでも大赤字なのに、どこからそんな金をひねり出すつもりなんだよ。そもそも遠すぎるなら
「うぅ……昨夜一睡もせずに考えたんですぅ~」
「そりゃお世話様(ご苦労だったね。皮肉)オメーは、もう寝ろ。ちょうど隅の席が空いてるわ。百もしねーがら(役に立たないから)ほんじゃ、ほれかたしといて(それじゃ、それを片付けておいてね。皮肉)」
「まあまあ、皆さんお手柔らかに頼むわ。では最後に佐藤くん」
「はぁ……他の二人に比べたら無難な案ですけれど」
最後に立ち上がったのは、黒スーツに赤ネクタイの男性です。
黒髪をオールバックに固め、ややしゃくれた顎には無精ひげが目立ち、少しばかり目じりの下がった覇気の感じられない男でした。前の二人よりも年をくっており、若くとも二十台後半に見えました。
彼こそが佐藤大介。普段は市役所の社会福祉課で勤務し、生活補助申請の受付窓口を担当している青年です。どんな泣き落としの身の上話を聞かされても「そうですか」と聞き流し、易々と甘えた申請を通さない冷血漢。ついたあだ名が「鉄仮面の佐藤」なんだから相当なものです。
しかしながら、そんな彼の胸中にも実は熱い血が流れているのです。
佐藤はボリボリと頭を掻きながら強風対策の考えを述べました。
「そうですね、
「確かにそれならお客様の安全は確保できるし、現実的な提案だべ……けんどよ、花火を見ようというのに屋根は邪魔じゃねーのか」
「なんちゃないよ(なんてことはないよ)鑑賞の邪魔にならぬよう透明な板で屋根を作るんです。コロナ対策として席と席の間に距離をおかねばならないでしょうから、支柱も建てやすいはず。学校の運動会で使う本部のテントみたいな感じですかね」
「周りもビニールカーテンで囲めば感染対策もできて一石二鳥というわけかー」
「悪くないべ。でもよ……いくら透明とはいえ屋根越しに花火を見てーかな?」
「まるで病院の隔離病棟みたいだっぺ。とても落ち着いて花火を楽しめるような雰囲気じゃねーべよ」
「いまいちおもしくなかったな(やはりダメですかね)……伝統と格式を重んじる皆様には、この案もいただけませんか」
OB達に向けた刺のある物言い、それを敏感に嗅ぎつけたムラマツ委員長は慌てて佐藤の話を遮りました。
「時間が大分押してっからよ。今日の所はこのくらいでお開きといくべ」
「おいおい、今日は終わすのはやいね(終わらせるの早いね)まるではかいってなくね(まるではかどっていないぞ)? 具体的にどーすんだ?」
「それはまた次回までに考えさせておくからよ……」
「本当にだいじ(大丈夫)か、こげな調子で?」
委員長のムラマツ氏はこの場を丸く収めることしか考えていないようです。
佐藤は荒々しくパイプ椅子に腰を下ろすと、小さく溜息を零すのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます