2.乙女心

 びくんと肩を跳ね上げて由香奈は涙目でクレアを見上げた。ただならない様子にクレアも春日井もきょとんとした顔になる。

「水着は……ちょっと……」

 ああ、という表情になるクレアの隣で、春日井は春日井でなんでもないふうに微笑んだ。

「わざわざ買ってまで水着にならなくても、充分遊べるよ。海は好き?」


 海、どうだろう? 真っ先に父親の生家と墓がある漁村を思い出す。あそこにはいい思い出なんてない。海が好きとは間違っても言えない。でも。春日井とクレアとなら、今までと違った経験ができることを由香奈はもう知っている。


「海、楽しみです」

 期待を込めて精一杯笑って見せる。じゃあ、と春日井がレジャーの段取りを決めてくれた。





 そんなこんなの数日後。やっぱさあ、とクレアが話しかけてきた。

「水着買おうよ、由香奈。春日井さんだってほんとは期待してたと思うよ」

「え。そうかな」

「そらそうだよー。あの人の性格じゃ、ゆかなんの水着姿楽しみ、ぐふ、なんて言うわけないし。あんたが嫌がってるの察しちゃったみたいだから、もう絶対そんな態度は見せないだろうけど」


 そうなのだ、春日井は人が嫌がることはしない。だけどそこが、由香奈の今の悩みのそもそもの根本であったりもして。そもそも由香奈は嫌がってなどいないのだが、彼はそう思っているのかもしれないという疑念があって。だったら由香奈が意思表示をすればよいのだが、いつもいつも流されるままだった彼女にしてみれば、どうやって自分から誘導すればよいかがわからない。


 由香奈のそんな悩みを感じ取っているだろうクレアは、きっとだから由香奈の背中を押しているのだ。それはありがたいのだけど。

「でも、水着はちょっと」

 水着なんて、学校の水泳の授業でスクール水着を着たことしかないのに、これまた嫌な思い出しかない。


 小学校高学年の頃には発育がよかった由香奈は、胸が目立つ格好をするのがいやだったし、クラスの女子がこそこそ囁き合っているのも、男子は男子で気まずそうに困ったように由香奈の姿を視界に入れないようにするのも、すべて自分がいけないからなような気がして居たたまれなかった。なんとかして水泳の授業をボイコットすることばかり考えていたし、使用済みの水着を盗まれる事件が発生したときには、いなくなってしまいたいと思った。

『欲しいってヤツには金をもらってくれてやれ』

 なんの慰めにもならない父親の言葉にはもはや何も感じなかった。


 そんなこんなで由香奈は、水着を着たいとは思えない、でも、クレアが言うように春日井の本音がそうであるなら、彼の反応を見たいとも思ってしまう、こんな自分なのに。

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