元隷属少女は誘いたい

奈月沙耶

 

第一話 由香奈と春日井

1.夏と海と水着と

「んもう。ここまで来たんだから覚悟を決めなよ」

「わかってる、けど……」

「ほらほら、春日井さん待ってるよ」

「で、でも」

「でもじゃなーい」

 いい加減、付き合いきれないといった様子でクレアは腰に手を当てる。由香奈は目に涙をにじませてパーカーの胸元をぎゅっと押さえた。


「ほら! さっさと脱ぐ!」

「でも」

「でもは禁止」

「犯罪じゃあ」

「アホか。海水浴場で水着になるのがなんで犯罪!?」

「だって」

「だっても禁止!」

 くわっと目を見開いてクレアは由香奈に圧をかける。アイメイクばっちりだから目力も凄い。由香奈はじっとりと額に汗を浮かべて女子更衣室のあちこちに視線を彷徨わせる。


「せっかくミチルさんが腕によりをかけてくれたのに」

「う……」

 そうなのだ。補正下着の凄腕職人ミチルさんには今度もお世話になってしまった。Fカップを誇る由香奈の胸をしっかり守ってくれる水着を作ってくれた。

「ミチルさん、あれで由香奈のこと気に入ってんだから。わかるでしょ?」

「う、うん」

 亡き父親の田舎の叔母とおそらく同じ年代でぞんざいな口の利き方も似ていたりするのだが、ミチルさんの態度からはずっとあたたかいものを感じる。


「よ、よし」

 目を上げてくちびるを引き結んだ由香奈は、がばっと勢いよくパーカーを脱ぎ捨てた。谷間が深すぎるバストが柔らかく揺れて、確かにちょっと犯罪かも、と思ってしまったクレアはそれをごまかすように咳払いしながら由香奈の頭を撫でた。

「よし、エライ」

 たかが海で水着になるだけでどれだけの説得が必要だったことか。内心で勝利のガッツポーズをしながらクレアは疲労感を覚えながら思い出す。





 思い返せば二週間前。こども食堂フラワーで勤務を終えた若者三人に、いつものノリで代表の園美さんがクーポン券を差し出した。

「若者たち。たまには羽を伸ばさないとね」

 そう言って、ぶどう狩農園や遊園地の無料券をくれるのはいつものことなので、今回もありがたく受け取った。隣の市にある海水浴場の海の家利用券(駐車場一台分無料)だった。


「おお。行こう行こう」

「そうだね。また叔父さんにクルマ借りるよ」

「あざーす。あ、でも。あの人は誘わないでよ」

「中村さん? 近場だし運転は俺一人で大丈夫か」

「やー、もうそもそも。出かける話とかしないで。ね?」

「え、うん。わかった」


 クレアと春日井のやりとりを聞き流しながら。由香奈の小さな頭の中は混迷を極めていた。海……海水浴……水着。水着を着るのか? 自分が?

「そうと決まれば買い物だよ、由香奈。どうせ水着持ってないでしょ? あたしが選んであげる」

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