白狼騎士団

@listil

第1話

イアスの物語



精鋭5人からなる白狼騎士団において唯一の平民出身者であり、殿をつとめる彼は、いわゆる最下級の暮らしをしていた。


父は名の知れた剣士であったが、その腕を妬み危惧した貴族に陥れられ、罰として腕の腱を切られ剣士としての生を終わらせられた。


抜け殻のようになった父と、父を支えながら働きに出る母。

お腹を空かせた弟妹達…。

雑用や、下水処理、時に危険な獣の駆除も、出来ることは全てやった。

イアスがちょうど12になった頃の話だ。


幼少期から父に教えてもらった剣術と、実戦での経験でイアスはみるみる強くなっていく。

元々才能があった事に加え、剣そのものが何よりも好きだった。


命を張る危険な仕事をこなす回数が増えた。

しかし、生活は苦しいままだった。


依頼を受けるには仲介人がいる。

陥れられたとはいえ、それを証明する事ができず、罪人として扱われる父がいるイアスには依頼を回してくれる仲介人がいなかった。


斡旋所でも、罪人の関係者は拒まれる。


だからこそ、劣悪な仲介人に当たり…搾取されていた。


それでもイアスは依頼をこなし続けた。

結果…転機が訪れた。

イアス、19歳の春だった。


「君さえ良ければ、入団試験を受けてみないか?」


彼は自身を“リカルド”と名乗った。

それが王弟の子息の名前だと知るのは、もっと後の事…。


明らかに階級の高い装いをしたその男の申し出に、イアスは躊躇した。

その脳裏には、父を陥れ嘲笑っていた貴族の記憶がよみがえる。


「…俺は平民だ。あんたら貴族からしたら何の価値もないような…そんな俺に、どうして」


目の前の男はニッと笑って


「君にはその剣があるじゃないか」


腰に刺した愛剣を指さした。


ハッと胸に、熱がこもる感覚がした。



入団試験だと連れて行かれた先は、騎士達が訓練で使用するという施設。


「一般に訓練場と呼ばれているよ。得物は今回はこちらを使ってくれ」


そう言って自身の腰から一振りの剣を手渡してきた。


「私の大事な相棒だ。そして私は、君の相棒を借りようかな」


先に大事な愛剣を差し出して来られては、こちらも渡さないわけにはいかない。


「…大事に扱ってくれ」


「ああ…これは…よく使い込まれている。けれど、柄が君と合っていない気がするな。これは、君じゃない、誰かの為に作られたものだ」


少し驚いた。

この剣は、父が剣士時代に使っていたもので、仕事をこなすために拝借しているにすぎない。


「あなたも、剣が好きなのか?」


思わず溢れた言葉には、微笑みが返ってきた。



「実は、君の事はだいぶ前から見ていたんだ」


すっとお互い剣を抜いた。

その刀身の美しさに圧倒される。

淀みのない造りは、芸術とも言える…しかし、使われていないわけではない。

これは、命を吸った剣だ。


「我が団は少し特殊でね、私が直接見てスカウトする事にしてるんだ」


話しながら構えをとる。


「あと確認したいのは相性のみ。はじめよう」


聞いた瞬間、地を蹴った。


正面からの斬りかかりを横なぎに払われた。


強い。

それなりに鍛錬も積んできたが、筋力で既に劣っている。


「それならっ…!!」


回り込み、死角を狙って斬りかかる。


「いい手だ」


褒めながら避けられた。

強い!強い!

自然と口角が上がる。


「っ!…ほんとに、好きなのが伝わってくるよ!」


楽しかった。

誰かと剣を交える事は、こんなにも楽しかったのか。


遠い日の父の記憶が蘇る。


「とうさーん!今日の日課終わったよ!」


「おぉ、いいぞ!剣士の基本は基礎づくりからだ!それを怠っては、強い剣士にはなれないからな」



基礎づくり…剣士の基本、日々に追われ父の教えも守れなかった自分は…。


「…つよく、なりたい」


気づけばポロポロと涙が溢れていた。


「今からでも、間に合うだろうか」


足も手も、完全に止まっていた。


「当たり前だ」


肩にポンッと手が置かれた。

空いた手に馴染んだ愛剣を渡される。


「君は、報われる」


その日イアスは、久しぶりに声をあげて泣いた。



見慣れた木製の扉。

あの日からこの扉を開くことを意図的に避けていた。

「父さん…」

ベッドに横になり虚ろな目をしている父に歩み寄る。

「ごめん、ずっと顔も見せず、薄情な息子で…」


痩せ細り、覇気のない顔。

イアスと同じ色の瞳からは輝きが失われていた。


「今日は報告があって来たんだ」


父の眼前に一枚の紙と紋章を広げる。


「俺、白狼騎士団に入るよ」


白き狼と剣の紋章、それは、この国の初代国王の名を冠する名誉を与えられた騎士団員のみが持つことの出来るもの。


「父さんの教えてくれたこの剣で、もっともっと強くなって、皆を守るから」


堪えきれず涙が溢れてくる。


「父さんの…っ、冤罪、も、晴らすから…だから……また、笑って…」


これまで堰き止められて来た思いが簡単に吹き出してしまう。


「また、おれにっ、剣を教えてくれ…!」


想いを伝えた瞬間、父の瞳から涙が流れた。


その後は母を呼び、弟妹達も皆一緒になって泣きながら父に話しかけた。

時折口が動いたり、軽く首を動かしたり、意思疎通が出来る様になり、そして…



「イアス、待ちなさい」


日常生活には支障ない程度にまで回復した父から、騎士団の訓練に向かう途中呼び止められた。


まだ階級的には見習いなれど、それなりに給料を貰うようになった今では、生活レベルもぐんと改善している。

父の冤罪についてもリカルド団長の元、調査が進められ証拠は抑えてあるので、後はイアスが正式に団員となった後速やかに糾弾する手筈となっている。


「ん、何?」


父の隣では、仕事を減らして家にいる時間の増えた母が優しく微笑んでいる。


「これを、持って行きなさい」


手渡されたのは、一振りの剣。


「これ…」


「いつまでも借り物の剣じゃカッコつかないだろう?これは、お前だけの剣だ」


「俺だけの…剣」


鞘からスッと引き抜くと、美しい刀身が現れた。

柄の握り心地も、心なしかしっくりくる。


「この剣…かなり値が張っただろうに…」


見ただけでわかるしっかりとした造り、安定感、材質…。


「現役時代の要らないものを売ったら、それなりの値段になったからな。息子の将来に投資したまでよ」


快活に父が笑う。


「ありがたく受け取っちゃいなさいな、大丈夫よ!この人、こんな事言いながらちゃっかり自分の剣も買ってるんだから!」


快活に母が笑う。


家の中からは弟妹達の笑い声が聴こえてくる。


こんな日が来るとは思ってなかった。

でも、いつかは来て欲しいと願っていた事だった。


ギュッと手の中の剣を握りしめる。


「ありがとう…この剣で…俺は!」


高く掲げた剣には、溢れんばかりの光が集まっていた。



「白狼騎士団、イアス。偉大なる白狼王の名の下に…敵を討つ!!」

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