異世界に召喚された魔王と間違えて厨二病を連れて帰ってしまったが、勇者一行がもう来ます
三月叶姫
第1話プロローグ :そして世界はジャンルを変えた
「ふむ・・・そろそろ記録を取り始めても良いかもしれんな」
暗闇の中、映画のスクリーンのような大画面に映る映像を見ていた男は、満足した様に呟いた。
彼が見ているのは、自分が作り上げた世界の映像である。
「ちょっと先輩!勘弁してくださいよー!!」
そこへ、1人の男が泣きそうな声を上げながら駆け込んできた。
「んー、どした?」
先輩と呼ばれた男は、そんな後輩の出現を予想していたかのように、何事もなかったかのように問いかけた。
「いやいや分かってるでしょーが!!先輩、僕の世界から魔王連れてったんじゃないですか!?」
「ああ、お前んとこの魔王はこっちの世界で召喚させてもらったぞ」
特に悪びれる様子も無くそう言う先輩に、後輩は食ってかかった。
「させてもらったぞじゃないですよおおお!!!うちの魔王連れて行かれたら困りますって!!」
この世界には、
彼らもその1人である。
創造神は、自ら作り上げた世界にジャンルを設定した後、主人公や主要人物、モブ住人達を生み出していく。作られたキャラクター達は、自我を持ち、その世界で自由に生活している。
世界のジャンルには様々な種類があり、恋愛を設定すれば、主人公の周りでは色恋沙汰が多くなり、ミステリーを設定すれば、主人公の周りでは殺人事件が多発する。
設定したジャンルによって、世界はジャンルに沿った展開をみせ、ある程度は空気を読んで動いてくれる。
しかし創造神が作り上げた世界は、そのままにしておくと、いずれは自然消滅してしまう。
それを防ぐためには、世界で起きる出来事を記録書として残し、創造神よりも上位の存在である、
天知神がその記録書を読み、「面白い」と評価した世界はその後も存在する事を許される。しかし、「つまらない」もしくは記録書が読まれることなく放置され続ければ、その世界は消滅してしまう。
つまり、現実世界で言う物語(世界)の作者(創造神)と読者(天知神)の関係性と同じである。
「いくら異世界転移モノが流行ってるからって、勝手に連れて行かないでくださいよおおおお!!」
異世界転移。
創造神が作った世界の住人を、他の創造神が作った世界に送ったり送られたりする・・・そんな動きが今この世界では流行しているのだ。
異世界転移は、創造神同士で話し合い、合意の元で行われる物もあれば、片方側が勝手に転移させてしまう事もあるのだ。
今回のように。
「ああ、主人公以外なら支障ないかと思ってな」
「いやいや、主人公のラスボス連れて行かれたら支障ありまくりなんですけど!!」
「そんなこと言われてもなぁ・・・お前大事なキャラにちゃんとプロテクトかけとかないとダメだぞ?」
「プ・・・プロテクト?」
「お前今作ってる世界が初めてなんだよな?マニュアルちゃんと読んだか?」
「読みましたよ全部!!」
自信満々に返答する後輩に、先輩は懐から取り出した冊子をポイッと放り投げる。
それを後輩は慌ててキャッチすると、ページを捲った。
『誰でもなれる!1から始める創造神マニュアル改訂版』
Q1.誰でも創造神になれますか?いつでも辞められますか?
A.なれるよ!今すぐなれるし、いつでも辞められるよ!
Q2.ジャンルってなんですか?
A.ジャンルは世界の法則みたいな物だね。ジャンルに従って世界は動き、登場する人物の思考や言動もジャンルに影響されるよ。
例えば、ジャンルを『恋愛』に設定したとするね。その世界では、主要人物の背景に突然お花が咲いたりするよね。それがジャンルによる世界の動きだよ。
そしてそのお花の存在をこの世界の人達は全く気にしない。それがジャンルの影響を受けてる人達の思考だね。あと、デートイベントで高確率でヒロインにナンパしたり絡んだりする男達の行動も、このジャンルの影響によるものだよ!要するに、その世界のジャンルに合わせてみんな空気読んで行動してるってことだね!
Q3.主要人物ってどうやって作るの?
A.名前、年齢、性別、特性、特徴、スキル、その他の項目を設定してね。特徴のところで、主人公を選択できるよ!
あと、ここでいくら設定していても、そのキャラの行動によって、特性や特徴は変わるし、スキルも増えていくよ!あと、記録が始まる前なら、修正できる箇所もあるよ!
Q4.世界と登場人物作ったら何するの?
A.いきなり記録は取らずに、しばらく様子を見てみよう。おかしいと感じる部分は積極的に改善していこう。1度でも記録を取り始めたら、ジャンル変更やキャラ変更は出来なくなっちゃうよ!
Q4.全知神様ってどんな人?
A.優しい神様もいれば、そうでない神様もいるよ。でも、どんな神様でも喧嘩を売っちゃダメだよ!君ごと世界を炎上させることだって出来ちゃうからね!
ちなみに、1億人くらいいるよ!
「おい、何最初から読んでるんだ。真面目か」
「・・・はっ!!!」
律儀に最初のページから読み始めた後輩は、先輩の声に我に返った。
「こういうのは、気になる部分だけ読んでけばいいんだよ。お前が知りたいのはたしか63ページにあったはずだ」
そう言われて、後輩はパラパラとページをめくる。
Q52.せっかく作ったキャラが、勝手に異世界に連れていかれちゃった・・・
A.ほんと困った人達がいるよね!そんな時にはプロテクト機能を使おう!異世界に転送されたくないキャラクターには、プロテクトを予めかけておこう!スキルで設定できるよ!
「な・・・そんな機能があったなんて・・・マニュアルは全部読んだはずなのに・・・」
「あ、そういえば俺の貸したマニュアル改訂前のだったから、記載されてなかったかもしれんな」
「ちょっとおおおお!それ確信犯じゃないですかああ!!」
「すまん、うっかりしてたからな」
その顔には全く反省した様子は見られない。
「と、とにかく今すぐ魔王を返してください!!」
「いいじゃないかちょっとくらい借りても・・・」
「良くないです!!僕の世界もそろそろ記録を取り始めないと消滅しちゃうんですよぉ!」
「それはお前がいつまでももたもたしてるからだろ。だからダークファンタジーは初心者には難しいって言ったんだ」
世界の記録は、常時取っている訳ではなく、何かイベントが起こりそうな時を見計らって記録を取り始める。
この後輩は、ダークファンタジーという世界を作ったものの、そこに登場させるキャラクター達と魔物や魔王とのパワーバランスを測り間違え、慎重に作った主要人物達が次々と命を落とし、なかなか自分が思う世界に仕上げられずにいた。
そのため、記録をとるタイミングを見失っているうちに、主人公補正で生き残った勇者だけが、メキメキと実力を付けていき、魔王と戦えるまでにも成長していた。
もういっそのこと魔王と戦わせてしまい、記録を取ろうと思っていた矢先に、その肝心の魔王が異世界に召喚されてしまうという想定外のハプニングが起きてしまったのだ。
「まだ1度も記録を取っていないんだったら、ジャンル変更も間に合う。考えてみてはどうだ?」
「今さら間に合わないですよ!・・・って、その前にまずうちの魔王返してくださいよ!!」
「そう言われても、マニュアルが最新かどうか確認しなかったお前の責任でもあるぞ?」
「そんなぁ・・・」
泣きそうになっている後輩は、子犬のように先輩にすがりついている。
そんな後輩に、意地悪そうに笑みを浮かべ、提案を持ちかける。
「まあ待て・・・ひとつ提案なんだが・・・俺の世界からお前の魔王を取り返せることが出来るなら、返してやってもいいぞ?」
「え・・・先輩の世界から・・・どうやって?」
「俺の世界にお前の世界の案内人を転移させてはどうだ?」
「な!?」
案内人とはその世界の中で、創造神と意思疎通が可能な唯一の存在である。
創造神は、自分が作った世界に降り立つことが出来ない。その代わりとして、『案内人』を1人、その世界に生み出すことが出来る。
自由すぎる住人達を適度に管理し、物語からブレそうになる主人公達をさりげなくフォローする存在である。そして記録に残せるようなイベントを主人公達に起こさせる様、陰で暗躍しているのだ。
しかし、間違いなく世界最強の存在であり、万能すぎる能力を備えているため、そのチートさゆえに、あまり表舞台には立たず、あくまでも円滑にイベントが遂行するよう、補佐的な動きをしているだけである。
「1日ぐらい、そちらの世界を留守にしても大丈夫だろ?案内人なら、俺の世界から魔王を見つけ出し、お前の世界へ返すことくらい出来るはずだ」
「た、たしかに・・・」
「俺もせっかく手に入れた面白そうな駒をそう簡単に返す訳には行かない。が、お前の案内人が魔王を取り返す事が出来たら、文句は言わん。そのまま連れて帰って構わんぞ」
「わ、わかりました・・・その話・・・乗りましょう」
(先輩の世界がどんなのか知らないけど・・・他の世界の案内人が乗り込んだりして大丈夫なのか?)
そんな疑問が一瞬過ぎったが、後輩はあえて口にしなかった。
「後悔しても知りませんよ!!」
そう捨て台詞を残して、後輩は去っていった。
そんな後輩の背中が見えなくなるのを見計らって、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「俺の世界から、果たして無事に魔王を取り返せるか見物だな・・・」
彼の世界のジャンルはギャグコメディ。
創造神の中でも、これを選択するのは博打とも言われ、かなりリスクが高いと言われているが、時には予想のつかないミラクルな展開を見せることもある。
奇想天外な出来事ばかりが起きる世界に、頭のネジが何本か外れた様な住人達・・・
そんな世界に、魔王を連れ戻しに行くという目的を持ってやってきた者が、何事もなく魔王を連れて帰って行く・・・なんて普通の展開になるはずがない。
異世界からやってきた魔王という美味しいポジションを、世界がそう簡単に手放すはずが無いのだ。
「くっくっく・・・これで異世界から召喚された魔王と勇者を、異世界から連れ戻しに刺客がやって来る・・・なかなか面白い記録が取れそうじゃないか!!」
どうやらこの男、魔王とは別の世界から勇者までも連れ去っていたようだ。
こうして、上手い具合にこの男の世界の駒にされた異世界の案内人達は、ギャクコメ界の洗礼を受け、荒波に揉まれながらも健気に立ち向かっていく・・・というのは別の話で・・・
後輩の世界の案内人は、なんやかんや揉まれた結果、体も精神的にも満身創痍になりながら、1人の男を連れて帰ることに成功した。
・・・のだが・・・
「な・・・誰だこいつは・・・!!!?」
案内人が連れて帰った人物は自らが作り出し、育ててきた気高く逞しい魔王とはかけ離れており、いかにも未成年でまだ幼さの残る顔つきの少年だった。
彼は異世界転移の影響で、今は眠っている。
「申し訳ありません・・・間違えてしまって・・・」
「え・・・なんで・・・?」
「私も何でこうなったのか・・・ギャグコメの世界・・・恐ろしいところでした・・・」
案内人を異世界へ転送した後、様子を見ようと先輩の所まで行ったが、「結果は後からのお楽しみ」と追い出されてしまった。おかげで何が起きていたかを創造神は見ることが出来なかったのだ。
目の前の光景に困惑しながらも、創造神は少年の情報を読み取った。
性別:男 年齢:17歳
特徴:一般人、
特性:幻覚、幻聴、空気読まない、人の話聞かない、メンタルの強さダイヤモンド級
スキル:物理的ダメージ自動回避
「こいつ・・・厨二病かよ・・・」
厨二病・・・タイプは色々あるが、だいたいは自分が特別な存在であると思い込んでいたり、特殊な能力を持っていると思い込み、寒い言動を繰り返し、周囲を凍りつかせたりする。
(17歳で厨二病て・・・相当こじらせてるんじゃないか・・・?特性のヤバさも気になるが、なんで物理ダメージ自動回避なんてスキル持ってるんだ?でもいくら物理ダメージを無効化しても、勇者の魔法で即死させられるぞ)
ダークファンタジーを好む天知神が、勇者vs魔王というビッグイベントで、魔王が勇者に瞬殺されてしまう・・・なんて展開を受け入れられるとは到底思えない。
そんな展開かましてしまったら、消滅は免れないだろう。
(しかし、新しい魔王を作るには時間が無さすぎる・・・すぐにでも記録を撮らないとこの世界はもう消滅してしまう。だが、最強の魔王がいなくなったこの世界は、ダークファンタジーとしては成り立たない・・・)
『ジャンル変更』
ふと、先輩の言葉が蘇る。
(そうだ、どうせ消滅してしまうなら・・・)
もはや時間は無い。今ある駒だけで、何とか神に認められる様な記録を作らなければならない・・・
(ふっふふふふ・・・ならば博打でもなんでもやってやろうじゃないか!)
この時の創造神は、魔王を取り返せなかったショックに加え、世界の消滅が現実味を帯びてきた焦りから、軽いパニック状態に陥っていた。
そして創造神は、世界のジャンルをダークファンタジーからギャグコメディに変更し、彼をこの世界の魔王に設定し直した。
彼を世界に合わせるのではなく、世界を彼に合わせることを選んだのだ。
「え・・・なんでそうなっちゃうの・・・?」
案内人は急なジャンル変更・・・しかもついさっきまで酷い目にあっていたギャグコメ世界と同じジャンルにされて、ショックを隠せずにいた。
そして間もなくこの世界の記録が撮られ始めた。
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