神界のティエラ

8 美少女複製体同棲計画

　――西暦2667年3月某日、国際魔法研究機構、IMRO第3試験棟管理室（フェアヴァルタールーム）には、ティエラ、ノア、ベルハルト、魔器動作試験士（デバイステスター）兼第3試験棟護衛士官（ガーディアン）班長シエンナ・ヨボヴィッチの4名がある人物が来るのを待っていた。

「ティエラ、もうそろそろよね？」

「ええ、もうすぐのはずよ」

「待つのには慣れてるヨ」

「……ちょっとノア、それどういう意味よ」

「さあネ？　自分の胸に手を当てて考えたらいいヨ」

「……お前達黙ってろ」

　――シュイーン

　自動扉が開き、恰幅の良い壮年男性が1人の少女を伴い、管理室（フェアヴァルタールーム）に入ってきた。待っていた4人は横並びに整列し、2人を出迎えた。

「やあ諸君、待たせたね」

「いえ、グラヴィス所長、こんな所までわざわざありがとうございます」

「こんな所だなんてとんでもない、ここへ来ると懐かしい気分になるよ。それに今回は視察という訳でもないのだからそう畏まるな。特にティエラ君はらしくないぞ？　ハハハ」

「……な、なんのことでしょうか……？」

　ノア、ベルハルト、シエンナの3名は所長の言葉の意味を大体理解したが敢えてスルーした。

「まあそれはさておき、さあおいでネーヴェ、皆に挨拶しなさい」

　所長のやや斜め後ろで隠れるように控えていた少女が、4人からはっきりと見える位置に出た。

「紹介します。ネーヴェは……ネーヴェです。よろしくお願いします」

　無表情だが均整の取れた顔立ち、腰まで届く長く白い髪、色素が抜け落ちたような肌、年齢を推測するとしたら大体10代も半ば頃に見えるこの少女は一体何者なのか、4人はその正体を察しながらも、何故わざわざ（・・・・）少女なのか理解に苦しんだ。

「あの、所長……もしかしてこの娘（こ）が……？」

「ハハハ、でなければどうして連れてくるんだね？　君達に私の娘を紹介しにきたとでも？　ハハハハハハ」

　愉快そうに笑う所長を、真顔で一瞥（いちべつ）してからベルハルトが少女に話しかけた。

「ネーヴェと言ったか」

「肯定します。ネーヴェはネーヴェです」

「お前がGCなのか？」

「肯定します。ネーヴェは元々GCと呼ばれていたAIを生体移植した存在です」

　不思議な話し方をする少女に、4人はこれがくだらないサプライズや嘘の類では無いことをやっと確信した。

「所長、でも何故少女なのでしょうか？」

　ティエラは4人全員の気持ちを代表して所長に質問した。　　

「それは正直私にもわからないが、なんでもBMRI（ビーエムアールアイ）がどうしてもこの複製体（クローン）を使いたいと申し出てきたらしくてな。複製体（クローン）の候補は成人の、それも男性が望ましいと私からは申請したのだが……」

「……少し不可解ですね」

「まあ護衛士官（ガーディアン）の私からすれば変に元が強力（・・・・）な複製体（クローン）を用意されるよりかは幾分マシですね」

「俺は……困りましたね。男性の複製体（クローン）が用意されるとばかり思っていましたよ」

「BMRI（ブンリ）の奴らは変態が多いみたいネ」

　所長は少々言い辛そうにしながらも口を開いた。

「……ところで、ベルハルト君とノア君は家庭があるから無理だとして、ティエラ君かシエンナ君、どちらかにこのネーヴェと共に暮らしてもらいたいのだが……」　

「えっと……はい？」

「いや、すまん。女性になるとは本当に考えていなくてな。当初は私が引き取るつもりだったのだが……まあネーヴェも君たちを手伝う訳だから、その方が都合が良いだろう？」

「所長、私はちょっと……ティエラの家の方が広いし……ね？」

「待ってよシエンナ……ちゃんと相談しましょう？　ね？　お願いだから」

　ここでGC改めネーヴェが、スタスタと歩きティエラの前に近寄った。

「表明します。ネーヴェは主任研究者（チーフリサーチャー）ティエラ・ディ・ヨングスとの同棲を希望します」

「おお、そうか！　では決まりだな。頼んだぞティエラ君！　なに、ネーヴェの分の生活費ぐらいは出してやるさ、もちろん経費（・・）でな！　それではな！　ハハハハハハ！」

　所長はそう言ってやたらと笑いながら、来た時の倍はあろうかというスピードで出口へと消えていった。

　そしてその場には突っ立ったまま取り残される形になった4人と……否、5人がいた。

「ああ良かった……ティエラ、頑張ってね？」

「シエンナ……今からでも遅くないわ、せめて話し合いましょ、ね？」

「なんにせよ俺では生活の面倒は見れん。どちらが一緒に暮らすのかわからんが、GCを頼む」

「訂正を要求します。ネーヴェはネーヴェと呼称されることを希望します」

「あ、ああ、わかった。ネーヴェだな」

「肯定します。ネーヴェは納得します」

　ティエラはシエンナへの相談にもはや意味は無いと理解しながらも、なかなか諦めきれずにいた。

　そこでダメ元で、もう1度シエンナに話しかけようとした。

　だがそこにネーヴェが割って入った。

「主任研究者（チーフリサーチャー）ティエラ・ディ・ヨングスとの同棲を希望します」

「はぁ……わかったわよもう……ていうか同棲って」

「ィェス！　ィェスッィェス！」

「ちょっとシエンナ？」

「へ！？　なにも言ってないわよ！？」

「懇願します。ネーヴェは恐らく空腹を感じていると体感します。主任研究者（チーフリサーチャー）ティエラ・ディ・ヨングス、ハンバーガーという食べ物を所望します」

「……え？」

　ネーヴェは慣れていない感覚が不思議なのか、小さく首を傾げ、腹をさすりながら食事を要求した。

　会話から蚊帳の外にされていることに、初めての幸運を覚えたベルハルトとノアは心情を吐露した。

「課題はこれからだが、ひとまず一件落着だな」

「……結婚してて良かったって初めて思ったヨ」

　ーーDEの研究が進展した訳ではない、しかしこの人類史上最高のAIコピーが移植されたネーヴェという少女が研究に何をもたらすのか、今はまだ誰も知らない。

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　『ーー未知の研究とは冒険そのものであり、人類で初めて自分だけが既知にできるかも知れないという、何ものにも代え難い欲求である』

　科学誌ヴァーハイト、ケーニッヒ・クロイツへのインタビュー記事より抜粋