俺の人生は邪神に奪われた
@mousoutouki
邂逅
目の前で炎がごうごうと燃え盛っている。
俺が乗っていたバイクは炎をさらに勢いづける燃料でしかなかった。
「クソっタレが!!」
全身を駆け巡る激痛で体を立って支えることができない。地に伏したまま俺は抱えきれないほどの感情を吐き出す。
肺からせり上がってきた血液が出ていくことで幾分か声も出るようになった。
「くひひひひ。愛い表情をしておる。お主の憎悪はなんと味わい深いことか」
下卑た笑みをこぼしながら話しかけてくる目の前の女を俺は必死に睨んだ。
見惚れるほどに美しい女だった。
腰まで伸びる艶のある黒髪。上質な着物を纏っている姿からそこらの下等な存在とは全く違うことが一目でわかる。
しかし、貴族というには服装が煽情的であった。肩はむき出しになっており、胸の部分もかくすというよりはその豊満な肢体を強調するためのものでしかない。非常に男の肉欲をくすぐるものであった。
普段の俺であれば釘付けになっていただろうが今は目の前の女に怒りしか湧いていなかった。
「くひ。なんじゃ、そこな乗り物を妾が弄ったのがそんなに気に食わんか」
「黙れよ。化け物が」
息も絶え絶えになりながら俺は目の前の女に呪詛を吐き捨てる。
そう、目の前の女は人ではない。でなければ、バイトから帰る途中でバイクに乗った俺の目の前にいきなり現れるなんてことは説明がつかない。少しバイクに触れただけで、オレごと10mほど吹き飛ばすなんて芸当ができる人間がポンポンいるなら、俺たちは天災のように突然現れる化け物の気まぐれにおびえる必要はない。
この世界で俺のような一般市民は目も当てられないほどの弱者だ。
怪異と呼ばれる存在がはびこっており、人智を越えた知恵や力で弱者の人生は簡単に弄ばれてしまう。いつ、どこで、だれが被害にあうかなど弱者には検討がつかないし、怪異のみぞ知る。だからこそ、弱者は怪異に怯え、出会った時はひどく取り乱してしまう。
そんな弱者を守る強者もわずかにはいる。しかし、そんな強者よりも怪異のほうが弱者にとってはひどく身近であり、一度守ってもらえても次も大丈夫であるという保証など一つもない。やはり、弱者にとって怪異は天災でしかないのだ。
弱者の人生を弄ぶことによる感情の揺れが怪異にとって愉悦であり最高の暇つぶしなのだろうと目の前の女の発言からオレは何となく察した。
「やはり、お主の感情は面白い。妾への怒りなど露にもないではないか。いや、ないのではない。それ以上のものが大きすぎる」
俺は思わず舌打ちをしそうになる。人の心を覗き見られることがこんなに不快だなんて初めて知った。
「くっひ……興がのったぞ、お主のその感情の源を話してみよ」
「黙れ、やるなら早く殺せよ」
目の前の女の好きにさせるなんてプライドが許さなかった。今まで奪われ続けてきた俺の人生にとって命など大事ではあるが、そこまで執着する対象ではない。こんな見世物として消化されるくらいなら死んだ方がましだった。
「聞こえなかったのか」
下卑た笑みを浮かべていた女の表情が突然かき消える。すぐに理解した。この化け物の不興を買ってしまったのだと。
先ほどまでは無垢な子供が無邪気に命を弄ぶような邪悪さがあった。けれど今は、体に触れられていないのに心臓を鷲掴みにされて生殺与奪を握られたような恐怖に支配されている。
「妾は話してみよと言ったのだ。疾く口を動かせ」
端的にそう告げられるが、凍てつくような気迫に俺の口は凍えてしまいうまく動かすことができなかった。
それを知ってか知らずか、女は再び下卑た笑みを浮かべて俺に語り掛ける。
「くひ、くひひひひひ……すまん、すまん。妾も皆より見限られ、不要とされ、貶められ、化生の類にまで身を窶したものであるゆえ、今の潮流というものを全く把握しておらん」
女の下卑た笑みは再び息を潜め、慈愛に満ちた表情が顔を出す。
「辛いことがあったんでしょう? お姉さんに全部話してちょうだい。少しは力になれると思うから」
そう言って、女は俺の頭を撫でて話を続けるように促す。
あまりの変化に俺はまた、開いた口が塞がらなかった。
「ふむ、これもお主の癖とは違うのか」
女は思い通りにならないせいかまた思案する態度を取った後に、再び俺に話しかけてきた
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんのことがだ~いすき♡ だから、私もっとお兄ちゃんのことが知りたいな」
媚びたような表情で女は俺に話しかける。どうやらこの化物は己の体の形も自由に変えられるようだった。女が語り掛けてくる口調は、前日バイト先の客が大声で語っていたアニメのキャラクターの口調にそっくり、というかそのものだった。
つまり、女は俺の記憶を盗み取って、彼女の言うところの現代の潮流に合わせた懇願をしているとでも言いたいのだろう。
「ふっざっけんなよ!!!」
俺はいまだ激痛がめぐる体に鞭を打って立ちあがり、小さくなった女の胸倉を掴み咆哮する。
「今まで奪われ続けてきた。家族を奪われた。財産を奪われた。楽しみを奪われた。信頼を奪われた」
目の前の女のことなどあまり気にならなくなってきていた。ただ、俺は抱えきれないほどのこの憎悪を吐き出したくてたまらなかった。
「お前らのような化け物に家族を殺された! 化け物よりも化け物らしい醜い親類に家族の財産を貪られた! 学校に行けるだけマシと思えとそれ以外は働かされてその全てを持っていかれた! ろくでもないやつだと責任をすべて押し付けられて、頼れる大人全員の信頼を全部失った! こんな奪われ続ける人生なんかに価値なんかねえ!……お前なんか怖くもなんともない。はやく殺せよ。もう、こんな雑魚なんかなんの価値もないだろ」
今まで、この感情を吐き出したことはなかった。こんな上辺の感情の中から選りすぐった上澄みの言葉でも言ってしまえば幾分か胸がすくような気分になる。こんなことなら早く言っておけばよかったと思うが、死ぬ前だからこそ胸がすくのだと納得する。
やっとこのクソっタレな世界から解放される。
内心、俺はそのことが嬉しくてたまらなかった。亡くなった親は俺に生きろと言った。奪われた人生でもその言葉だけを胸に必死に耐えてきたが、それもここまでだ。
だってしょうがない、天災にあったのだ。俺は運が悪かった、それだけだ。
緊張が緩んだせいか、俺は体を支えることができなくなり、その場に倒れてしまう。気づいていなかったが肺以外もかなり出血していたようで、意識が段々と遠くなっていく。
「くひ、く、くくひひひひひひひひ」
突然、目の前の女が大笑を上げる。その笑みにカラッとした心地よさはなく、ドロリとねばつくような感情がこもっている。狂気とさえ表現できるほどの喜色を浮かべて女は俺に話しかけてきた。
「くひひひひ、良い、よいよいよいよいよいよい……お主も同じじゃ、妾と同じ。奪われ続けてきたのじゃな。哀れで愚かで間抜けな弱者。貪られる側じゃ」
そういって、伏した俺に視線を合わせるように身をかがめる。
「お前は奪われ続けてきたと言ったな。けれど、まだ残っておる」
女は舐め回すように俺をつぶさに観察してくる。覗かれている。体ではなく心の奥の感情を貪られるような感情に陥る。
「妾がお前から全部を奪ってやる。お前の人生を。魂を。尊厳を……殺すなどというもったいないことはせんよ。お主は苦しむのじゃ。妾が死ぬまでずっとずーっと、死ぬことはできんぞ」
最悪だった。この化け物は俺が楽になるということを許してはくれなかった。
「妾は寂しかったのじゃ。死ぬこともできん。生きる術をほとんど失った。この世が憎くてしょうがないが、どうすることもできん。せめてもの無聊の慰めを探しておったらちょうどお主を見つけた」
寂しかったなどと語るが、この化け物から窺えるものは、おもちゃを見つけた子供の喜色であった。
「お主が楽になるには気をやるか、妾を殺すか、じゃ。まあ、気をやった瞬間に妾はお主を正気に戻すがな」
突然、出会った見ず知らずの怪異に人生をもてあそばれる。どうしようもないほど俺は弱者なのだと思い知らされる。
「憎いのう、憎いのう。妾が憎くて仕方がないのう……じゃが、憎むならこの世界を憎むしかない。そしてお主の運のなさ憎めよ……旦那様」
化け物は俺をつがいなどとのたまう。笑ってしまうような関係性だが、それならば化け物はカマキリかアンコウの化生だろうか。
そんな冗談を考えていると。顔を掴まれた。
「誓いの口づけじゃ」
そう言って唇を交わす。愛情や肉欲から来るソレではない。貪られている。感情を、憎悪を俺という存在そのものを吸い尽くされているような感覚に陥る。元より遠くなっていた意識はドンドンと遠のいていき、意識は深く堕ちていった。
「先輩……天津先輩!」
「んぁ?」
どうやら、昔のことを思い出していたようだった。あれからもう一年以上は経過している、時が立つのは早いものだ。
「バイトの貴重な休憩時間に女子高生という誰もが羨むステータスを持った、このプリティ可愛い後輩天使のミカちゃんが話しかけているというのに、途中で眠りこけるとは何事ですかと私は言いたいんですよ!!」
「お前はキャラが濃すぎるんだよ」
ツッコミどころが多すぎる後輩に俺は辟易としてしまう。
いくつか掛け持ちしているバイトの一つである飲食チェーン店で俺は居眠りをしていた。休憩時間だったのは不幸中の幸いだ。
目の前の後輩がいなければもっと幸せだった。
「キャラが濃いということは印象に残って好感を持たれやすいというメリットしかないじゃないですか!」
そうなんだろうか、そうなのかもしれない。
頭痛が痛くなりそうなほどにプリティ可愛い後輩を改めて観察する。
透明感のある肌の白さ、ショートボブの髪型が似合うスレンダーな体系で客観的に見て美少女と言える容姿をしている。本人曰く「ショートヘアは美少女しか似合わないのであえてこの髪型にしてます」などという好感度の押し付けがなければ普通に好感が持てる明るく溌剌とした少女だ。
天使とのことだが羽は生えていない。本人に聞いた時は目を逸らしながら「堕天したせいで羽を没収されました」と語っていた。俺はそれが設定であることを強く望んでいる。本当に。
「やめてくださいよ、先輩。そんなに私のことを見つめられてもクール系女子の好感度は上がりませんよ」
正しさとは、愚かさとは、そんな哲学的なことをプリティ可愛い女子高生クール系後輩天使に聞きたくて仕方なかった。絶対にまともなことを言わないので聞かないが。
そんなくだらないことをしているといきなり後輩から新たな話題を振られる。
「そうだ先輩、バイト終わり一緒に帰りましょうよ。美少女と一緒に帰れるって役得ですね。もしかして、先輩今日が大安吉日ってやつなんじゃないですか。はあ、うらやましい」
「一人で完結するの止めろ。一緒に帰るなんて言ってないだろ」
「は?」
理不尽だった。勝手に話を決めて、異議を唱えれば逆切れするなんてカタギとは思えない後輩の極悪さに俺は思わず、口に出してしまう。
「正しさとは? 愚かさとは?」
「うわ、うわうわうわうわ。今この瞬間の、しかも絶妙に、流行りの落ち着きを見せ始めているネタを先輩が使うなんて思いませんでした。なんですか、若者に話を合わせる俺かっこいいっていうオジサン心理ってやつですか。絶妙ですね。絶妙に気持ち悪いです」
「やっぱ、お前と一緒に帰りたくねえ」
「ごめんなさい、冗談ですよ、冗談ですってば!……実はですね。ここいらで怪異が姿を見せ始めるようになったんですよ」
「そんなのずっとだろ」
あいつらはいつだって、どこだって現れる。今さら警戒しても意味なんてない。
「いやいや、この話のキモはですね、退魔師の方が一人返り討ちにされたらしいんですよ。それくらい恐ろしいやつがここいらに出てくるってコト」
やっぱり、分からせてやる必要があるのかもしれない。
しかし、退魔師がやられているというのは警戒に値する情報であると思った。
俺たちのような一般市民は怪異に人生をもてあそばれる弱者である。しかし、ごくわずかに怪異に対抗しうる強者だって存在している。それが退魔師。
言葉のイメージから、ゴテゴテした和装でお札を持って戦うなどと言われがちだが、要は怪異に対抗できればいいのでそこら辺のホームレスだって退魔師であるのかもしれない。
そんなイメージがついているのは、ある程度の退魔師を統率する組織がいるせいだろう。一般市民でも知名度のある退魔師は『アズマカガミ』と呼ばれる組織に属している。
彼らは和装で活動し、式神と呼ばれる、なにかすごいやつを使役して怪異に対抗するのが特徴だ。
「でも、そんな退魔師もやられてるんなら、俺がいてもいなくても出会ったら終わりだろ」
「やっだなあ、そんなことないですよ。ちゃんと意味があります」
後輩はじっと俺を見つめる。茶化した風などはなく真剣さが窺える。
「人は一人では生きてはいけません。群れなければいけません。それは弱さではなくて強さです。力を合わせて、困難を分かち合い、常に道を拓いていく。……群れるのは弱者の傷の舐めあいだと揶揄するものもいます。でも、今この瞬間に栄華を極めているのは群れた人間です。傷の舐めあいなどという揶揄こそ負け犬の遠吠えでしかありません」
そう言って微笑む後輩の表情はとても嬉しそうだった。
「だから、私は先輩と一緒に帰ることで生存率を上げたいのです。時に力を合わせて先輩が果敢に怪異に立ち向かい、時に困難を分かち合い、先輩が怪異の餌食になっている間に私は涙ながらにこの命を守り、人間の栄華の一助を担いたいのです」
「俺はおまえのことが嫌いなのかもしれない」
さっきまでの言葉が台無しだった。
「いやー、何事もなく無事に家まで帰りつくことができました。ありがとうございます、先輩」
高級住宅街の一画。
後輩の家の玄関の前で、後輩は俺に感謝の言葉を述べていた。
「これだけ金持ちなら、親に送り迎えをしてもらえよ。ていうかバイトする必要ないだろ」
「かーっ、分かってませんねぇ! バイトをして帰り際に買い食いをして帰る。この贅沢を私がどれほど夢見ていたことか」
「ああ、そう」
ひどくどうでもよい理由であった。親が心配しないのだろうか。
「それに……家の中ばっかりだと息苦しいから」
そう言って彼女は少しだけ儚げな笑みを落とした。しかし、すぐに笑顔になって言葉を続ける。
「初日はお疲れさまでした! 怪異が出なくなるまで、肉、イケ……ボディーガードをよろしくお願いしますね」
「お前の俺に対する評価がよくわかったよ」
やはり、こいつに同情の余地はなさそうだった。
「先輩の家ってここから遠いんですか」
「いや、バイク走らせれば5分もかかんないはずだ」
「なら、よかった」
嬉しそうに微笑む後輩の真意が俺には分からなかった。だが、俺には関係ないことは間違いない。
後輩に見送られながら俺はバイクを走らせて自宅に帰る。
もうすぐ22時だ。ここまで暗いと何か出てくるのかもしれない。心なしか背筋が凍えるような気がしていた。後ろを振り返る。しかし、特に何もなかった。
先ほどの後輩の家とは比べ物にならないほどのボロアパートが見える。アパートの二階の左端の部屋が我が家だ。
やはり、この世は不公平で不条理だと口に出したくなる。だが、そんなことを言ったところで世界は変わりはしないのをひどく痛感しているから言わない。
諦観を抱えたまま、自宅のドアを開ける。
「ただいま」
そうつぶやいた後に、鍵をかける。すると後ろからパタパタと表現できる足音が聞こえる。
「よ~~やく、帰って来たのか旦那様よ。妾は首を長~く待っておったのじゃぞ」
声がする方を振り返る。そこには小学生低学年ほどの背丈をした美少女がいた。そしてそれは俺の人生を弄んでいる化け物であった。
「遅くなって悪いなキラヒメ。ほら、頼まれていたものだ」
俺は化け物に人生を、魂を奪われた。俺の魂のほとんどは化け物に握られている。わずかばかりの魂が肉体にこびりついているのだ。故に、意識を失いやすく、より多くの睡眠を必要とした。そして、化け物は自分のことをキラヒメと呼ぶように強制した。
「よいよい、こうして主の帰宅を甲斐甲斐しく待つのも妻の役目じゃ。それを隣の部屋に住む人権活動家とかいう無職の女に語ったら怒らせてしもうた。何が悪かったのじゃろうか」
「わからねえ」
怒らせる要素がありすぎて原因が分からなかった。
そしてこのアパートに住む人間のことも、キラヒメの無駄に高いコミュニケーション能力も全部が分からなかった。
自分の甲斐甲斐しさに対して誇らしげな表情を取りつつ、キラヒメは俺から書籍を受け取り、それを眺める。
「な、なんじゃこれは~~~!?」
「あ? なんか、違ったか?」
「違うわ! 全然違うのじゃ!!! これは……ANIKIではないか! 妾が欲しいのは無印の方じゃ!!」
「そうなのか……俺でも見覚えのあるキャラがいたから、つい手に取ったんだが」
「旦那様はいつもそうじゃ!!! いつも買ってくるのは赤丸じゃ! ヤングじゃ! 週刊ではなく月刊じゃ! わざとか、わざとなのか!!!」
キラヒメは涙ながらにして俺が過去に買ってきたマンガ雑誌の買い間違いを非難する。
正直、泣くほど傷ついているとは思わなかった。でも、俺だけに非があるとは言いづらいんじゃないかと思う。確かにキラヒメは欲しいものがあればメモに書き出してくれる。けれど、全部ミミズが這ったような字で何も読み取れない。かろうじてカタカナは何となく読めていた。だからそれを頼りに買っていたのだがどうやらストレスになっていたらしい。
俺としても、俺の人生を握っている人物の不興はなるべく買いたくないため、必死に挽回する慰めを考える。
「すまなかった、キラヒメ。そこまでお前を悲しませるつもりはなかったんだ。ふがいない俺を許してくれ」
そう言って、キラヒメに目線を合わせながら彼女の頭を撫でる。どうやら、涙は収まったようだった。
もう一押しだと思い、さらにキラヒメの好物で気を引こうと考えた。
「そうだ、今日はお前の好きなハンバーグを作ろう」
「ほ、本当か!?……旦那様も人が悪いのじゃ」
どうやら、彼女の関心を引けたようでその瞳には喜色が浮かんでいる。
「ああ、今日は豆腐が安かったからな!」
「え?……はんばあぐはお肉の料理じゃぞ」
子供でも知っている常識をキラヒメは俺に教えてくる。
「そうだな。でも、肉100%というわけでもないぞ」
「え」
肉100%のハンバーグを家で作ってもそこまでおいしくはできない。まあ、適度なツナギがあった方が柔らかくておいしいのだ。
我が家のハンバーグをキラヒメは把握していなかったようで、何を言っているんだという表情で俺を見てくる。
「俺が作るハンバーグの肉の割合は40%だ。そして今日は豆腐が安かったから倍のハンバーグを作れるぞ」
「旦那様……もしかして、妾を騙っておったのか?」
キラヒメの声音が凍えるように冷たくなる。改めてこいつが化け物なのだと理解できる。俺の選択肢一つで彼女は烈火のごとく怒り狂うであろう。
キラヒメは騙されることが嫌いだ。それは俺であっても例外ではない。だが、俺はハンバーグを作るときに彼女に嘘をついたことはないと声を大にして言える。
「そんなことはないぞ」
「ほう……後生じゃ、言い訳ぐらいは聞いてやろう」
「豆腐の原料の大豆は……畑の肉と呼ばれているからな!!!」
「な~んじゃ、それならお肉料理に間違いないの」
理解いただけて何よりだった。
「んなわけないじゃろうがああああ! 嫌じゃ、嫌じゃ、いやじゃ~~~! 妾はこんな模造品で腹みたしとうないのじゃ~~~」
やっぱり、ダメみたいだった。
子供のように、わめきながら泣いていたキラヒメだったが、いつの間にか泣きつかれて寝てしまった。
このまま起こしても面倒なので、俺は次の日に向けて早く準備を行った。
そして、料理を作り、食事の支度が出来ると声が聞こえる。
「い~い匂いがするのう。はんばあぐの匂いじゃ」
「ああ、お前の大好きなハンバーグだ。今日は二つ食べていいぞ!」
「な、なんと!? ふ、二つも食べてよいのか……ゆ、夢ではあるまいな。嘘でした、とかはダメじゃぞ?」
「ああ、嘘なんかついてないさ。今日は二つ食べていいぞ!!!」
俺は一つも嘘なんかついていなかった。これは自信を持って言える。
「はぁ~、やはり、旦那様の作るはんばあぐは最高じゃあ~」
キラヒメが嬉しそうで何よりだった。
こうしていつもどおり、変わらない日々が続いていく。
奪われ続けてきた俺の人生の中にあるわずかな安らぎ。ずっと続くわけがないのは知っている。
だからこそだ。このちっぽけで穏やかな今をせめて貪らせてくれ。
俺は嬉しそうにハンバーグを頬張るキラヒメの顔を見て願わずにはいられなかった。
「見つけた」
女は高層マンションの頂上からスコープ越しにボロボロのマンションに住む男と小さな少女を眺めてそういった。
因縁があるわけではない。興味があるわけではない。傷つけたいわけではない。
しかし、女は上から命じられた。魔を滅せよと。
ならばやるしかないのだ。組織の正義のためであるならば女の感情などただの無用の長物でしかない。
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