第236話 メリアン、大爆発をする

「バーディー、なんで断るんだよー!」

僕は思わず叫んでしまった。


バーディーは僕の意見を聞かない。

それは理解したんだけど、……思わず口を出してしまった。


『雷の尾』に正式なメンバーとして迎え入れる。

ハロルドさんの提案は、かなり良い条件だと思う。

いや、破格の条件かもしれない。



「うるせークリフ。俺はお前の指図は……モゴッ」

反論したバーディーの口を、大きな手が塞いだ。

あっ、ダレンさん。


ダレンさんは後ろからバーディーを抱え込む。

バーディーは抵抗するが、体格の良いダレンさんにガッチリ抑え込まれて、分が悪い。



「おうっ、ダレンいい仕事したぞ」

トビアスさんが出てきた。

「おい、クソガキ。

オジサンには、今の返事がよく聞こえなかったんだなー。

ちゃんと言い直せ。『よろしくお願いします』だ」


「嫌だよ、禿はげ親父」


トビアスさんの額に青筋が立った。



トビアスさんは両手で拳を作ると、バーディーの頭を両脇からグリグリと挟み込む。


「痛いっ痛いっ、やめろよ禿はげ親父」


トビアスさんは、全然やめる気配はなかった。



「いい加減にしろ。

まさかまだ、『暁の狼』リーダーのつもりじゃないだろうな? 

『暁の狼』はもうない。

故郷くにに帰るつもりがないなら、ハロルドに面倒見てもらえ。

言っておくが、俺は面倒見ないからな」


「なんで俺がテメェの世話になるんだよ?

関係ねぇだろ!」


「関係ないつもりだったんだけどね、ここまで馬鹿だと見捨てられないんだよ」

ダレンさん。


「うるせーな。俺は元でもリーダーなんだよ。

メンバーの前で無様ぶさまな姿を晒すわけにはいかねーんだ」


「これだけ痩せてる時点で無様ぶざまだろうが。

だいたいクリフに助けられたんだろ?

無様ぶざま以外のなんだって言うんだ」


「いや、そうじゃなくって……」


「ふむ、つまりメリアンの前で無様ぶざまな姿を晒したくないってことか?」

ダレンさん。


「……。」



バーディーは沈黙した。

でも、顔に図星と書いてあった。

少なくとも僕にはそう見えた。


「バーディー、そんなにメリアンが好きなのか?」

思わず僕は聞いてしまった。

失言である。


「うるせーな、クリフ!」

バーディーは怒って、ダレンさんの腕の中で暴れた。


ゴメン、バーディー。

今のは悪かった。

僕は心の中でバーディーに謝った。



「バーディー、今の本当?」

後ろから、メリアンの声が聞こえた。


バーディーは沈黙したままだ。


「……最低、サイテー、さいってっいい!

バーディー、あんた本当に最低!

今、それを聞いた私がどういう気持ちになるか考えてないでしょ!」


メリアンが怒ってる。ガチで。

『暁の狼』にいた頃、メリアンは何度かこういう爆発をした。



「もう本当にイヤ!

どうしろって言うのよ!

バーディーが『雷の尾』に入らないのは、私のせいなの?

バーディーが不幸なのは、私のせいだって言うの?

バーディーが死んだら私のせいなの?」

メリアンは地団駄踏んだ。



僕としては、どうにもしようがない。

えーとそれで、どうしよう?

キンバリー、どうすれば良いと思う?



僕がキョロキョロしてると、僕の目の前を大柄な人影がスタスタ横切る。


「メリアン、あんたは悪くないよ」

キャシーさん!



キャシーさんは、『青き階段』の食堂のウェイトレスで、クランの女性陣ナンバー2だ。

昔は女性冒険者で、前衛の盾士だったらしい。

人間族だけど、大柄で、僕より背が高い。

ひらたく言えば、『青き階段』のオッカサンだ。



キャシーさんは、たくましい腕の中にメリアンを抱きしめた。


「メリアンは頑張ったのに、バーディーは本当にダメな男だねぇ」

キャシーさんは言った。


メリアンが頑張ったかどうかは、僕にはよくわからない。

お金を出したのは僕だし。


だけど、キャシーさんが言うなら頑張ったんだろう。

……多分。



「キャシーさーん、私、頑張ったの。

なのにバーディーはひどいのー。

馬鹿なの。馬鹿過ぎるのー!」

メリアンは、キャシーさんの胸に抱きしめられて、おんおん泣いている。

嘘泣きか、本泣きかは不明。


「バーディーはろくでもない男だよ。

あんたにゃ相応しくない。

きれいサッパリ忘れておしまい」

キャシーさんはメリアンの頭を撫でながら、言った。


「うん、キャシーさん、私忘れる!

バーディーのことは忘れるわ!

うわーん!うわーん!」

 


見物人の冒険者達は、毒気を抜かれた感じだ。

ブーイングもヒューヒューもない。


ただ、間違いなくスポットライトは、メリアンとキャシーさんに当たっていた。




僕は呆然としているバーディーに話しかける。


「バーディーさぁ、キャシーさんには勝てないと思うんだよ」


僕自身がキャシーさんに素手で勝てる気がしないもん。


「うるせぇクリフ。

それぐらい……、それぐらい分かるよ!当たり前だろーが!」


ようやくバーディーとコミュニケーションが成立した。



「じゃあ、どうするんだよ?

言っておくけど、ハロルドさんはとても優秀なリーダーだよ。

僕は『雷の尾』と一緒に2回ダンジョンに潜った。

無茶な作戦を立てることもしないし、パーティーの仲間は大事にする。

イリークさんは、性格はともかく魔術は全属性の使い手で、上級治癒術も使う。

『雷の尾』は、入って損はないパーティーだよ」


リーダーが安全策を取るかどうか?

治癒術の使い手がいるかどうか?

この2つは、冒険者の死傷率、帰還率に大きく関係する。


最悪なのは、新人の命を大事にしないパーティーだ。


「うるせーな。俺には考えがあるんだよ」



「バーディー、一緒に故郷に帰ろう」

サットンが説得に加わった。

「バーディーのことだ。

どうせ大した考えはないんだろ。

ロイメで一人は危ないよ」


サットン、割とひどいこと言ってない?


「うるせー。今さら村にどのつら下げて帰れるんだよ!

面子めんつが立たないだろ?」



「お二人とも、帰る名目なら立つと思います」

ユーフェミアさん!


「サットンさん、以前、5/100の複利でお金を借りて、毎年返したけど返済を終えるのに14年間かかったとおっしゃいましたね?

これは正確ですか?」


「あ、えーと、ばーちゃんはそう言ってた。

多分、間違いないと思う」

サットンはちょっと気圧されたように答えた。


「これは、返済が過払いである可能性があります。

正確には、契約書を見なければ分かりませんが」



眼鏡越しのユーフェミアさんの瞳の色は、静寂の爬虫類色である。

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