第209話 勇者の伝説
次の日も、僕は一日中
熱があり、時々咳の発作にも襲われたが、これは僕の治癒術の副作用だ。
時がたてば回復する。
安静には都合よく、
『三槍の誓い』の皆も含めて、冒険者達は、勝手に出歩いたり、食べたり、ゴロ寝したり、僕に話しかけたりした。
禿チェイスのオッサンが、デイジーと一緒に大騒ぎをして、出てきたシラツユさんに怒られた。
やーい!
モーリック・ヴァルは、ふらふらしていた
命拾いしたところなんだから、とりあえず大人しくしていて下さい!
ウィルさん他何人かが、第二層の
今回の救援活動で第二層の地図が少し埋まったようだ。
ハイレイスのシラツユさんは、ブツブツ言いながら、飛び回っていた。
はい、すみません。お邪魔しています。
その時、僕の視界に、あの不恰好な抜け穴が入った。
「あの抜け穴は、いつからここにあるんですか?」
僕はシラツユさんに聞いてみた。
さっき「誰が開けたか」と聞いたが、答えてくれなかった。
質問の仕方を変えてみる。
「あの方が、いた頃に開けた奴がいるのだ」
お、シラツユさんが答えてくれた。
「あの方とは?」
「来たりし方、わたしに名を与えて下さった方、魔王と共に世界を去りし方」
シラツユさんは歌うように言った。
え、いや、魔王って……。
強烈にヤバいネタが出たよ!
「まさか、あの方とは、『名乗らずの勇者』の、ことですか?
実在したんですか?ゴホッゴホッ」
僕は思わず大声を出し、咳の発作に襲われた。
名乗らずの勇者。
世界を救った者とも言われる。
ただし、今の世に残る伝説は少ない。
存在そのものを疑問視する者さえいる。
300年と少し前ことだ。
全世界で同時期に神託が降りた。
様々な地域で、様々な神々から神託が降りた。
内容は、一様に世界の危機を伝える
すなわち
『大いなる災い来たり。魔王降臨。危機に備えよ』
こんな内容だ。
神託は災いを予言しただけてはなかった。
『勇者』や『聖女』を選定し、彼らにスキルを授けたり、聖剣を授けたりもした。
世界は神々が告げた、来たるべく終末に怯え、大混乱に陥った。
これは人間族に限ったことではないようで、この時期は、ドラゴンや、ハイエルフも大陸を普通にウロウロしていた。
そしてどうなったか?
泰山鳴動して鼠一匹も出ず。
何も起きなかったのだ。
ある日、新たな神託が降った。
『魔王は世界の果てへ去った。
世界の危機はとりあえず去った。
安堵せよ』
なんじゃそりゃ?
話が違うだろ!
世界には別の混乱が起きた。
神殿は権威を落としたし、物価は乱高下したし、政治は混乱したし、その余波で滅んだ国すらあった。
しかし、神々は沈黙した。
基本的に、神々に、ヒト族が文句を言っても無駄なのだ。
その中で、魔王を倒した勇者の存在がひっそりと語られた。
名は分からない。
語られない。
だから、『名乗らずの勇者』なのだ。
「神々が、ヒト族の信仰を試すために行った茶番じゃなかったのか」
モーリック・ヴァルが言った。
そういう説もある。
「これだから無知は困る。
あの方と、2人の従者は、このダンジョンから旅立ったのだぞ」
シラツユさんは自慢気に言った。
「……つまり、6人目の『来たりし者』って、『名乗らずの勇者』のことだったですか?
ダンジョンにやって来た僕達のことではなくて?」
扉の仕掛けの6つの像の1つは『来たりし者』の像だった。
「そうだ。
なぜ、お前らお
おかしいではないか?」
まあ、そうですよね。
来たりし者の像は、『名乗らずの勇者』の像だったのか。
「ところで、勇者の名はなんというのだ?」
モーリック・ヴァルが、脇から興味津々に聞いた。
「私は知っているぞ。
でも、お前達には教えぬ。
名を残さぬのがあの方の望みだからな」
シラツユさんは答える。
「世界を救って名前も残さない。
なんのためにやったんだ?」
モーリック・ヴァルが言う。
「冒険者には分からぬ価値観だろうな」
シラツユさんは(顔は見えないが)、高慢ちきに言った。
モーリック・ヴァルは、疑わしそうな顔をしている。
「ここに名乗らずの勇者がいたとは知りませんでしたが、彼の意思はその通りですよ。
私は名乗らずの勇者に会ったことがありますし、名前も知っていますが、教えません。
個人情報保護です」
ケレグントさんが言う。
「なんでキサマが知っている?
邪悪な東方エルフごときが!」
シラツユさんは憤慨した。
「東方エルフ族の王族が、名乗らずの勇者の血縁と縁組を結んでいます。
ストーレイ家の先祖もその子孫ですよ」
ケレグントさんは答えた。
「そういえば、そんなこともあったな。
あの方の血縁は恋愛の趣味が悪かった」
「ハイレイスは世界の記憶とか言いながら、随分忘れっぽいんですね」
シラツユさんとケレグントさんは、嫌味合戦をしている。
「ストーレイ家のユーフェミア殿、名乗らずの勇者の名をご存知か?」
モーリック・ヴァルは、質問の矛先を変えた。
「知っているかも含めて、お答えできません」
ユーフェミアさんは答えた。
僕としては、勇者の名前よりも知りたいことがある。
「旅立ったとはどういうことなんですか?」
「魔王を世界の果ての向こうへ連れて行ったのだ」
シラツユさんは答えた。
「そして戻って来なかったわけですね」
「まだ、戻ってきていないだけだ。
あの方はいずれここに戻ってくる。
だから、ダンジョンをなるべくあの方がいた時のままにしておきたいのだ。
あの抜け穴もそのままにしておいた」
シラツユさんは言った。
このダンジョンは、『名乗らずの勇者』の庭だったのだろうか?
彼も、ここでキャンプをしたりしたのだろうか?
「ハイレイスのシラツユ、あなたはここに冒険者が入ってきて欲しくないのですね?」
ケレグントさんが確認する。
「当たり前だ!」
「分かりました。
このダンジョンは私が封印します。
ハイエルフの封印です。
普通のヒト属の冒険者には解けないでしょう。
私は、ダンジョンの外部から来た者ですから、
「勝手にするがよい」
「ついでに、大峡谷の水は引かせたらどうでしょう?
水は、第四層の水界迷宮から引いているのだと思いますが、あまりダンジョンに負荷をかけない方が良いです」
「うるさい!!」
シラツユさんはそう言って、姿を消し、その後は現れなかった。
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