第202話 閑話 ホリーの道 その4(自由の民)
婚約破棄されて、私はとても落ち込んだ。
兄さんも、父も兄も、死んだ母の血縁も、奥方様ですら祝福してくれたのに。
私は皆の期待を裏切ったのだ。
兄さんの出奔についても噂が聞こえてきた。
兄さんは軍でも有能だった。期待の若手だと思われていた。
その有能さが仇になり、政争に巻き込まれたらしい。
ここから先は本当に噂だ。
どうも、兄さんは、私の結婚前に騒ぎを起こしたくなかったようなのだ。
この件について、兄さんに質問したら、そんなことはないと答えた。
真相は分からない。
王国のタブロイド紙は、婚約破棄玉突き事件を面白おかしく書きたてた。
そこには私が庶子であることも書いてあった。
私はとても落ち込んだ。
ある時は、周りの皆が私を笑っているような気がした。
別のある時は、庶子である私には幸せになる権利がないのではないかとも思った。
父と奥方様は、私の新しい嫁ぎ先を探していた。
でも、タブロイド紙に絡まれている悪縁のついた娘である。
経過は芳しくないようだった。
ある日私は
このままヘインズ男爵家にいても良いことがあるとは思えなかった。
突然訪ねて来た私を見て、兄さんは驚いた。
兄さんは、最初はヘインズ男爵家に私を帰そうとした。
私は帰らないと言った。
兄さんもしばらくして考えを改めた。
当時の私はストレスでかなり痩せていた。
兄さんにはショックだったようだ。
そして、私は兄さんの下宿に一緒に住むようになった。
家族だけで暮らすのは、12歳の時以来だ。
しばらくは、兄さんがダンジョンから帰るのを、下宿で待っていた。
しかし、私もダンジョンに潜りたくなった。
子供の頃、母が生きていた頃を思い出した。私はお転婆娘だった。
ロイメ程多くはないが、王国にも女性冒険者はいる。
女性を連れてダンジョンに行くのは縁起がよいとも言われている。
だいたい私は治癒術師なのだ!
最初反対していた兄さんは、割とあっさり折れた。
治癒術師と言うことで、パーティー仲間の了解が取れたらしい。
下宿に放って置くより、連れて行く方が安全かもしれないとも言った。
冒険者になって
なんとか付いて行けるようになった後は、とても楽しかった。
私は自由の民なのだ。
もちろん、自由だからと言って、何をしても良いことにはならない。
必死で身体を鍛えたし、勉強もした。
当時の兄さんのパーティーには、イリークとウィルさんはすでにいた。
ウィルさんはとても良い人だった。
イリークは……エルフ族というものは、こういう種族だと理解した。
これは、別のエルフ族から否定されるけど。
冒険者になって気がついたことがある。
貴族社会では、誰が身分が上だとか下たとか、いつも比べながら生きていた。
私はこれは貴族特有のことだと思っていた。
だが、冒険者もお互いを比べて生きている。
冒険者達は、自分達でAランクやBランクのような階級を作る。
頼まれてもいないのに。
つまり、人間は、多かれ少なかれ、他人と自分をくらべながら生きているということだ。
もしかしたら、私の中にもあるかもしれない。
だったら、他人からやの評価を気にしても仕方ない。
自分自身や、自分自身にとって大切な人からの評価を大事にしよう。
どうでも良い人からの評価は無視だ。
私はそう思った。
今、兄さんは私に残って欲しいと言っている。
兄さんの私に対する評価だ。
私の大切な家族である兄さんの頼みでもある。
たぶん、心からの。
「ひどいわ。兄さん」
私はそれでも抵抗した。
「すまない。ホリー」
兄さんは言った。
意思を変えるつもりはないようだ。
治癒術師は足りている。
イリークとクリフさん、上級治癒術が使えるメンバーがふたりもいる。
中級治癒術が使えるメリアンもいる。
さらに、今の私達はエリクサーをたくさん持っている。
冒険者ギルドと錬金術ギルドから渡されたものだ。
聖水の矢は
私より、はるかに弓が上手い『デイジーちゃんと仲間達』の皆も残ると言っている。
ギャビンは、自分を鉄砲玉に使えと言った。
私にギャビンの代わりはできない。
私が鉄砲玉になると言えば、兄さんは悲しむだろう。
私が弟だったら、違っただろうか?
「ホリーを
堪えてくれ」
兄さんはそういうと、私を軽く抱きしめる。
涙が溢れてくる。
連れて行ってくれと泣いて頼むことは、
冒険者になるとき、絶対兄さんを困らせないと決めた。
……。
「分かったわ。兄さん。
無茶はせずにできることをやって。
そして、必ず戻ってきて」
私は言った。
次の日、兄さんと雷の尾のメンバー、三槍の誓いのメンバー、ソズンさんとユーフェミアさんは、抜け穴の向こうへ消えた。
私は取り残された。
「奴らはいなくなったな」
『デイジーちゃんと仲間達』のトムさんが言った。
?
トムさんは
革袋の中、さらに油紙に包まれて出てきたのは……。
「それは!!
伝説のウイスキーじゃないですか!」
飛びついたのは、太ったハイエルフのケレグントさん。
私から見ると、なんとなく怪しい
「トムの秘蔵の一本だな!」
チェイスさん。
「まーな。ロイメ将棋の賭け試合で手に入れたんだ。
今回は、いざという時があるかもしれないと思って持ってきた。
どうやら開ける時がきたようだ」
トムさん。
「水割りにしないー?
マデリンが全力で美味しい水を出してあげる」
薬屋のマデリンさん。
マデリンさんのことを淫乱だのいろいろ言う人もいるが、私はまぁまぁ良い人だと思っている。
「それなら、氷は私が作りますよ」
ケレグントさん。
「冒険にはこういう余録がなくちゃね」
デイジーの飼い主、ネイサンさんは、そう言うとウインクした。
気がついたら、私は微笑み返していた。
ネイサンさんは続ける。
「ホリーさんも飲むだろ?
僕達はここで待つ。
心配して、思い悩んでばかりいても仕方ない。
冒険で一番重要なのは、生きて帰ること。そして気分転換だよ」
……そうかもしれない。
兄さんに付いて行くことだけが冒険ではない。
兄さんはとても大切な家族だが、私は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます