第201話 閑話 ホリーの道 その3(婚約破棄玉突き事件)

私はギュッと唇を引き結んだ。


「なぜ、私だけ残らなくてはいけないの?」

私は言った。


「ケレグントさんやマデリンさんはのこるし、ネイサンさんも……」

兄さんはモゴモゴと言っている。


「兄さん、私は『雷の尾』の中で私だけ残るのは何故かと聞いているの。

なぜ私が残されるの?

私が女だから?」


兄さん、そうだと言って。

それなら、抗議できるから。


「違う。ホリー。

ホリーが妹だからだ。

これ以上連れて行くのは、父に申し訳が立たない。

納得して欲しい」


妹だから。

父に申し訳が立たない。

予想していた答えだった。

でも、私の目からは、知らず涙がこぼれ落ちた。


兄さんの中で、私は今でも兄さんの庇護下にあるのだ。




私、ホリー・ヘインズは王国の男爵家の庶子として生まれた。


貴族の庶子。さらに男爵家。

実にビミョーなポジションだ。

普通の平民家庭に生まれる方が、よほど清々しく生きられると思う。


そのことを兄さんに言ったら、「平民にも庶子はいるんだよ」と返された。

そういう反応を期待していたわけじゃないんだけど。


ヘンイズ家は、男爵家と言っても領地は小さい。

先祖も功績らしい功績は立ててない。


王国ができたばかりの頃だ。

地方の郷士だった初代は風向きを読んで、素早く王に忠誠を誓った。

建国のドタバタした時期で、爵位は大盤振る舞いされていた。

かくして、ヘンイズ家は男爵位をゲット。

今に至る。


6代目ヘンイズ男爵である父は、領地の村娘だった母に手を出した。

そして、兄と私が生まれた。



この件で、父は子爵家から嫁いできた正妻・奥方様の怒りを買った。

当然である。

すったもんだの末、父は奥方様にまったく頭が上がらなくなった。



それでも、私の概ね幼少期は平穏だった。

私達は小さな家に家族3人で暮らしていた。

母がいて、兄がいて、時々父が来た。


私が11の時、母が死んだ。

私達は父の屋敷に引き取られ、離れで暮らすことになった。


私が12の時、兄が士官学校に入学した。 

私の部屋は本屋敷に移った。



本屋敷では、私は父をお館様様、父の正妻を奥方様と呼ぶように言われた。


本屋敷で私はいじめられたか?

半分はYesで、……たぶん半分はNo。



奥方様は暴力を振るう方ではなかったが、私をしょっちゅう「庶子の娘、庶子の娘」と呼んだ。

私は心底辟易した。


父はコソコソと私をかわいがった。


もう一人の兄は(奥方様の息子で跡取りだ)、王都にいることが多く、めったに会わなかった。

でも、会う時はそれなりに可愛がってくれた気がする。


メイド達や使用人はどうだったか?

何人かいた若いメイドは、ほぼ全員兄さんのファンである。

だから、妹である私を粗略には扱わなかった。


古くからいる奥方様と関係の深い家政婦が、一番当たりがきつかっただろうか?


教育は貴族令嬢としてちゃんと受けた。

服も、衣装道楽はさせて貰えなかったが、立場上恥ずかしくない服は着せてもらっていた。

王都に連れて行ってらったこともある。

ゆえあって引き取って育てている、縁者の娘って紹介された。



「不幸な虐げられた娘」ということはない、と思う。

ストレスの貯まる環境ではあったけれど。




私が16の時、婚約が決まった。

相手は別の男爵家の跡取りだ。


婚約者の父親である男爵は父の友人で、家族ぐるみの付き合いだった。


婚約者は、……兄さんと比べると大人しく気弱な方だった。

とはいえ、庶子の娘が男爵婦人になれるのである。

文句を言える立場ではない。



兄さんも父も喜んだ。

もし、母が生きていれば、誰よりも喜んだと思う。


奥方様は……、持参金の額にブツブツ言っていたが、出すことに同意した。

奥方様なりに私のことを気にかけていたのだと思った。



婚約のきっかけは、向こうの家の大奥様が、私を気に入ったことだった。


ついでに、私は初級だが治癒術を使える。


そして、父と奥方様が私の持参金の出し惜しみをしなかった。


3つの条件のうち、どれが欠けても無理だっただろう。




この婚約は私をあまり幸せにしなかった。

家族に祝福された婚約だったのに。



私は婚約してから、親しくしていた令嬢達のグループから孤立した。

一番格下だったはずの私が早々に良い縁談をまとめたことが彼女達は気に食わなかったようだ。



18歳になったら結婚式を上げるはずだった。

しかし、向こうの大奥様が亡くなり、喪が開けるまで、婚儀は伸びた。



そして19歳。

この年は嫌なことが続いた。


まず、兄ハロルドが軍を辞め、出奔した。

しばらくして、冒険者になったと手紙が届いた。



兄の家出の数ヶ月後、私は婚約破棄される。


相手の浮気ではない。私の浮気でも勿論ない。

兄ハロルドの出奔とも関係ない。

別件の政治が関わっている。


この事件は、王国の令嬢達から、婚約破棄玉突き事件と呼ばれている。

私は見事にとばっちりを食らったのだ。



事件の最初は王国の第三王子と公爵令嬢の婚約破棄だった。

すったもんだの末、第三王子は公爵令嬢とは別の女性と結婚した。


さて、婚約破棄された公爵令嬢だ。

彼女は婚約者がいなくなった。

新しい婚約者を探さなくてはいけない。


当たり前だが、貴族の令嬢の人数よりも、貴族の跡取りの人数の方が圧倒的に少ない。



婚約破棄された令嬢の父公爵は、政治力を使い、とある伯爵家の跡取りに娘を押し付けた。


今度は、その伯爵家の跡取りの婚約者だった令嬢(彼女も伯爵令嬢だった)があぶれることになった。


婚約破棄された伯爵令嬢の父伯爵は、娘を押し付ける新しい婚約者を探した。


急な話である。

伯爵よりは、格下の家を探すことになった。


そして、男爵家の跡取りである、私の婚約者に白羽の矢が立った。 



「格上の伯爵家からの申し込みで、断るわけにはいかない」

私は婚約者から謝罪を受けた。


それは分かる。そういうものだ。

男爵家の庶子の娘より、伯爵家の嫡出の娘の方が良いに決まっている。 


仕方がない。




次話はなるべく早く更新する予定です。

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