第193話 セイレーン族の物語

ケレグントさんが持ち出したのは、洋梨型の胴体に取手をつけた弦楽器である。


かくして、ハイエルフ・ケレグントさんの物語は始まった。



「セイレーン族は、大陸の西方、セイレーン諸島に暮らす女のみの少数種族です。

青い髪に六本の指が彼女達の特徴です。


セイレーン諸島は、船乗りにとっては夢の島です。

ここにたどり着いた船乗りは、夢のような一時を過ごし、帰りにはたくさんの交易品を積んで戻るのです。


この島々を支配しようとした国はたくさんありました。

しかし、古代の黄金エルフ達を別として、セイレーン諸島の侵略と支配に成功したものはおりません。


皆さん、理由は分かりますか?」


ここでケレグントさんは周りを見渡した。


「セイレーン族には、マデリン殿のような魔術師がたくさんおるのであろう?」

コイチロウさんが答える。


「セイレーン族は魔術が得意ですが、マデリンさんクラスは珍しいですよ。

私は、昔セイレーン諸島に行ったことがあります」

ケレグントさんが言う。


それは、……うらやましいかもしれない。


「ではどうやって島を侵略者から守っているのだ?豊かな島なのであろう?」

コサブロウさんが聞く。


「セイレーン族は、愛と恋を司るアプスト女神の愛し子。

そう、こそが、セイレーン族の武器なのです!」


……愛ですか。



愛と恋の女神アプストの加護を受け、セイレーン族は西海の海で暢気に暮らしておりました。

しかし、その平穏をよく思わない男が現れました。


その男は西方帝国の皇帝でした。

第5代・真大武皇帝と名乗っておりました」


真大武皇帝。

名前からしてヤバそうである。

ロイメ人で良かった。こういう男のもとでは働きたくない。



「真大武皇帝は、若くして帝位に付きました。

戦争の神マリダスの神託を受けて生まれ、戦上手で鳴らしていました。

周辺の人間族の諸国を平らげました。

異種族の国々から朝貢をかき集めました。

真大武皇帝の権勢は、西方世界で並ぶ者がないと言われておりました。


そして、真大武皇帝は、今まで人間族で成功した者のいない、セイレーン族の征服を思い立ちました。


これに成功すれば、黄金エルフの後継『西方世界の統一王』を名乗れると、入れ知恵した者がいたのです。


一方、セイレーン族は降伏の勧告をはねのけました。


かくして、侵略戦争の神マリダスと、愛と恋の女神アプストの戦いが始まったのです!」


ケレグントさんは弦をかき鳴らす。

良い音色だ。小さい楽器だが、音がよく響く。


それにしても、セイレーン族への侵攻か。

悪い結末しか見えないぞ。



「真大武皇帝は賢い男です。当然考えがありました。


戦いは数です。

たくさんの軍船に、たくさんの勇敢な兵士を乗せました。

そして、、大勢の売春婦も連れて行きました。

に対抗しうるのはのみ、というのが真大武皇帝の考えでした」


世の中には、賢い者より、単なる愚者バカの方がマシだったというパターンがあると思う。



「西方帝国の大艦隊に、セイレーン族はそれでも愛で挑みました。


水兵達は夜になると歌を聞きました。

それを聞いた水兵達は、心を海に囚われ、海面へ足を踏み入れてしまうのです。

これは海への愛です。


指揮官は、水兵に耳栓を配りました。

でも、夜になると耳栓を外し、セイレーン族の歌に聞き惚れる水兵はなかなか減りませんでした」


……ホラーだな!



「それでも、ついに真大武皇帝の軍隊はセイレーン諸島に上陸しました。

上陸した兵士が見たのは、薄布をまとい、あるいは何も纏わぬ美しいセイレーン族です。


彼女達を哀れに思い殺せない兵士がおりました。

ちょっと楽しんでから殺そうと思い、草むらで後ろからバッサリ殺された兵士がいました。

そんなわけで、侵攻はなかなか進みません」


……。


「有能で冷酷と名高い将軍は、セイレーン諸島に上陸すると、最初に売春宿を立てました。

これでようやく軍を進められると思った時、将軍は暗殺されました。

売春婦の中に、髪を染め、指を切り落としたセイレーン族がいたのです。


有能な指揮官を失い、戦線は崩壊していきました。

夜毎に聞こえる美しい歌声に兵士も将軍も、むりやり連れてこられた人間族の売春婦も恐怖しました。


その惨状を聞いた真大武皇帝は、激怒しました。

そして、大規模な援軍を送ることを決断しました。

海が船で埋め尽くされる程の大船団だったと言われています。


大援軍は、セイレーン諸島に到着しました。


ついに愛のと恋の女神アプストの愛も、侵略戦争の神マリダスの戦に敗れるのかと思われました。



その時です。



はるか西に船影がありました。

セイレーン諸島の西から来る船、それが何を意味するか皆さんは分かりますか?


帆を貼らずに動く魔術船。

遥か西方、黄金エルフ族の船です。


西方エルフ族の魔術は、海を走り抜け、あっという間に西方帝国の船を焼きました。


かくて。


幾千の軍船いくさぶね、海の藻屑となり果てて

弱き者は、水底に沈まん

強き者も、水底に沈まん


鏡の如く凪いだ海原、ただ月影を写すのみ


となったのです。


なお、西方黄金エルフ族が、大陸の歴史に、これが最後です」


僕は沈黙した。

沈黙するしかない。



「その後、西方帝国はどうなったのだ?」

空気を読まずに聞いたのはコジロウさんだった。


「真大武皇帝は、西方帝国内で権威を失いました。

西方帝国は内戦になり、真大武皇帝は部下に殺されています。

内戦は10年程続きました。 

ただ、西方帝国はしぶといですからね。

その後復活しています」


いやもう、頭のおかしい皇帝がいると西方帝国も大変だ。



「言っとくけどぉ、セイレーン族も大変だったんだよぉ。

あの後、交易の船が全然来なくなっちゃうしぃ。

どうしてあんな馬鹿なことするんだろー。

プンプン」

マデリンさんが言う。


侵略戦争と英雄の神マリダスの宿命だな」

コジロウさんが言う。


そういうものなんですかねぇ?



まあ、勝手にダンジョンに潜り、魔石を持って帰る冒険者も、マリダスの関係者だと言う神官はいる。


でも、ダンジョンは放っておくと溢れて、えらいことになるのだ。

断固主張しておくが、僕達冒険者は、その真大武皇帝とは別物である。

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