第176話 ダンジョンの気怠い午前

ダンジョンが溢れて3日目。


今日の冒険者ギルドの指示は、「救援活動の前準備として、ダンジョンの階段からゾンビを追い出し、出口に結界を張れ」だった。



この指示は、皆の協力で割と簡単に達成できた。


しかし、冒険者ギルドの指示はここで止まった。


今、僕は、皆と一緒にダンジョンの階段に座り込んでいる。

目の前には僕が張った聖属性結界がある。

結界ごしに、第二層を闊歩するゾンビや食屍鬼グールが見えた。



さっきユーフェミアさんが来た。

今後の救援活動の予定はどうなっているのか質問したら、ユーフェミアさんは口を濁した。


「良いにしろ悪いにしろ情報が上がったら報告します。

万が一にも無茶はしないでください」

ユーフェミアさんは釘を刺し、去って行った。



食屍鬼グールがさらに増えておるのぉ」

コジロウさんが結界越しに第二層を眺めながら言った。


食屍鬼グールはゾンビに似ているが、より強固な実体があるアンデッド魔物モンスターだ。

僕としてはやりにくい。

毒爪も厄介だ。


「代わりに亡霊レイスはほぼいなくなったんじゃない?

少なくとも私の目には見えないんだけど。

クリフはには見える?」

後ろからメリアンの声が聞こえた。


「僕の目にも見えないよ。

それよりメリアン、なぜここにいるんたよ。

治癒院じゃなかったのか?」



第一層の噴水広場には、冒険者ギルド直営の治癒院が立てられた。

メリアンはそこにいたはずだ。


「看護師のババアから、邪魔だから出ていけって言われたの。

必要なら呼ぶから外で遊んでろって。

ひどくない?」

メリアンは答えた。


……。

僕としては何ともいいようがない。


「キンバリーはどうしたんだよ?」


キンバリーもメリアンと一緒に治癒院にいたはずだ。


「キンバリーには治癒院を手伝ってくれって言うの。

あのババア、私とキンバリーの仲を裂こうとするのよ。

ひどくない?」


「つまりコイチロウさんにはキンバリーがついているんだね?」

僕は確認する。


「……そうよ」

メリアンは答え、僕の斜め後ろに座った。



食屍鬼グールの増加と亡霊レイスの減少。

この2つはやはり関連しあっているんだろうか?」

僕はぼんやりとつぶやいた。

僕は、ボッーとしていた。



「ダンジョンは閉鎖系の面がある。

様々な事象は関連しあっている。

昔、ある男が言っていたな」

ドワーフのソズン師範の声が聞こえた。


わあ、びっくりした!

答えが返ってくるとは思っていなかった。

でも、ソズン師範も言ってるし、やっぱりこの2つは関係しているのかな?


「その男はこうも言っていた。

ダンジョンは開放系の面も持つ。

突然ルールが変わる。

ダンジョンの神ラブリュストルはすべての手札を持っていることを忘れてはいけない、と」

ソズン師範は続ける。


「ソズン師範、それはつまり、良く分からないという意味にならないか?」

コジロウさんが言う。


「そういうことだ。

特にこういう溢れているダンジョンは何が起こるか分からない」

ソズン師範は答えた。



結局振り出しに戻ってしまった。

いやでも、閉鎖系と開放系か。良い言葉を聞いた。

これを仮定して今の状況を考えてみると……。




「皆さん、冒険者ギルドはどういう方針だと思いますか?」


別の話題を振ったのは、『禿山の一党』から来たサイン収集家ニールである。


「私は冒険者ギルドは、第二層の奥への救援隊を出さないんじゃないかと思うんですよ」

ニールは続けた。



「エルフ族としては同意しかねますね。

第二層の奥にはエルフ族もいます。

見捨てるわけにはいきません」

筋肉質マッチョエルフのワリアデルが答える。


「とっくに全滅しているかもしれないですよ?」

ニールは言った。


こいつ、なかなか性格が悪い。


「第二層には、ドワーフ族も潜っている。

俺も、安易な全滅論には同意できない」

痩せ型ヒョロガリドワーフのフセヴォロの意見だ。



第二層では、しばらく前から、冒険者ギルドの肝いりで大規模な探索が行われていた。

エルフ族や、ドワーフ族も参加しているし、ポーターもたくさん雇われている。


『雷の尾』や他の『青き階段』の冒険者達も、この探索隊に関係して第二層に潜っていた。



「第二層にはいくつか安全地帯があります。

私はエルフ族は、そこに避難していると思います」

ワリアデル。


「俺もドワーフ族は避難していると思うよ。

ハァー、こいつと同じ意見なのは気に食わないが」

フセヴォロ。



第二層には安全地帯と呼ばれる場所が何箇所かある。

そこには聖属性を帯びた水が湧き出ている。

(残念ながら、この泉の聖属性は長持ちしない。すぐに普通の水に戻ってしまうのだ)


でもそこにはアンデッドは近寄ってこない。

第二層を探索する冒険者が必ず立ち寄る場所だ。


僕も冒険者がそこに避難して、救助を待っている可能性は高いと思う。



「さっき私は、ジェシカ・ダッカーにサインを貰おうと追いかけたんです。

その時、部下と話しているのを聞きました。

ジェシカ・ダッカーは第二層への救援隊の派遣には消極的でしたよ」

ニールが言った。


マジか。あのクソババア。



「エルフ族としては、同胞を見捨てるわけにはいきません。

これは絶対です」

ワリアデルが言う。


「こいつと同じ意見なのは気に食わないが、俺も同族は見捨てない主義だ。

第二層に潜っているのは聖属性の術者達だ。

失ったらドワーフ族としても大損害だ」

フセヴォロが言う。



ロイメでは一般に、

「エルフ族は同族を見捨てない、見捨てられない」

「ドワーフ族は損失に耐えられない」

と言われている。



「そりゃ、第三層以深は助けるでしょう。

ただ、お二人に言っておきますが、救援隊の命も含めてリスク計算しないといけないんですよ」

ニールは持論を展開する。



僕の後ろで、スッとメリアンが立ち上がった。

つかつかとニールの前まで歩き、睨みつける。



「ザクリー・クランマスターは、冒険者達をそう簡単に見捨てるつもりはない。

第二層へ救援隊を派遣したいって言ってたわよ」

メリアンは胸を張って言った。


メリアンは怒っていた。


ニールは、マジマジとメリアンを見た。

頭から爪先まで、そりゃもうマジマジと。

ニールの視線はメリアンを、金色の髪から、足元までスキャンした。

文句なしに美少女なんだよな、メリアン。


「……あ、えーと、その……、そうかもしれませんね」

ニールは言った。



……おいニール!

メリアンごときに屈服する覚悟で、こんな話題を振るなよ!

論は最後まで張れ!

気合が足らないぞ!

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