第175話 グールと僕達の失敗

ダンジョンが溢れて2日目。


「『三槍の誓い』が第三層まで往復した」

ザクリー・クランマスターの言うとおり、この報告でロイメの各クランは動いた。



今日の午前中、魔術師クランから聖属性の使い手を含むパーティーが到着した。


ちなみにリーダーは親父である。

こういう時にコミュ障親父をリーダーにするなんて、魔術師クランも人材不足だ。



午後になると、それ以外のクランからも救援部隊がやって来た。


まあ、ロイメの冒険者の多くは、ダンジョンに入れないと稼げないのだ。

選択の余地がないとも言える。



そして、僕達は再び第三層まで往復することになった。

メンバーは昨日と同じ。

冒険者ギルドの指示である。




僕が見たところ第三層に大きな変化はなかった。


一番の収穫は、第四層から引き返した冒険者に会えたことだ。


「揺れは感じた。

だが第四層で、魔物モンスターが溢れて来るようなことはなかった。

問題なくここまで戻って来れた」 


これは、良い知らせである。

これなら第五層も無事だと予測して良いのではないだろうか?


残念ながら、エルフ族やドワーフ族の一軍はまだ戻っていなかった。



さて、冒険者ギルドのお使い内容は、連絡と状況確認である。

仕事は終わった。


僕達は帰還希望者を集め、第一層への帰路につくことにした。


この日の帰還希望者は一回目より多い。

17名が希望したので、くじ引きで12名を選んだ。



帰り道に事件は起きた。


第二層では食屍鬼グールが増えていた。

行きでも感じたが、帰りはさらに多い。


エルフの弓士ワリアデルは見つけ次第、矢で食屍鬼グールを仕留めた。

しかしワリアデルの対応力を越えつつあった。


「何体か仕留め損ねました」

ワリアデルは言った。



そして、第一層への階段の側、ゴール寸前で食屍鬼グールの一群とぶつかった。

多分、待ち伏せしていたんだろう。

食屍鬼グールは知性があると本で読んだことがある。



「クリフ殿を囲め!

結界が切れれば、食屍鬼グールは一気に襲ってくるぞ!」

コイチロウさんは言った。


「「おう!」」

コジロウさんとコサブロウさんが応える。


食屍鬼グールはゾンビよりはるかに素早い。

そして、アンデッドの常として

聖属性以外では容易に傷つかない。


結界の先陣はナガヤ三兄弟である。

三人は巧みな連携で、食屍鬼グールを次々と叩きのめした。

しかし、第三層から連れてきた冒険者達は対応できなかった。

半ばパニックだ。


その時、一匹の食屍鬼グールが結界に突っ込んで来た。

捨て身の戦術である。

アンデッドは時折、己を顧みない行動を取るのだ。


聖属性の結界は食屍鬼グールに効く。

でも、実体のある食屍鬼グールが灰になるまで少しかかる。



食屍鬼グールが飛び込んで来たのは結界の左側だ。そこにいた冒険者はとっさに避けた。

その後ろにいたのは、僕だ。


食屍鬼グールの毒爪が僕に迫った。


避けられない、やられると思った時……、太い腕が僕を庇った。

コイチロウさんの左腕だった。



その後、食屍鬼グールはフセヴォロが、聖属性攻撃魔術で灰にした。


コイチロウさんには、高級毒消しをすぐに使い、メリアンが治癒術をかけた。


そしてそのまま階段になだれ込み、一気に登った。



コイチロウさんの容態についてだ。

毒爪を食らったのは左腕。

処置も早く、本人の頑健さもあり、軽症と診断された。

ただ、ベッドで一日安静を命じられた。


コイチロウさんによれば、左腕に痺れがあるらしい。

医師によれば、本人は口に出さないが、痛みもあるだろうとのことだ。

食屍鬼グールの毒は厄介だ。




そして今は夜だ。

僕達は噴水広場でキャンプをしている。

夕食は冒険者ギルドが用意してくれた。

味はお察しである。はあ。



「ごめんなさい、みんな」

突然メリアンが言った。


僕はびっくりした。

メリアンが謝るのは、たまにはあるが、そうそうない。


「ええと、メリアン殿はちゃんとやっておるぞ」

コサブロウさんが言う。


僕もそう思う。

救援活動を開始して以後、メリアンはゾンビの海の中を文句を言わずに付いてきた。

ちゃんとやっていると思う。


「『聖なる火花』が使えるのに、食屍鬼グールに何もできなかった。

食屍鬼グールは私の目の前に飛び込んで来たのに」


食屍鬼グールが飛び込んで来たのはメリアンのせいじゃない。

それに『聖なる火花』は、食屍鬼グール向きの攻撃魔術じゃないよ」

僕は言った。


『聖なる火花』は、広い範囲に、薄く素早く聖属性を放つ魔術だった。

あの特攻食屍鬼グールへの決定打にはならなかったと思う。



「メリアンのせいじゃない。

悪いのは私」

キンバリーが言った。


「ええと、キンバリーはかなり後ろの方にいたし、責任はないと思うよ」

僕は言う。


「でも、レイラさんは気配や臭いや風の流れにも注意しろって言われてたのに。

全然気を配れてなかった」


「キンバリー、あの臭いの中はいろいろきついよ」

僕は言う。

いやマジで。



「あまり自分を攻めるなメリアン殿、キンバリー殿。

左側にいたのは俺だ。

俺がもう少しうまくやっていれば、食屍鬼グールに結界に飛び込まれることはなかった」

コサブロウさんが言う。


「でも……」

「……もう少し」

メリアンとキンバリーはそれぞれ思う所があるようだ。



「皆様いろいろご意見があるようですが」

ここで筋肉質マッチョエルフのワリアデルが口を挟んだ。


「責任者を決めるならフセヴォロですよ。

メリアンは治癒術師。

キンバリーは聖属性をほとんど持たず、あの場で感覚は制限されているはずです。位置も悪かった。

フセヴォロがもっと早く聖属性の攻撃魔術を撃ってれば、コイチロウは怪我をしなかったでしょう。

違いますか?フセヴォロ」

ワリアデルは続けた。


「……くそエルフめ。

確かに、あの場でクソ食屍鬼グールを潰せるとしたら俺だった。

だが、俺が悪いとは言わないぞ。

人も密集してたし、そんなに簡単な状況じゃなかった」

痩せ型ヒョロガリドワーフの魔術師フセヴォロは言った。



僕は考える。

コイチロウさんの怪我を防ぐことはできたと思う。

僕達は何を失敗したんだろう?


僕が華麗に食屍鬼グールを避けれればいいけど、それは



「今思えば、帰還メンバーをくじで決めたのも良くなかったな。

ちゃんとパーティーの連携を考えてメンバーを選ぶべきだった」

僕は言った。

ちなみに、くじ引きをやったのは僕である。



「……出発前の連携の確認も甘かったやもしれん」

コサブロウさんが言う。



「一回目があまりにも楽だったからな。

クリフ殿の結界に頼り、状況を甘く見た。

……兄者の判断は、、あの場では最良であった」

コジロウさんがすごく悔しそうに言った。



ダンジョンが溢れて二日目の夜は、こうしてふけていった。


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