第165話 僕はやっぱり親父が嫌いである
硝煙の臭いがする。
「大丈夫ですか、クリフさん」
僕の下でユーフェミアさんが言った。
僕はユーフェミアさんに覆い被さっている。
僕の上には鉄の盾がある。
「大丈夫です」
僕は言うと、立ち上がる。
エヴァンは完全に腰を抜かしていた。
おそらく、火薬の「理不尽な」爆発を経験したのは初めてなのだろう。
大きな怪我や火傷はないように見える。
ただ、帽子に小さな焦げ跡がある。
この程度で済んで良かったな!
「早くケースを閉めてください」
「アあ」
エヴァンは素直をケースを閉めた。
ちょっと待て。僕は気づいた。気づいてしまった。
「ケースの絶縁術式が薄くなってます」
エヴァンが西方辺境伯から、火薬扱いの認可を得たのは本当だと思う。
ケースの中は几帳面に整理されているし、ケースにはマナを遮断する術式が書かれている。でも。
「エっ、なぜだ。コの前見た時はちゃんとしてたはず」
「ロイメの濃いマナにあてられて、磨り減ったんでしょう」
ロイメではこういうことが起こるのである。
こうなると役人の手には負えない。
一刻も早く片付けなければならない。
僕はカウンターに置いてあった紙に手紙を書く。
短いが通じるはずだ。
宛名も書いた。
「ユーフェミアさん、これを魔術師クランに届けてください」
「宛名は……、カール・カストナー様?」
「僕の親父です。
親父は魔術師クランの火薬の専門家で、銃使いです」
役人が来ても、どうせ最終的な後始末は親父がやることになる。
もう、ともかく早く専門家に押し付ける。
これが正解だ。
まあ、頼れる相手がいるというのは、いないより良い。多分良い。
親父に言いたいことはたくさんあるけどな!
僕が銃や火薬に詳しいのも、親父の実験に散々付き合わさせられたからである。
防御魔術師として、かなり危険な実験にも付き合ったことがある。
「分かりました。
委せてください。必ずクリフさんのお父様に手紙を届けます。
一度お会いしたいと思ってました」
ユーフェミアさんはやる気満々だった。
「急いで戻りますから。待っていてください。
あ、いざというときは、お二人とも逃げてください」
ユーフェミアさんは出て行った。
僕はガランとしたロビーにエヴァンと取り残される。
「相棒……。俺は、ドうすりゃいいんだ……」
「もうすぐ火薬の専門家が来ますから待つしかありませんね」
「俺よりも専門家か?」
「僕の見るところ、あなたより上です」
親父は僕の予想より早く来た。
ユーフェミアさんが交渉力を発揮したのか、親父が急いだのか。
手には銀色のケースを持っている。
ケースには、マナ絶縁術式が刻みこまれている。
魔石を使ったマジックアイテムだ。
「ええと、怪我はないか?」
親父は言った。
「ないよ。それより早く火薬を片付けてくれ」
僕は言う。
もう大丈夫だろう。
親父が現れてから、火と土のマナのざわめきが収まってきた。
親父はそういう
「君の火薬を私に委ねてくれるかな?」
親父はエヴァンに聞いた。
「アあ、頼む」
エヴァンは素直に答える。
親父は、最初にラブリュストルの印を切った。
ゆっくりケースに近づく。
そして、手から発する高密度のマナで火薬を眠らせる。
最後に、エヴァンの赤いケースを持ってきた銀色のケースに収める。
カチリと鍵がかかる。
以上おしまい。
実に呆気ない。専門家の仕事とはそういうものだ。
エヴァンは無言で親父の仕事を見ていた。
え、親父はどんな男だって?
地味な中年の陰キャだよ。
髪は黒で少し白髪が混じる。
ガッチリした体格で、無駄に体力派なんだよなぁ。
だから、体重は親父の方が重い。
背の高さ?
ほぼ同じぐらいだ。うん。
その後のことである。
「クリフ君、番付見たぞ。
お前頑張ったみたいだな」
親父は言いやがった。
「……。」
クリフ君。よりによってクリフ君!
反射で、うるさい!って言いそうになった。
なんとか我慢した。
元々感情を表に出さないタイプだったのが幸いした。
ほら、僕、陰キャだし。
おかげで、ユーフェミアさんや『青き階段』の皆の前で、格好悪い所を見せずにすんだ。ふう。
「クリフ君を頼みます」
親父は、周囲にそう言うと、長居せずに帰っていった。
親父の後ろをエヴァンがついていった。
この火薬騒動には、もう1つオチがある。
本当に、すごく、どうでも良いオチだ。
省略しようかと思ったが、僕は正直なので、一応言っておく。
実は、ユーフェミアさんが呼んだ関係者の中に、マデリンさんがいたのである。
ロイメ最強の水魔術師のマデリンさんなら、火薬を無理矢理押さえつけることもできそうだ。
そんなわけで、マデリンさんは火薬トラブルが終わった頃に、のほほんと現れた。
そして、マデリンさんは、帰り際の親父と擦れ違った。
「すっごーく
マデリンさんは、親父を見て言った。
……。
ここで言っておくが、『ロイメの恋人』ことマデリンさんは、僕の好みじゃない。
断じてない。
僕の手には負えないし、超美人だけど、いろいろ強烈過ぎる。
だいたいマデリンさんは男の趣味が悪すぎる。(マークさんは除く)
しかし。僕はやはり親父が嫌いである。
これは断固主張しておきたい。
陰キャの癖に!!
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