第143話 悪くない一日
ロビーにいた冒険者達は1人残らず、訓練場に移動した。
それどころか、副クランマスターのホルヘさんも来たし、受付にいたノラさんも来た。
(受付には、裏にお回りくださいの手書きの札がたてられた)
ヘンニは、褐色の肌に白金の髪で、典型的な大陸トロール族だ。
身長は以前第三層で戦ったニウゴと同じくらい、体重はそれ以上にある。
トロール族の女としても、相当に大きい。
歳は怖くて聞けないが、多分三十代の半ばくらい。
熟練の女戦士である。
美人かどうかは……、いろいろ凄過ぎて僕にはわからない。イヤホント。
ヘンニは、マデリンさんの治癒術のサポートを受けつつ、順番に立ち会っていった。
結論を言おう。
強かった。
トロール族と言うと、狂戦士と言うイメージがある。
だが、ヘンニにはそういうタイプではない。
冷静で辛抱強く、焦らず落ち着いて勝負をつめていくタイプだ。
無駄な動きは少なく、少々のダメージは、脂肪と筋肉が吸収してしまう。
最初の2戦は、『青き階段』に傭兵として所属している若いトロール族だ。
2人は、挑発に乗り、無茶な攻め方をして早々に負けた。
次はレイラさんだった。
レイラさんは、目潰しを仕掛けようとした。
しかし、ヘンニはそれを読んでいた。
腕でガードされ、そのまま腕で身体ごと吹っ飛ばされた。
とりあえず、攻撃魔術ナシの条件では、ヘンニの勝ちだ。
「無茶しちゃだめよぉ。レイラちゃん」
マデリンさんは言った。
その次のコサブロウさんは……。
勝負の途中で押し合いになってしまい、当然ながら押し負けた。
「何をやっておる。相手の体重を考えろ」
コイチロウさんはコサブロウさんに厳しい言葉をかけた。
コイチロウさんは、流石に冷静だった。
2人の勝負は持久戦になり、敏捷性に勝るコイチロウさんは、ヘンニを少しずつ追い詰めていった。
しかし、最後に勝負を決める時に、決死の反撃を受け、引き分けに持ち込まれてしまった。
「兄者より向こうの方が冷静だったの」
コサブロウさんはコイチロウさんに嫌味を言った。
コジロウさんは、大陸トロール族の戦い方そのものに興味があったようだ。
勝負はコジロウさん優勢だったが、調子に乗って様々な戦法を試しているうちに、ヘンニに隙を見つけられて、武器を落とされた。
「勝者、ヘンニ」
ホルヘさんが宣言した。
あぁぁー。
立ち合いを見ていた冒険者達から、盛大なため息が漏れた。
『青き階段』は全然勝てない。
ヘンニにはマデリンさんが付いていて、疲労を回復させながら戦っているとはいえ。
「何をやっておるのだ、兄者!」
コサブロウさんはコジロウさんに言った。
「優勢に戦っても、最後に負けては意味がないぞ」
コイチロウさんもコジロウさんに言った。
「ヘンニ殿、強いのお。
だが、次は負けぬ!」
コジロウさんは、2人を無視してヘンニを称え、最後に吠えた。
「経験の差だよ。
悪いが、若いあんた達とは、負けた回数が違うんだよ」
ヘンニ、いや、ヘンニさんは冷静に答える。
それにしても『負けた回数』か。
なんか格好いい言い方だ。
いつか僕も使ってみよう。
しかし、このままだと5戦して1勝もできないことになる。
『雷の尾』はダンジョンに出掛けている。
ダグもハロルドさんもいない。
今の結果は、『青き階段』として、ちょっと格好悪い。
「最後は俺だな」
その言葉と共に出てきたのは、ソズン教官だ。
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
見物の冒険者達から歓声が上がった。
確かに、真打ち登場である。
「獲物は何にする?」
ソズンさんは聞いた。
「素手が良いね。
あんたと本気でやったら殺し合いになっちまう」
ヘンニさんは答えた。
そんな訳で、ソズンさんとヘンニさんの勝負は
ソズンさんはドワーフだ。
薄茶の髪にモジャモジャ髭、肌は元々は白いようだが日焼けしている。
ドワーフとしては大柄だが、身長は当然僕より低い。
そして、体重は僕より重い。
太い手足は短いが、驚くべきパワーがある。
「始め」
勝負の始まりはホルヘさんの合図である。
武器を持たない2人は向かい会い、軽く構えながら、円を描いて移動していく。
ヘンニさんが軽く隙を見せる。
ヘンニさんはどちらかというと、受け身の戦法が得意なのだ。
ソズン教官は動かない。
ヘンニさんは再度隙を見せる。
今度はソズン教官は動いた。
驚くべき瞬発力で距離を詰め、ガッツリ組み、そのまま足技をかけてヘンニさんを転ばせた。
ヘンニさんはすぐに起き上がろうとするが、ソズン教官の方が早い。
ソズン教官は、ヘンニさん上半身を押さえ込む。
ヘンニさんは抵抗したが、そのまま起き上がれず、降参した。
「「ソズン教官!!」」
「ソズン教官、カッコいい!!」
「一生付いていきます!」
勝負を見ていた冒険者達から歓声が上がった。
「引退したと言うのに相変わらず強いねぇ」
ヘンニさんはソズンさんを称えた。
「ダンジョンの
ソズンさんもヘンニを称える。
立ち合いを終えて、ヘンニさんはナガヤ三兄弟に言った。
「3人とも素質は素晴らしい。
経験を積めば、もっと強くなるよ」
3人はヘンニさんと再戦を約束した。
若いトロール族2人組には、もう少し厳しい言葉をかけた。
「あんた達はもっと冷静に戦いな。
今みたいな戦い方をしていたら、強くなる前に死んじまうよ」
2人は神妙に聞いていた。
その後、『輝ける闇』の3人は帰って行った。
ホルヘさんは、またいつでも来て良いと送り出した。
このお礼参りパート2には、もう一つオマケがある。
ちょうど帰って来た『雷の尾』の連中が『輝ける闇』の3人とすれ違ったのだ。
その中には【目ざとい男】ギャビンもいた。
「トレイシーちゃんカワイイっすね」
ギャビンは盛んに主張した。
まあ、これは僕には関係ない話だろう。
最後にメリアンとキンバリーとセリアさんだ。
日が暮れてから、3人組はニコニコで戻って来た。
ロイメ芝居は、すごく楽しかったらしい。
あと、3人で食べたアイスクリームが美味しかったとか。
まあ、皆にとって悪くない1日だったんじゃないか?
親父の査問はクソだったけどな!
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