第125話 銀弓の言い分

「南の地方ではスキル持ちを神の化身と崇める文化があると聞いたことがあります。

でも、ここはロイメです。

法廷では通用しない意見です」

ここでユーフェミアさんが議論に加わった。


「化身ではない。我が意の内に女神がいるのだ。

私ほどではなくても、それぞれ女の中には女神がいる。

そして、メリアンの追放は紛れもなく女神の意思だ」


「それはどうして分かるのですか?」

ユーフェミアさんが聞いた。


「私が『メリアンは冒険者の資格なし』と言った。

そうしたら皆口々に同意した。これが証拠だ」

銀弓が答える。


……。

って、ちょっと何言ってるのかわからないんだけど!



「それは、あなたがそそのかしたからでしょ!」

キンバリーが言った。


「違う。私が発言しても女神の意に沿わぬことなら実現しない。

皆は拒否する。

メリアンの件は、私が言っただけで皆が動きだした。

これは即ち女神の意思が働いた証拠だ。

各々の中にある女神の意思が共鳴して動きだすのだ」


「女性の感情の中の悪い部分をあなたが引き出したわけですね。

何事も女神のせいにできるのは幸せな思考回路です」

ユーフェミアさんが言った。


「女神は我々信徒を守ってくださる」

銀弓は答える。


ユーフェミアさんの皮肉は通じなかったようだ。



「女神御自身ごじしんが間違える可能性はないのですか?

神話の中で神々が争ったり失敗したりする話はたくさんありますよ」

ユーフェミアさんが次の理論を展開した。


「女神の別の面によって是正されるであろう。

我が女神ヴァ―ラーは、11の顔を持つ。その別の面が介入するはず」


そこまで言うと銀弓はしばらく沈黙した。



結婚の神ヴァーラー自身は一夫一妻主義である。

でも、それぞれの種族で婚姻形態は違う。

世界に生きるヒト族ヒューマノイドの中には、一夫多妻が一般的な種族もある。

人間族だと国や地方によっても違う。


そのためか、結婚の神ヴァーラーは何人かの従神を従えている。

それぞれの女神がそれぞれの婚姻を守護しているのだ。


そして、南の方では、それらの女神をまとめて多面の神として祭る文化もある。

銀弓の故郷はそのような地域なんだろう。



「……メリアンは、『青き階段』で新しいパーティーを見つけたのであろう?

メリアン本人の悔い改めに女神の別の面が介入したのだ。

もはや追わぬ。安心しろ。

すべては女神のお導き」

銀弓は少し間を置き、言った。


銀弓サン、これがあなたなりの譲歩ナンデスカ?



思うんだが、銀弓ってカリスマはすごいけど、いきあたりばったりで、あまり何も考えていないのではないだろうか。


僕はネリーに少しだけ同情した。

銀弓のカリスマと存在感で、メリアン追放を吹き込まれて、同意したんだろう。

まさか銀弓の自身が、たいした根拠もなく言ってるなんて思わなかったんだろうなあ。


ただ、同情すると言っても少しだけだ。

ネリーは魔術師で、思考する訓練をつんでいるのだから。

騙されるのが悪いのである。



「銀弓ダイナ、あなたの思うヴァーラーと私の思うヴァーラーは随分違うようです。

ジェシカ・ダッカーが、あなたが何を考えているかわからないとおっしゃった気持ちが分かりました」

ユーフェミアさんが言った。


「ジェシカ・ダッカーか。

あの女は強欲過ぎる。

何でも思い通りにしようとする。

己を女神だと勘違いしているようだ」


すげー。銀弓、言いたい放題だな。

ジェシカ・ダッカ―にこんなことを言って、どうなっても知らないぞ。

一応一番ヤバい所は黙っておくけど。



「自分を女神だと勘違いしているのはあなた!」

キンバリーが言った。


「違う、私はこれから決闘により女神の意を図る立場。

戦わず、裏でこそこそするあの老婆とは違う」

銀弓は言った。


「ジェシカ・ダッカーも昔は命がけで戦ったそうだ」

ここで初めてコイチロウさんが発言した。


「その頃のジェシカ・ダッカーには女神の導きがあったやもしれん。

今はない」


「なぜ分かる?」

コイチロウさんは言う。



「あの老婆が私を止められないのがその証拠ではないか。

私が勝っても死んでも、女神ヴァーラーの教えを広げる助けになるそうだな。

そのような状況が生まれた。

これが女神の意思でなくてなんだと言うのだろう」


「あなたはとある女性議員に利用されているだけですよ」

僕は言った。


これは本当に信実である。

ロイメは必ずしも新入りにやさしくない土地だ。



とある女性議員はヴァーラーの信徒。

だが、この豊かな町で誰よりも孤独で不幸だったと私に語った。

そして、マデリンと戦って欲しいと涙ながらに私に頼んだのだ。


此度の決闘、私が勝ってば女神ヴァーラーの勝利となり、私が死ねばやはり女神ヴァーラーの勝利となる。

この縁も女神の導きであろう。


女神の導きなら、私はこの縁に敬意を払い、マデリンと決闘しよう。

女神が信徒をお見捨てにならないように」



とある女性議員とあなたのために、他のたくさんの結婚の女神ヴァーラーの信徒が不幸になりそうなんですけど」

ユーフェミアさんが言う。


「敬虔な女神の徒を不幸にしたりはしない。

正しく我が女神ヴァーラーの秩序がロイメを覆えば、とある女性議員のような不幸な女はいなくなる」


「なぜそう言えるのですか?」

ユーフェミアさんが聞く。


「マデリンのような愛の女神アプストの身勝手な愛を語る手合いは、この町から排除されるからだ」


「あぶれた女はどうなります?」

ユーフェミアさんはさらに突っ込む。


「誰かの二番目三番目の妻になればよい。

二番目の妻が必要とされる場合もある。

そして、各々おのおの役割を果たせば良いのだ」

銀弓は堂々と言った。



銀弓さん、あなたの意見に賛同するロイメの女性は、ほとんどいないと思いますよ……。


その後、僕達と銀弓の議論は最後まで平行線だった。



結婚の女神ヴァーラー神殿を出て。


「銀弓と言う女はつくづくド田舎臭いドカッペですね。

女神の意思と言って、自分の感情のままに動いているだけではないですか!」

ユーフェミアさんがプンプン怒りながら言った。


「ああいう性格の人間像はアキツシマ・トロール族の男には時々いるぞ。

魚が取れるのも取れぬのも、すべて神の御心のままなのだ。

ジェシカ・ダッカーなどとは正反対だな」

コイチロウさんが言った。


「そういう男はどうなりますかね?」

僕は聞いてみた。


「持って生まれた運にもよるが……、あまり長生きはできぬな。

とは言え、アキツシマ・トロール族でも女であの性格は珍しい」

コイチロウさんが答える。



「おそらく銀弓の故郷の権力者にとって、女神の化身があまり深く考えない性格たちの方が都合が良く、そのように育てられたのでしょう。

それにしても、ここはロイメです!」

ユーフェミアさんは言った。



「まあ、あまり収穫はなかったな」

コイチロウさんが言う。


「そうでも無いですよ。

銀弓は、決闘は女神の導きと言いました。

女神の別の導きがあれば気が変わるでしょう。

ジェシカ・ダッカーの言う通り、金盾から攻めるのが上策に思えますね」

僕は言った。

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