第87話 高速巡行を始める先頭集団

 ここからは平地区間が46km続く。

 まだレース前半なので、この区間は適度な速度で巡行するだろう。

 私が予想した通り、先頭集団は時速40km位で巡行している。

 この速度なら足を休められる。

 今の内に最初の山岳地帯で消耗した足を休めておこう。

 苦手な山岳地帯は残り2か所あるのだから。

 だが、その希望は早くも打ち破られる。

 先頭集団が速度を上げた!?

 平地区間を11km走った所で急に先頭集団が加速を始めた。

 速度を確認すると時速45~48kmだった。

 空気抵抗が低減される集団内であれば、平地が得意な私にとっては問題ない速度だ。

 当然、一緒に走っている師匠も同じだ。

 足を休める事は出来なくなったが、先頭集団から脱落する事はない。

 平地が苦手な周囲の選手が次々に脱落していく。


「先頭で逃げを狙う選手が出たみたいだな」

「まだ序盤で逃げ切れると思えないですが、いま追う必要はありますかね?」

「追う必要はないかな。戦術より意識の問題かな」

「意識の問題?」

「上のクラスの選手になると、優勝に対しての意識が変わるのさ。ビギナークラスの選手は、速い選手を追わない人が多い。速い人を追って消耗するより、自分の順位を少しでも上げる事を選ぶ。だから有利なハズの集団の力が弱い」

「それは少し感じていますよ。クリテリウムを観戦していて、クラスによってレース展開が違ってますから」

「確かにクラス分けしているクリテリウムは分かりやすいね。レース展開に違いが出るのは、中級者になると優勝以外は意味が無いって思う人が増えるからさ。聞いた事あるだろ、2位は敗者の先頭だって。だから、有力選手が逃げようとすると、全力で逃げを潰しに行くのさ」

「まだ序盤だから、後で追いつけると思うのですけどね。プロのレースだと逃げを容認すると思うのだけど」

「プロは無線で逃げとのタイム差を把握出来るからさ。無線を使用していないホビーレーサーだと、どれだけ離されたか分からない。クリテリウムみたいな周回レースで、相手が見えるなら問題ないけど、逃げた相手が見えなくなる位に離されたら終わりだ」


 そうか、走るレースが変わると選手の質が変わるのだな。

 私が見て来たビギナークラスだと、速い選手が逃げ切って、実力が近い残りの選手が集団で走ってゴールスプリントする展開が多かった。

 でも、中級者以上の選手は全力で追うのだな。

 木野さんはどう思うのかな……木野さん?!

 視界に木野さんが視界に入った事に驚く。

 周囲を確認すると、北見さんと利男の二人もいた。

 いつの間に3人が現れたのだろう。

 私が走っているのは先頭集団の最後尾。

 そうすると、3人は集団内から脱落してきたのか!


ただしがやべぇ」


 利男の短いセリフで状況を把握する。

 速度を上げた先頭集団に、木野さんがついていけなくなったのだろう。


「無事で何よりだ中杉君と東尾君。だが、木野君がついていけなくなってね。先頭付近にいたけど、ズルズル後退しているとこさ」


 どうする?

 集団内で遅れているという事は、チームメンバーでアシストしても先頭集団に残るのは無理だ。

 先頭集団が逃げた選手に追いついて、速度が落ち着いてから追うしかない。

 その為には、アシストとして北見さんと師匠の二人に木野さんのサポートをお願いするしかない。


「北見さん、師匠。木野さんのサポートを……」

「必要ない!」


 木野さんが叫んだ。

 叫んだのは、息切れで声が途切れぬよう、言い切る為だったのだろう。

 木野さんは普段おっとりした話し方なので驚いた。


「おいおい、ただし。どうした?」

「驚かすなよ。木野君らしくないじゃねぇか?」


 利男と北見さんが狼狽える。


「エースはぁ、猛士さんだっ! 実力不足の僕にかまって目的を見失うなぁ!」


 木野さんの熱い思いが伝わる。

 彼は私の事をエースとして認めてくれていたのか。

 上り区間の度に、毎回ズルズル遅れる不甲斐ない私なのに……


「よしっ、それでこそ一流のレーサーだ。後は任せてくれ。前に出て位置取りを変えるか、集団後方で体力を温存するか。どうする?」


 師匠が私に問いかける。

 体力の回復までは無理だが、体力の温存はしておきたい。


「得意な平地でタイム差を付けたいけど、次の上り区間の為に、集団後方で体力を温存した方が良いとい思ます」

「よっしゃ、それならノンビリしますか。って言っても高速巡行中だけどな」

「これだけ速く走っていて体力を温存出来るのが羨ましいよ。バイクの空力性能が高いのは知ってるけどさっ」

「平地なら最速のスプリントマシーンですから。でもディープリムホイールが重いから、加速にはパワーがいりますよ」

「俺にはあわねぇな。50mmくらいが丁度いい」


 私のディープリムホイールは、ホイール外周のリムが65mmの高さがある。

 空力性能は最高峰だが、その分重量がかさむ。

 私は空力性能重視で65mmのディープリムホイールを選んだけど、北見さんは空力性能と重量のバランスがとれた50mmのディープリムホイールを使用している。

 同じディープリムホイールでも性能差があるのだ。

 いつも通り話しているうちに、木野さんが徐々に離れていく。

 どうやら限界のようだ。


「待ってるよ、木野さん!」

「健闘を祈ってるよ!」

「追いついて来いよただし!」

「次の上りで追いつけよ。どうせ遅れるから!」


 最後の北見さんの発言は余計だ。

 まぁ、実際に遅れるのだろうけど……

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