第83話 チーム『いつも一緒』出撃

 師匠との特訓を終えた後、更に二か月間練習して自分のスプリントパワーと回復量を把握する事が出来た。

 ゴールスプリントで勝負に力を温存する為の必殺技、連発可能な新しいスプリントが完成したのだ。

 後は実践で試す必要がある。

 練習で出来ても、実際のレースでは出来ない時がある。

 一緒に走るライバル達がいると、無意識の内に緊張して無駄に力を消耗しているのだろう。

 今回は前回の全長50kmより更に距離が長い、全長140kmのロードレースに参戦する事にした。

 距離は前回の約3倍だが、練習では200km走行しているので走れない距離ではない。

 だけど、レースの場合は駆け引きがあって加減速が激しい。

 淡々と走るのとは消耗度合いが違う。

 しかも私が苦手な山岳パートが3か所存在する。

 レースの成績で年末のレースでどれだけ戦えるか把握出来るだろう。

 前回は腕試しで個人プレーを行ったが、今回はチーム戦で挑む。

 私のチームの参加者は、毎回必ず参加している木野さんと利男。

 更に北見さんと特訓の成果を見る為に東尾師匠も参加してくれた。

 綾乃、南原さん、ひまりちゃん、そして勇也くんが応援に来てくれている。

 レースに参加するメンバーが受付を済ませた後、応援メンバーが、それぞれ観戦する場所に向かった。

 南原さんとひまりちゃんの二人は、中盤の山頂でレースの状況を教えてくれる予定だ。

 勇也くんは私のゴールスプリントが見たいからゴール地点。

 綾乃は勇也くんの付き添いで、ゴール地点で観戦する事になった。

 整列時間となり、チームメンバー全員で集まってスタート地点で整列した。

 何度参加してもレーススタート前は緊張する。


「今日は新必殺技が炸裂するのを楽しみにしてるよ」


 東尾師匠が新必殺技を話題に出すと、他のメンバーがざわつく。

 そう言えば、他のメンバーには師匠と特訓した事を教えていなかった。


「新必殺技ってなんだ? 猛士、何かパワーアップしたのか?」

「何ですかぁ、その凄そうなのは!」

「また東尾君の悪い癖かな? アニメじゃないんだから、アニメじゃ」


 利男と木野さんは興味津々だが、北見さんは飽きれている。


「アニメじゃないけど、特訓で必殺技を身に着けたのは確かさ」

「師匠の言う通りだよ。誰も死なないけど必殺技だよ。師匠との特訓で新しいスプリントを身に着けた」


 師匠の言葉を補足する。

 必殺技と言っても、連発出来るように工夫したスプリントだからな。


「中杉君、東尾君の影響受けすぎだって。社会人で必殺技は恥ずかしいだろ?」


 北見さんがため息をつく。

 まぁ、北見さんの気持ちも分かるよ。

 私も最初は恥ずかしかった。

 でも、師匠との特訓で実力が上がっていくのを実感するにつれ、必殺技があるのが普通になってしまった。

 恥ずかしさより実績が全てだ!


「そんな事はねぇよな! 必殺技! 熱くて俺は好きだぜ!」

「僕も欲しいですよ必殺技~。僕にも教えて下さいよ」

「ごめん木野さん、俺スプリントしか必殺技ないから!」


 師匠が手を合わせて木野さんに謝る。


「何だよー。木野君がスプリント出来ないみたいじゃないか」

「そ、そういう訳では……」


 北見さんに指摘されて、師匠が狼狽える。


「僕の必殺技~」

「スプリントなんか気にするなって! ただしには熱いヒルクライム能力があるじゃないか!」

「そうだな。木野さんが本気を出したら、私では追いかける事は難しいからな」


 私も利男に続いて木野さんをフォローする。


「でも必殺技って感じがしないんですよぉ」

「スプリントみたいに一瞬だったら必殺技を叫べるけど、1時間の持続パワーが凄くても1時間叫び続ける訳にはいかないからね」

「やってみりゃいいじゃねぇか? スーパーヒルクライムでもウルトラヒルクライムでも思いつく限り!」

「思いつく限り一時間も言い続けたら、念仏みたいですよぉ~」


 確かに念仏みたいだな……一時間もブツブツ技名を言いながら走っていたら怖い。


「それなら最初に必殺技を叫んで、その後一時間ハイパワーを持続だな!」

「それなら不自然ではないね。今度、一緒に名前を考えようか?」

「猛士さん、ありがとうですよぉ」


 皆で楽しく話していたら、場内アナウンスがレース開始時間が迫った事を伝えた。


「さて、そろそろレース開始だ。気合入れていこうではないか?」

「赤き疾風、疾風赤神の出撃だ!」


 チームメンバーにレース準備を促す北見さんに、師匠が出撃を宣言した。

 私も悪乗りして出撃を宣言する。


「行くぜ! 地平線ホライズン!!」

「ホイールよ、轟音を奏でろ! 反骨のレーサー、佐々木利男のお通りだ!」


 当然のように利男も続いた。


「僕のは? 僕のは決まってないんですよぉ」


 木野さんも続こうとしたが、愛車の名前も必殺技も決まっていないから、何も宣言出来ない……


「決まってなくて良いだろう。恥ずかしいんだよ、俺は!」


 最年長の北見さんだけが、恥ずかしがって叫んだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る