第31話 作戦会議する不器用な男

 今月は木野さんと一緒にクリテリウムに出場する事にした。前回同様、エントリーしたのはビギナークラスだ。違うのは同じチームとして出場している事だ。チームジャージは完成していないけど、同じチームなのでスタートリストに、私と木野さんの名前が並んで載っている。

 レースに参加する私と木野さんと東尾師匠の3人で今日の作戦を練る。


「俺は違うクラスだけど、二人は協力して走るんだよな。作戦は決まっているのか?」

「そうですねぇ、スプリントが得意な中杉さんがエースですかな?」


 東尾師匠に作戦を問われて、木野さんが私がエースだと答えた。

 普通だったら木野さんの言う通り、スプリント力がある私がエースになるのだろう。でも、私には別の考えがある。


「いや、今日のエースは木野さんだよ。私がアシストする」

「どうしてですか? アシストしてもらえるのは嬉しいですけど」

「まだまだインターバル耐性が低くて、完走がギリギリなのですよ。木野さんにアシストして頂いてもゴールスプリントする余裕はないのです」

「でもゴール前までアシストして頂いても、僕はスプリントする力が元々ないですよ」


 木野さんの言う事はもっともだ。

 私がエースだと先頭集団に残れずゴールスプリントに参加する事すら出来ない。

 木野さんがエースだとゴールスプリントで負ける。

 どうしたら良いのだろうか?


「それなら猛士がアタックして他の選手の足を削るのはどうだ?」


 東尾師匠が提案してくれた。


「アタックして他の選手の足を削る? どうやるのですか?」

「逃げを狙う様に見せかけて、立ち上がりでアタックを繰り返すんだ。他の選手に立ち上がりでパワーを使わせれば、かなり足を削れるはずだ。それで他の選手の足が消耗させておいて、木野さんがラスト2周くらいでしれっと逃げれば勝てるんじゃないか」

「なるほど。他の選手のスプリント力が落ちていれば、スプリントが苦手な木野さんでも勝てる見込みが出ますね」

「その通りだ。どうかな木野さん?」

「有り難いですけど、僕がエースで良いんですかねぇ」


 木野さんが遠慮がちに言う。仲間なんだから気を使わなくて良いのに。


「もちろんだ。同じチームの仲間だろう? ビギナークラスだけど表彰台の頂点にチーム名を掲げよう」

「よしっ、頑張りますよ」


 私の提案を受け入れてくれた木野さんが、自分の頬を叩き気合を入れる。


「その意気だ。あと、俺のレースを忘れるなよ」


 あぁ、前回話し込んで師匠のレースを見逃したのを根に持っているな……


「3人共準備はOKかな? 北見と南原は二人の雄姿を撮影するって張り切っているわよ」


 飲み物を買いに行っていた西野が戻って来た。


「カッコ悪い所は見せられないな」

「恥ずかしいですね」

「チームメイトに格好いいところを見せてやろうぜ!」


 応援組の北見さんと南原さんの張り切りを知って、レース参加組の私達も気を引き締めるのであった。


 *


 レース開始まで時間があるので、西野が買ってきたお茶を飲みながら二人で話をする事にした。


「前回は完走出来たから、今回は順位アップを狙うの?」

「今回は木野さんのアシストに徹する予定だよ。結構無理するから、恐らくリタイアになるだろうな」

「それで良いの? プロのレースじゃないんだからチーム戦略とか必須じゃないでしょ。自由に走れば良いのに」

「自分の順位が多少上がるより、仲間の木野さんが勝った方が嬉しいからね」

「素直になりなさいよ。本当は自分が勝ちたいんでしょ。勝てたら泣くほど嬉しいくせに」


 素直になりなさいか……先週の私のようだな。


「正直に言ってるよ。本当は自分が勝ちたいけどね。普段のトレーニングデータを見ていれば確実に勝てない事が分かっているのだ。出来ない事を望むより、可能性がある方を選んだだけだよ」

「そういう所イヤだな。猛士は正しさを追求し過ぎるから少し辛い……」


 西野が心底嫌そうな顔をしている。やはり先週の事で怒らせたのだろうか。


「この前の事を怒っているのか?」

「怒ってはいないわよ。色々辛い思いもあるけど気持ちがスッキリしたから。あれだけ堂々と言い切ってたのに気にしてるの?」

「気にしてるさ。辛い思いをさせた自覚はあるからな」

「自覚があるって……なんでそんな嫌な思いをしてまで蓮の話をしたのよ」


 西野が今度は困った顔をする。西野にどの様に思われても私は自分の意志を貫く事しか知らない。


「峠を走るのが楽しかった思い出と同じ様に、蓮さんの事も楽しく素敵な思い出であって欲しかっただけだ」

「お節介なんだから」

「お節介にもなるさ。年長者なんだからな」

「猛士は辛くならないの?」


 西野が心配そうな顔をする。怒らせたり、困らせたり、心配されたり……私も未熟だな。お茶を一口含み、気持ちをリセットする。


「何故辛くなるのだ? 間違った事を続ける方が辛いだろう?」

「はぁ、面倒な人なんだから。どうしてこんな人なんだろう」


 西野がため息交じりに言った。

『どうしてこんな人なんだろう』とは、どういう意味だろう?

 若い女性にとって中年の私は面倒な人と思われるのだろうな。

 まぁ、嫌われてはいないようだから良しとしようーー

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