第18話 峠の七不思議?

「ここから今日のメインの七曲りに入るから楽しんで走りましょ?」


 西野に言われなくてもわかるさ。ヘアピンカーブの脇に看板があるからな。

 これより1.2kmの間七曲り……この長さではスプリント力で誤魔化せない。

 上り勾配10%……私をそんなに苦しめてどうする?

 それでも7回だ! 7回耐えれば良いのだ!!

 既にサイコンのデータなど見ている余裕はない。私にとって斜度10%は限界までギアを下げても、得意なケイデンスを維持出来ない急斜面なのだから。

 1つ、2つ、3つ……無心となって次々とヘアピンカーブを越えていく。

 4つ、5つ、6つ……次で7つ目のヘアピンカーブだ!

 そして、最後の7つ目のヘアピンカーブを勢いよく通過した。これで終わりだーーそう思った私の眼前にヘアピンカーブが現れた。

 8つ目だと! いや、数え間違えたのか?!

 数え間違いなら、このヘアピンカーブを抜ければ終わるだろう。間違っても、せいぜい1つ程度なのだから。次こそはと思い8つ目のヘアピンカーブを抜けた……先にはヘアピンカーブ!!

 幻覚を見ているのだろか? いや違う! 息が切れて、意識が朦朧もうろうとしていても幻覚ではない。目の前を走る西野はハッキリと目に映っているじゃないか! 9つ目を越えた先の光景が信じられない……何の嫌がらせだ! まだヘアピンカーブが続いている……七曲りなのに7つ以上ヘアピンカーブを越えても終わらない。


『この不思議な現象は、峠の七不思議なのか?」


 延々と続く終わりが見えない急坂は流石に辛い。そうだ、何が起きているか分からないなら西野に聞けばよい。


「七曲りなのに七回以上曲がっていないか?」

「当たり前じゃない。七曲りって沢山曲がっているって事を表現しているだけで、七回曲がる事じゃないのだから。猛士は頭良さそうなのに知らなかったの?」

「知らないよ。自動車免許持っていないし、道路標識に興味はないからな」

「あと2つくらいヘアピンカーブが続くわよ」


 後2つか……それでも終わりが分かれば希望が持てる。

 必死に西野の後を追う事だけを考えて走ったら、何とかヘアピンカーブが続く区間を乗り越えた。

 今日は一生分のヘアピンカーブを曲がった気分だ。少し緩くなった坂に安心しながら走っていると、


「次が本当の最後だから」


 西野の声が私の心をどん底に落とす。

 慌てて周囲を見渡すと道路脇に例のブツがあった。


『暫く進んで急カーブ注意』ーー私の心を折ろうとする看板が!


 *


 どうやら、私は最後の急カーブを通過したようだ。自分でもどうやって通過したのか全く分からない。気が付いたら急坂区間が終わっていたのだ。

 西野が空き地に停車したので、私も続いて停車した。


「これで終わりなのか?」

「猛士は限界なのかな?」


 いくらサングラスで視線が分からないとはいえ、聞くまでもなく私が疲れ切っている事が見えると思うのだけど。しかも、こんなに苦労したのに美味しい思いは全く出来ていないのだよな。


「あぁ、限界だよ。どこがスーツなコースだったのだ? 全然甘くないじゃないか? せめて美味しいスイーツでもあれば良かったのだけどな?」

「何言ってるの? 猛士はスイーツなしでしょ?」

「何故私だけスイーツ無しなんだ?」

「忘れたの? 痩せたいって言ったの猛士だよね?」


 西野に指摘されて衝撃を受けた。元々、自分が痩せたいと相談したのであった。


「あまりにも坂がキツクて忘れていたよ」

「そんなだから痩せないのよ。少し甘い物を我慢しなさいよ」

「ノノの言う通りだな。少し頑張って痩せてみるよ」

「それなら、たまに走りに来なさいよ。私もスイーツを食べる時に利用しているから。スイーツで取りすぎたカロリーを簡単に消費出来るのよ」


 素直に話を聞く私に気を良くしたのか、自分の好きなコースを紹介出来て喜んでいるのか、西野はとても上機嫌だ。


「なるほど。それで今日案内してくれたのだな」

「そうよ! 美味しい激坂があって、スイーツを食べる時に毎回走るから、個人的に『スイーツコース』って呼んでいるの。まぁ、紹介したのは一部だけどね」


『スイーツコース』って、そういう意味だったのか。そんなの普通の感覚では分からないだろ。しかも、これで一部かなのか……


「私にはまだまだ無理そうだな」

「痩せれば大体解決よ。北見って理屈っぽい知り合いも言ってたからね」

「北見? 初めて聞くけど、どの様な人なんだ?」

「無駄に理屈っぽくて、私は少し苦手なタイプかな」

「理屈っぽいか……面白そうな人だな」

「それなら今度エンデューロに参加してみる?」


 エンデューロ……耐久レースだったか?

 以前、クリテリウムを知った時に、ロードバイクで出場出来るレースを調べた中にあったよな。記憶があやふやだったので、自分の記憶が正しいか西野に確認した。


「エンデューロ? 耐久レースの事で合っているか?」

「合ってるわよ。来月、北見が参加予定のエンデューロが開催されるの。エントリー間に合うから参加する?」

「参加してみるよ」


 西野がスマホで公式サイトを表示してくれたので、私も検索して公式サイトをブックマークした。帰宅したらエントリーしよう。


「じゃ、遅くなる前に帰りましょうか?」


 私の体力を考慮してくれたのだろう。西野が帰宅を提案してくれた。帰宅する事には賛成だが、まだやり残した事がある。

 まだ西野にお礼を言っていないのだ。


「今日もありがとう。一番にノノ相談して良かったよ」

「どういたしまして。東尾より先に私を選んだ事は褒めてあげるわ」


 そんなに東尾師匠に対抗心を燃やさなくても良いのに。

 師匠と比較しなくても、西野は愛車購入時から関わりがある特別な相手なのだからーー

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