第56話 電車旅のお供はポッキー

 木曜の放課後、俺と黒井は村野さんに遭遇した浜辺に来ていた。空には雲が覆っており、辺りを見回しても人の気配は殆どない。


「本当にここに来るのか?」

「前に会った時はここだったし、秋姉の大学は電車と徒歩で一時間くらいかかる場所にあるからな。そこには行けないだろ」

「だから、ここに現れることに賭けるってことか」


 黒井の言葉に頷きを返し、もう一度辺りをぐるりと見回す。やはり、それらしき男の姿は見当たらない。

 ちなみに、黒井には秋姉と村野さんという男については話している。

 黒井が秋姉に聞くというのも一つの手段だが、黒井と秋姉はまだ出会ってから日も浅い。

 流石に、秋姉の内情に踏み込んだ話は難しいだろうということで、二人して村野さんとの遭遇を待っているという状態だ。


「暇だな」

「ああ」

「そういえば、お前部活はいいの?」

「あー、うん。方向性の違いで解散したからな」

「……それでいいのかよ」


 黒井は呆れていた。

 まあ、気持ちは分かる。


「安心してくれ。俺たちはやれば出来る子だからな。多分、本番前になんやかんやあって友情パワーで大成功を収めるはずだ」

「いや、その友情が今壊れかけてんじゃねーのかよ」


 余りに綺麗な切り返しに何も言えなくなってしまった。

 そんな俺を見て黒井がまたため息をつき、俯く。


「でも、正直私は楽しみだぜ。かっこいいところ見せてくれよ」


 俯いた状態から、黒井がこちらに顔を向ける。

 その笑顔に、期待に応えたいと思った。


「おう」


 結局、その日は村野さんに出会うことが出来なかった。



******



 翌日の放課後、今日も浜辺に来ていた。

 今日は所々青空も見えており、雲の隙間から差し込む夕日が綺麗だった。


「今日もいそうにないな」

「そうだな」


 だが、村野さんは今日もいない。

 結局、その日も村野さんに会えることは無かった。


「明日は大学まで行こう」

「そうだな」

「なに話してるのー?」


 家に着き二人で話しながら夕飯を作っていると、秋姉がキッチンにやって来た。

 少し疲れた表情をしているが、実習最初の一週間が終わったおかげかスッキリとした表情にも見えた。


「明日の予定について話してたんですよ」

「そうなの? あ、そうだ! 明日、三人で遊ばない? 私が車出すしどっか行こうよ!」


 秋姉がテンション高めに提案してくる。

 これは断りにくい。どうすべきか迷っていると、黒井が口を開いた。


「いいですね! あ、でも佐々木は確か先約があったんだよな?」

「お、おう」

「そうなの? なら、仕方ないねー。じゃあ、雪穂ちゃんと一緒に女子会でもしよっかー」

「はい!」


 「どこ行くか決めなきゃ―」と言ってリビングの方に戻っていく秋姉。秋姉が離れて行ってから、直ぐに俺は小声で黒井に話しかける。


「ど、どういうつもりだよ。お前は明日来ないのか?」

「悪いな。でも、正直篠原さんの話も聞きたかったんだ。だから、お前は村野さんっていう男の人から話を聞く。私は、篠原さんから話を聞くことを目標に別行動しよう」

「そういうことか……。分かった」


 どうやら黒井なりの考えがあっての行動だったらしい。

 俺一人というのが少し心もとないが、目的達成のためにしっかりと頑張るとしよう。


 その後は特に何事もなく、一日が終了しただ

 強いて言えば夕飯が魚の煮つけだったことくらいだ。美味しかった。



********



 翌日の午前中、黒井にしっかりやれよと伝えられた俺は家を出て駅に来ていた。

 秋姉の通っている大学までは電車と徒歩で一時間程度。高校生の俺からするとちょっとした冒険気分だ。

 駅の中で切符を買い、ホームへ向かう。


「「あ」」


 何故かホームには尾田九朗の姿があった。バンダナの色は桃色だった。


「じ、次郎殿? どうしたのですか? このような休日に朝から一人でお出かけとは珍しいですな」

「いや、ちょっと用事があってさ。九朗こそどうしたんだよ?」

「拙者も野暮用というやつですぞ」


 「ははは」と互いに乾いた笑い声を上げる。最後に会った時の別れ方が別れ方なだけに気まずかった。


「え? 九朗もこの電車なのか? 奇遇だな」

「そ、そうですな!」


 更に、九朗の行先も俺の行先と同じ方向らしい。

 土曜の午前ということもあり、電車の中には結構な数の人がいた。そんな中、俺と九朗はたまたま人三人分程度のスペースがある席に隣同士で腰かけた。


 互いに何を話せばいいか分からない気まずい沈黙が流れる。そこに追い打ちをかけるように、一人の男が車内に駆け込んできた。


「ふー。危なかったべ。危うく電車を一本逃すところだった……べ?」

「「まじかよ」」


 その男は派手島拓郎だった。

 こうして、何故か解散した俺たち軽音部は電車の中で不本意な再会を果たすことになった。



******



「ポッキー食べる?」

「あ、じゃあ、貰うべ」

「なら、拙者も」


 俺が差し出したポッキーをおずおずと受け取る二人。

 ガタンゴトンと電車に揺られること三十分。驚くべきことに未だに九朗も拓郎も電車を降りる気配が無かった。


「二人とも、何処に行くんだ?」

「あー、俺は○×駅だべ」

「奇遇ですな。拙者もそこですぞ」

「まじ? 俺もだ」


 なんと三人とも目的地は同じだという。

 偶然の一言で片づけられることでもあるが、俺にはそうは思えなかった。


 恐らくだが、この二人は秋姉関連で何かを狙っているとみた。確か、秋姉がどこの大学に通っているかは色んな生徒が聞いていたから、ある程度広まっていてもおかしくない。

 大方、秋姉が大学の近くに暮らしていると思っている二人は秋姉に会えることを期待してわざわざ電車に乗ったというところだろう。


 確実に会える保証も無いのにそんなバカなことを貴重な土曜にするのか? という声も聞こえてきそうだが、この二人ならやると言い切れる。

 元々、モテたいという理由だけでライブハウスにまで通うほどの行動力を発揮する二人だ。

 休日を潰すくらい何の躊躇いもないだろう。


『○×駅ー。○×駅ー。お忘れ物にはご注意ください』


 電車のアナウンスが響き、扉が開く。それと供に、俺たち三人も一斉に席を立ち、外に出ていった。


「それじゃ、俺はこっちだから」


 二人に手を振り、大学方面に向かう。

 だが、二人は何故か俺についてきていた。


「なんでついてくるんだよ」

「いや、俺もこっちに用があるべ」

「拙者もですぞ」

「まさかとは思うけど、お前ら秋姉に会うためにわざわざこっちに来たんじゃないだろうな?」


 俺が尋ねると、二人があからさまに視線を逸らす。

 やはり図星だったらしい。


「言っとくけど、秋姉は今俺の家に泊まってるからこっちいないぞ」

「「はあ!?」」


 思わず耳を塞ぐ。


「ど、どういうことですぞ!?」

「そ、そうだべ! もしや二人は既に付き合っているべ!?」

「ちげーよ。秋姉と俺が幼馴染だから、実習中だけ泊まってるんだよ。わざわざ片道一時間の場所から通うのもしんどいだろ」

「「なるほど」」


 二人とも一先ず納得してくれたらしい。

 もっと早く言ってやれば良かったかもしれないが、わざわざここまで来ることを選んだのはこの二人だ。

 運が悪かったと思って大人しく帰ってもらおう。


「じゃあな。また学校で会おうぜ」


 二人に手を振り、大学の方へ歩いて行く。

 見つかればいいんだけど……。



*******



 大学に辿り着いた俺は辺りをキョロキョロと見回す。休日とはいえ大学には大学生と思しき姿の人たちが大勢いた。

 それにしても、大学生というのはどうしてこんなに大人っぽく見えるのだろうか。特に女子大生は皆綺麗で思わず目が惹かれてしまう。

 やはり化粧か? 化粧なのか?

 それでも、黒井の方が可愛いような気もする。

 もし黒井が女子大生になったらどれだけ可愛くなるのだろうか。


「うひょー。女子大生ですぞ! 皆、可愛いですなぁ」

「べ! でも、篠原先生の方が可愛いべ!」


 横を見ると、いつの間にか九朗と拓郎がいた。

 二人とも女子大生たちを見て鼻の穴を膨らませている。


「何でいるんだよ」

「いやいや、折角ここまで来たんですから、篠原先生が育った大学を見ようと思っただけですぞ」

「そうだべ。ただ帰るのも勿体ないべ。それに、次郎が何かを隠してる雰囲気だったべ!」


 無駄に鋭い拓郎の勘が嫌になる。だが、付いてきてしまったものは仕方がない。


「邪魔だけはすんなよ」

「分かってますぞ」

「任せるべ」


 本当に大丈夫だろうか。

 まあいい。とりあえず村野さんを探そう。そう思って辺りをキョロキョロしていると、とぼとぼと肩を落として歩いている、見るからに幸薄そうな人を見つけた。

 あ、見つけた。



「村野さん、こんにちは」

「え……? あ、君は確か篠原さんの……」

「はい。幼馴染です」

「そして、拙者が篠原先生の伴侶候補筆頭ですぞ」

「違うべ。俺こそが篠原先生の運命の相手だべ」

「え、ええええ!?」


 初対面相手に秋姉の彼氏マウントを取りだす二人を睨みつける。その自信はどこから出てくるんだ。


「あの、違います。あくまでこの二人の自称なので気にしないでください」

「そ、そうなのかい?」

「はい。ところで、今日は村野さんに秋姉のことで聞きたいことがあって来ました」


 村野さんの表情が強張る。分かってはいたが、何かがあったことは間違いないようだ。


「よかったら、話を聞かせてもらえませんか?」


 村野さんは少しだけ悩む素振りを見せた後に、「場所を変えようか」と言った。

 どうやら、話は聞かせてもらえるようだ。

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