二十四日目

(何であんなことを言ってしまったのか)


 吉川に啖呵を切った高揚感は、わずか数時間で消え去ってしまった。後に残るのは、後悔と恐怖だけであった。


 帰った後もなかなか眠りにつくことができず、僕は日付が変わってしまった深夜の街でひたすらママチャリでさまよっていた。

 僕は吉川が、というよりアイツを含めスクールカースト上位の連中がつくりだす教室の同調圧力と言うのが、大の苦手だった。理屈は通じず、好きなものは否定され、やることなすこと干渉され、見た目とか家の事情とか本人にどうしようもないことを平気でからかってくる。そのくせ団体行動のときは、教師でもないのに仕切りたがって、やたら威圧的な態度を取り、怒鳴り散らして、ときには手をあげる。


(今でも思い出すと、息が詰まりそうになる……)


 僕は昔から、考えることが好きだった。考えて、言葉にすることが好きだった。しかしアイツらからしたら、そんな僕の言葉なぞ、やかましい虫の羽音に過ぎないのだ。ああ、言葉は既に無益なるのみ――


 ――人が一生懸命考えた言葉を、馬鹿にするんじゃねーよ!


 不意に、頭の中にある映像がよぎった。

 彼女だ。

 中学校のときの彼女だった。

 そうだ、あれは中学二年生の時。校内の読書感想文コンクールで入賞したときのことだ。クラスでは最優秀賞だった僕は、国語の授業中に音読させられたんだっけ。

 あの頃の僕は背伸びして、ジュブナイルやヤングアダルトを通り越していきなり岩波文庫に手を出し、読み漁りまくった頃だった。影響された僕は、やけにしゃちほこばった難しい言葉遣いを好み、その感想文でも濫用したのだ。言葉の雄勁ゆうけいさと釣り合わない、とちってばかりの弱々しい抑揚の音読を、吉川たちがからかったのだ。

 そしたら彼女が突然立ち上がって、そう叫んだんだ。

 彼女の言葉がなければ、僕は本を読み続け、考えて、言葉にし続けることは、できなかった。間違いなく。


(……なんで、こんな大切なことを今まで思い出せなかったのだろう)


 僕は彼女のわがままに付き合うことで、与えてやっている立場になったつもりだった。

 とんだ勘違いだ。おごりだ。自分のことしか考えられない不実な人間だ。

 僕はずっと、彼女に与えられてばかりだったのだ。


 ――返さなきゃ。与えられたものは、返さなきゃならない。


 僕にはそうする、責任・・がある。

 責任を果たして、伝えるんだ。


 僕の――心からの、真実の言葉を。


 気づいたら僕は、母校である中学校の前にいた。無意識のうちに向かっていたようだ。

 周囲は暗闇に包まれている。この辺りは畑や雑木林が多く、夜はとても暗い。

 見上げると、満天の星々が僕に迫ってくるようだった。

 もちろん錯覚だ。星は僕に向かって動いてなどはいやしない。だが、そう感ぜられてしまうのは僕の心が……「やらなければならないことをやる」という格率を遵守しようという僕の心が、いや増しに昂ぶっているからだろう。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと六日。

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