二十一日目

 ベッドから起きたときには、お昼を回っていた。


 昨日は彼女と別れた後、僕は倒れるように寝た。だがぶっ続けで眠れたわけではなく、クーラーがタイマーで切れては目を覚まして電源を入れて、ということを繰り返して寝たり起きたりしていたら、この時間になってしまったというわけだ。

 合計で十五時間は寝ただろうか。喉はガラガラだし、頭痛がする。僕は麦茶をコップ一杯飲んだ後、インスタントラーメンを食べてロキソニンを飲んだ。

 食事の後は、何もする気が起きなかった。昨日とおとといの反動だ。二日間は、何も考えたくなくて勉強をずっとし続けたのだが、今日は何かすることすら億劫になっていた。

 ベッドに横たわる。当然、眠くない。今日の夜も、眠れないだろう。


(駄目だ。家にいると鬱々として何もできない。外へ出よう)


 薬が効いてきて頭痛が止んだ僕は、駅の中央図書館へ行くことにした。いまから出ても、閉館時間まではまだ四時間ある。

 僕は簡単に支度を終えて、玄関の扉を開けた。




 外はうだるような暑さだった。階段を降りると、遠くの景色が陽炎で揺らいで見える。一階に着いた。駐輪場へ向かう。

 だがそこに、いるはずのない先客がいた。


「……よお」


 彼女だった。

 いつものジャージとクロックスのラフな格好ではなく、ジーンズに運動靴というバイト用の服装だった。

 僕は挨拶を返しつつ、その沈鬱な表情からこの時間に帰ってきた理由を察した。


「仕事分からな過ぎて、昼前で帰されちゃった」


 僕の嫌な予感は的中した。人間が心がけだけで、一日二日で変われるはずもない。


「……呑むかい?」


 他に労わる言葉があるだろう、と言ってから僕は思った。こういう時に本当、気の利かないヤツだ。


「いや、明日もバイト入ってるからいいわ……。ちな違う現場」


 彼女は生気のない声でそう言って、「じゃあな」と立ち去ろうとした。


「だったらお茶だけでも――」

「いいって!」


 彼女は差し出した僕の手を振り払った。


「わかれよ! そういう気分じゃねえんだ――」


 そこまで言って彼女はハッ、と何かに気づいたように目を見開いた。


「ごめん……、でも大丈夫だから。ヘンに心配するなって」


 そんな痛ましそうな顔をして、心配するなって方が無理あるだろ。

 だけど僕は、それ以上食い下がることはなく「そう……こっちこそゴメン」と謝って、彼女の背中を見送った。


 自転車の鍵を開けて、僕は団地を飛び出した。

 外は、憎たらしいほどに真っ青な空が広がっている。生命力を誇示するかのように葉っぱは青々と輝き、アブラゼミはやかましく鳴いていた。

 僕は、どうしようもなく無力だった。

 自分のこともちゃんとできない奴が、他人に何かしてあげられるはずがない?

 いや、そうじゃない。まず他者のために動くのだ。他人のために何かしようとすることで、他者が映し鏡となり自分を高めていくことができるのだ。

 だけど僕は、自分のことばかり考えている。自分の殻から一歩も踏み出せないものが成長することなど、あり得ない。

 僕はできないのではなく、やって来なかったのだ。そして、さっきもそのチャンスを不意にした。

 どうしようもなく後ろ向きで臆病な自分が、これほどまでにいやになったことはかつてなかった。

 収まったはずの頭痛がまた始まった。今日は、眠れなさそうだ。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと九日。

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