(2)

「着いたぞ、倉斗。降りろ。もうじき日が沈むから、その前にアイスを売りまくるぞ」


 叔父さんが言う。


「その前に、制服だとまずいんじゃないかな?」


 無許可のアルバイトをやるのだ。普通に考えて、見つかったら先生に何か言われそう。一度家に寄って着替えてくれば良かったと僕は後悔した。けど今さらだ。


「じゃあ、着替えろ。そこにオレの予備の服がある。ベルトを締めればサイズもなんとかなるだろ」


 ド派手な赤のアロハシャツがあったが、僕の趣味とは真逆だ。


「他に無いの?」


「無い。諦めろ。急げ。先に行ってるぞ」


 叔父さんはそう言って一人でアイスボックスを担いで持っていく。


「わかったよ」


 車の中で着替えていると、バンのスライドドアが開いた。僕は叔父さんが戻って来たのかと思ったが、ドアを開けたのは女の子だった。


「ひゃっ、す、すみません、き、着替え中だとは知らなくて」


 彼女が慌てた様子で謝る。ショートボブの髪だが、前髪が長めで片目がすっぽりと隠れている少女。その大きな瞳は優しそうにも見えるけれど、ミステリアスな印象が強い。


「え? ああ、うん」


 下の短パンはもう着替え終わっており、アロハシャツのボタンをはめているところだったので、特に被害というほどのことはなかったのだが、その女の子は慌ててドアを閉めた。


「誰? 車を間違えたのかな?」


 首をひねるが、ま、他に考えようが無い。叔父さんは離婚して今は独身だし、子供もいない。

 でも、今の子、どこかで……見た気がする。

 着替え終えて車を出ると、その子がまだ側にいた。


「あっ」


「君って……」


「ど、どうも、つ、月野です」


「ああ、なんだ、月野さんか。髪型を変えてるから、ちょっと気が付かなかったよ」


 うちのクラスの女子だった。いつもは前髪で両目がほとんど隠れる感じにしていて、すごく地味でどちらかというと暗い印象だった彼女は、今はどうしてか、可愛い上に少し明るい印象になっている。制服ではなく、水しぶき模様を派手に散らした柄もののTシャツを着ているせいかもしれない。Tシャツの下は水着のようで、何も穿いていないようにも見えてしまい、思わず白い太ももに目が吸い寄せられてしまった。


「はぅ」


 僕の視線を感じたか、月野明莉は恥ずかしそうにTシャツを下に引っ張る。


「あっ、ごめん」


「おーい、倉斗、明莉、何やってる。早く持ってきてくれ」


 叔父さんが向こうから呼んだ。


「そうだった」


「私も手伝います」


「そう? ありがとう。あ、ひょっとして叔父さんにバイトで雇われたの?」


「いえ、バイトではないですけど、浦間さんの――」


「おーい!」


「今、持っていく! 歩きながら話そうか」


「そうですね。んしょっと」


 月野がアイスボックスのベルトを肩に引っかけたが、彼女の小柄な体では少し大変そうだ。


「無理しなくても、僕が全部持っていくから」


「いえ、平気ですから」


 砂浜に向かうと人が大勢いた。スニーカーを履いていても砂が熱い。

 叔父さんはビーチパラソルを空いた場所に立てると、一本四百円と書かれた看板を立てていた。


「叔父さん……これはいくらなんでも高すぎるんじゃない? 売れないと思うけど」


 一本百円くらいのアイスだから、四倍の設定だ。正真正銘、完全なるぼったくりだ。


「いいんだ。見てろ」


 叔父さんはそう言うと拡声器を持ってスイッチを入れた。


「えー、本日売れ残りのアイス、ただいまからタイムセールを始めます。三十分限定、なんと半額! 半額で在庫限りの出血大サービスです!」


 なるほど、看板には元値四百円と設定して、安く見せかける作戦か。ただ、こういうのって価格表示に関する法律があったような気がするけど。


「叔父さん、法律は大丈夫なの?」


「なあに、そこも問題ない。商工会と役所で臨時営業の許可も取ってあるから、オールクリアだ」


 そこはこういう商売に手慣れている叔父さんだから信用しておこう。肝心なところで嘘を付かない人だし。


「一本ください」


「はいよ。一本半額で二百円! 消費税込み!」


「ええ? 高いな。まあいいや。はい、二百円」


「お兄さん、こっちも頂戴。その苺味」


「はい、どうぞ。二百円です」


「こっちは小豆で」


「はい、どうも、ありがとうございます」


 次々とひっきりなしに水着姿の客が集まり、あっという間に売り切れてしまった。


「すごいな。本当に売れるとは思わなかったけど。倍の値段なのに」


「私も……」


「はは。人ってのはな、暑い砂浜で目の前に冷たいアイスがあったら、百円くらい上乗せでも買いたくなるもんだ。値段は大して問題じゃないぞ。その場の臨場感や雰囲気のほうが大切なんだ。大勢のお客さんが買ってたら、自分も欲しくなる。集まれば何かと思って気になって見に来る。その場の空気を作りあげるのが、本物の商売だ。二人とも良い勉強になっただろう」


「まあね」

「はい」


 将来、何の役にも立ちそうにはないけれど、勉強になった気がする。人が大勢集まっている怪しい店には入らないようにしよう。


「さて、じゃ、オレはちょっくら機材を取りに行ってくるから、倉斗と明莉はここの後片付けを頼む。ゴミ袋はこれだ。燃えるゴミはこっちの袋だな」


「わかった」


 その場に落ちているアイスの袋や捨てられた木の棒をつまんで放り込んでいく。


「そういえば、月野さんはなんで叔父さんを手伝ってるの?」


 僕は何気なく聞いた。

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