Free Sound

あさひA

第0話:プロローグ

「今でも忘れやしない。俺の人生が変わったのは、20XX年5月2日の日本武道館だった……あのライブを見た日から俺のバンド人生は始まったんだよ! あの頃は小さなライブハウスがやっとだったけどさ8年かかって、8年かかってやっとあの頃見たステージに立つことができたよみんな!」


 彼がそう言い放ちマイクを天に掲げると、ライブ会場全体が揺れていると錯覚するほどのエールが彼らに送られる。


「きこえてるか? 届いてるか? 俺たちの思いを受け取ってくれ武道館!!」


 会場は先ほどよりもさらに大きな盛り上がりを見せる。


 そして2時間後、本日最後の曲のイントロが流れ始める。


「今日まで応援してくださったファンの皆さん本当にありがとうございます。最後の曲はまだ未発表の曲です、俺たち5人の過去の悔しさや楽しさ辛さ全てを乗せた一曲です。今何かに行き詰まっている人がいれば、この曲を聴いて一緒に前に進んでいきましょう」


聞いてください『Free』


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 彼らの行ったライブは結果から言えば大成功した、と言うほかない。


 しかし、一部のネットの声には『まだ未発表の曲をやるのは、ライブに行けなかった人からすると不公平だ』『過去の辛い話を曲にすればみんなついていくと思ってんのかな?』などなど、批判的な声もチラホラ見受けられた。


 その頃彼らはと言うと、


「あ、まーた批判コメ見つけちゃったよ〜、萎えるわ〜……」


 批判コメントを見てしょげているのは、暁 悠真あかつき ゆうま


 このバンドのヴォーカルであり、何を隠そうこのバンドをつくった人物でもある。


「そのくらい目を瞑ってやれよ、何回も見てきたろ?」


「いや、そーだけどさ……やっぱ辛いもんは辛いじゃん」


 しょげている悠真に華麗な正論パンチを入れたのはベースを務めている進藤 和成しんどう かずなり。皆からは『かず』と呼ばれている。


 かずは悠真と小学校時代からの幼馴染で、昔から何かとバンドや悠真の面倒を見てきた、いわゆるみんなの母親のような存在だ。


「まぁ、わからんこともないけど。見たくないならエゴサしなけりゃいいじゃん」


「反応って気になるじゃん! 応援されてるってわかると『もっと頑張ろう』って思えるしさ」


「ポジティブで羨ましいよ。まったく」


 悠真のスーパーポジティブ思考に、和成は小さくため息混じりな返答をする。


 でも、そのポジティブさが沈んだ空気を一気に明るい方向に持っていってしまうのだから皮肉なものである。


 


「そろそろお時間です。皆さんスタジオの方まで来てください」


 若いADが部屋のドアを開け、集合の時間を知らせに来た。


 現在、和成と悠真以外のメンバーは仮眠をとっているので、和成が手振りで「わかりました」と合図をして、ADには先にスタジオの方へ向かってもらう。


「おい起きろ! もうすぐ収録だぞ!」


 メンバーの残り3名をなんとか起こして、収録が行われるスタジオへと向かう。


 スタジオの裏に着くと既に番組の司会の人が話しはじめており、本当にすぐに呼ばれる状況である。


「それでは皆さん本日のゲスト『Phantom Soundファントムサウンド』の皆さんです! どうぞお入りください」


 司会の掛け声に合わせてスタジオに入ると、出演しているアーティストやタレント、番組を生で視聴している観客の人から盛大な拍手で迎えられる。


 メンバー4人は堂々としているのにも関わらず、1人だけ鼻息を荒くし顔を真っ赤にして席に座る男が1人。誰であろう。悠真である。


「ちょっと悠真さん、めっちゃ緊張してますね! 焦って転けたりしないでくださいよ〜」


 悠真のあまりの緊張具合に、司会も我慢できなかったのだろう。普通持ち上げられるはずのゲストが弄られはじめてしまった。


「ダ、ダイジョウブデス。ガンバリマス」


「すみませんね、こいつあがり症なんですよ〜。慣れない場で顔を出すとこーなるんです」


 和成のナイスフォローにより、少し歪んでいた空気も綺麗に笑いの方へ向き事なきを得る。


「そんなんでよくヴォーカルが務まるもんやな」


「そうですね。確かに俺たちもこいつには振り回されてばっかりですけど、救われたこともたくさんありますから」


「ほーん、見た感じ全員バラバラの色しとるけど、どう言う風に出会って結成したん?」


「うーむ、そうですね……では少し俺たちの昔話でもしましょうか」


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