第21話 襲われた宿屋の娘!

 ここはドブ―の王都にほど近い港街ブッタンである。


 海風が強く、陸揚げされた魚の匂いが漂ってくる。市場近くの路上には多くの露店が店先を並べ、新鮮な魚介類を威勢よく売る声が通り過ぎる多くの人々の注意をひいている。


 ここの市場の海鮮丼は美味かった。俺は腹を撫でつつ辺りを見回した。


 まもなくこの街で年に一度の収穫祭が開かれる季節である。その飾り付けの準備も進んでいる。街並木に色とりどりの灯りを下げるらしい。


 海の幸と山の幸を持ち寄って交換するという伝統的な祭りにはあのタヌキ親父(国王)も顔を出すはずなので、何か仕返ししてやろうと思ってここに潜伏せんぷく中というわけだ。


 タヌキ親父(国王)がいつ街に入るかは誰も知らない極秘事項だが、近衛兵が遅くともその3日前には街に入るのでおおよその日にちは分かるはずだ。


 あいつの困った顔を見たくて、王家が祭りで使う収穫前のキャベツ畑を踏み荒らしたり、王の代理の神官が乗船予定の船底に穴を開け、王が礼拝する神像をぶっ倒したり……。


 もう思いつく限りの悪事(国王への嫌がらせ)を働いたので、この辺りでは豚紳士の名はもはや知らぬ者はいない。俺も悪者としてかなり知名度が上がったものだ。


 「さて、これだけ悪いことをしてきたのだ、かなりレベルダウンしただろう、いやしたに違いない!」


 俺はへそに特殊器具を押し付けた。

 水桶の神の祝福を受けた魔道具の表面にぼわんと文字が浮かぶ。これは水桶の神に祈るための祭壇が無い場所で簡易的にレベルを知る道具だ。脳裏に浮かぶ水桶の状態を大雑把に数値化して表示する。


 勇者レベル97……


 「ちょっとまて、この前はレベル95だったよな。どうしてまた上がっている? もっと悪いことをしないとダメなのか?」


 おかしい、何が間違っている?

 だが、上がってしまったものは仕方がないのだ。


 もっと悪事に手を染めなければ、いつまでたっても正義の勇者のレッテルを貼られ続け、真っ当な凡人として生きることができないだろう。それは困る。


 「早く凡人になりたーーい!」


 うーーん、もっと悪い事と言ったら、人殺し……いや、元勇者としてはそれだけは嫌だな。


 そうだ! 誘拐か?

 人さらいなんてどうだろう!


 うん、確かに悪党が良くやる悪事だが大概は成功しないな。何かうまくやる方法はないものか。


 うーーん、と人気のない路地裏を考え込んで歩いていると、角を曲がった瞬間に、フワっと軽く何かに足が触れた。


 「ぶぅぎゃああああーー!」


 かすっただけなのに、パンツ一枚の野郎が吹っ飛んで家の壁に激突し、白目を剥いた。


 おお、前をよく見ていなかったからだ。道端に屈んでいた奴がいたとは。


 手足が変な方に曲がっている気がするが、そいつもただの人間にしては一瞬で爆散したり、四肢が吹き飛んだりしなかっただけ大したものだ。ほめてやろう。


 うーーむ。住民に暴力をふるったことになれば、今ので悪行ポイントも加算されただろう。


 それはそれで良しとして、男は助けもしないで見捨てよう。うん、それが悪者というものだ。


 「ん?」


 男が失神している反対側を見ると愛らしい娘が猿轡さるぐつわをされてもがいていた。

 スカートがめくれて太ももまで露わになっているが、その大きな胸の谷間に目が吸い寄せられた。

 どうやらさっきの男に乱暴されかかっていたらしい。


 もしかしてこの娘を助けてしまったか?


 不味い、これではまたも勇者ポイントが加算されてしまうじゃないか。


 見捨てるべきか? 悪者の俺としてはそれが正解だ。しかし、娘一人助けたりしたくらいで勇者ポイントが上下したりはしないだろう。


 「捕まっているのかな?」


 娘はうんうんと大きくうなずいた。

 しょうがない、見なかったふりをするには思い切り目が合ってしまった後だ。


 「動くな、じっとしているんだ。触れると危ないぞ」

 俺は猿轡を外すと、ナイフで娘の拘束を慎重に切った。


 一応革手袋をしているものの、レベルの低い相手にはあまり効果がない。

 うかつに娘に触れてしまうと勇者パワーに耐えきれず即死する可能性だってある。いや、十中八九、大爆散してグロい光景が出現するのは間違いない。


 「助けていただきありがとうございます。見かけない仮面ですが冒険者ですか?」


 今の今まで即死の危険と隣り合わせだったとは露ほども思っていない表情で娘は少し口元を緩めた。


 「うむ、そんなところだ」


 俺は立ち上がって威風堂々腰に両手を当ててうなずいた。

 俺の股間が娘の顔の前でもっこりしてしまったが、娘は意外に気にしていないらしい。


 「もしかしてこの街には初めてですか?」


 娘は立ち上がってスカートの汚れを払った。

 化粧ッ気がないがすっぴんにしては器量良し、それに何より意外に巨乳でびっくりだ。ついつい視線がその豊かな谷間に吸い込まれてしまうのもしょうがない。その愛らしい顔でその巨乳とか、男が色香に迷うはずだ。


 「うむ、今朝着いたばかりだ、この街に来たのは初めてだ」

 「まあ、もし宿が決まっていなかったら、宿屋「オオカミと中年亭」にお泊り下さい! 安宿ですが、私の働いている宿なのですわ」


 ぱあっと顔を輝かせたが、助かって早々に店の宣伝とは、意外に彼女はしたたかで商売上手なのかもしれない。


 「気が向いたら行ってみよう」


 「ええ、ぜひ来てください! 「オオカミと中年亭」にごひいきを。お礼にサービスしますから! あ、それではこれで!」


 そう言って娘は丁寧にお礼を言うと、手を振りながらダイナミックに胸を揺らし、大急ぎで去っていった。


 娘が少し慌てた理由は分かっている。


 「うーーむ、なかなか可愛い子だった。だが、この体ではあんな子に触れることもできない、やはり早く普通の女の子とイチャイチャできるうふふな肉体が欲しいものだな」


 俺は大空を見上げ、背後でようやく立ち上がって短剣を抜いた男の股間を後ろ足で軽く蹴った。

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