退魔師

 金森家は、この地域で古くから退魔師として活動している一族である。表向きの顔は地主一族とされており、実際に所有している土地は多数存在するが、そのほとんどが何かしらの怪異と縁のある「曰く付き」の土地だ。そんな実情を知っているのは、金森家の人間を除けば、退魔師と相互に協力せざるを得ない一部の警察関係者などに限定される。

 事情を知らぬ外部から見れば、金森家は「警察とのコネクションを持ち、何をしているか不明瞭な、怪しい金持ちの一族」であり、先程のようなやっかみを受けることも珍しくはない。もっとも、退魔師としての活動に必要だからと法を破った上で黙認させることも少なくないのは事実だが。

 他人の苦労も知らないで気楽なことだ。怒りが静かに湧いてきたが、それを同級生相手にぶつけたところでなんの得にもならない。私は夜空を見上げて深呼吸すると、真正面に立つ異形の存在に目を向けて口を開いた。

「最近、この辺りで通り魔被害が増えているらしい。そのうち一件は、現場が人通りの少ない路地だったせいで発見が遅れ、生きるか死ぬかの瀬戸際で辛うじて助かったそうだ。……お前の仕業だろう?」

「ヒ、フヒ、誰じゃ、お前。ただの人間に、儂の姿は見えんはずじゃが」

「私は金森かなもり紫雨しぐれ、退魔師さ。悪いけど、お前にはここで死んでもらう」

「退魔師? ああ、そうかそうか、金森の……。それは聞き捨てならんのう。お前の一族には、儂の同胞が何人も殺された」

「知ってるよ、そんなこと」

 私がそう吐き捨てた、次の瞬間。風になびく古布めいた姿をしていた怪異は一瞬で姿を消し、代わりに見えない突風の刃が襲いかかってきた。

 左腕、頬、右脚、額、背中、至るところに浅い切り傷が出来ていく。しかし、気に留めているのは時間の無駄だ。私は蛇の骨で作られた呪符を袖の内側から取り出し、握力に任せて握り砕いた。

 途端、吹き荒れていた風はぱたりとやみ、代わりに呻くような声とともに先程の怪異が姿を現す。雌雄の区別も曖昧な怪異は戸惑った様子で身をよじり、目があるのかは分からないが、恐らく私を睨みつけているようだった。

「な、なんだ、これは……!?」

「お手製の呪符だよ。いや、呪符というよりは呪具かな。なんでも良いや、効き目があるならそれで十分」

 今度はこっちの番だ。私は地面を強く蹴り、古布めいた怪異のすぐ目の前へと距離を詰める。怪異はなにか抵抗する素振りを見せたが、もう遅い。どの部位かも分からない体の一部を強引に掴んで力任せに引き千切ると、古布の怪異は悲鳴を上げながらじたばたと無茶苦茶に暴れまわった。

「あぁぁぎぃあああああっ! な、何故、人間の腕力で、儂の体が……ッ!」

「低級怪異の分際で、人を襲うからこういうことになるんだ。大人しくしていれば、退魔師から狙われることもなかっただろうに」

「い……嫌だ、嫌だッ、儂は! 儂は死ぬのか!? 儂は──」

「うるさい」

 引き千切った体の片方が一瞬で消え失せたので、私は残された顔らしき部分を両手で掴み、今度は縦に引き裂いた。すると、喚いていた怪異の声も聞こえなくなり、私の手に残されたボロ布のような体も、先程と同じく朽ちるように消えていく。

「……終わりか。大したことなかったな」

 私は溜息をつき、ブレザーの胸ポケットからスマートフォンを取り出した。ロック画面には「父」という名が登録されたアカウントからのメッセージが複数届いていたが、私はそれを見ることなく通話アプリを起動し、自宅の電話番号を打ち込む。内容が分かりきっているメッセージに目を通すなんて、無駄の極みだ。

「もしもし」

「ああ、紫雨しぐれか。終わったのか」

「確実に仕留めましたよ。これで、一連の通り魔被害は収まるはずです」

「そうか、ご苦労」

 それだけ告げると、金森家現当主──金森かなもり蒼司そうじは、早々に通話を終えた。実の娘を相手に、なんとつまらない対応か。文句の一つも言いたくなるが、それが無意味なことは私も十分に理解している。舌打ち混じりにスマートフォンを胸ポケットにしまいながら、私は夜空を仰ぎ見た。

「本当に、どいつもこいつも──」

 私は自分の胸に湧き上がってきた怒りを自覚すると、言いかけた言葉を半ばで飲み込み、大きく溜息をついた。

 大丈夫、万事順調だ。これは回り道でも、ましてや停滞でもない。私は必ずあの子を救う。その日は決して、遠い未来などではない。

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