策謀
気がつくと私は、薄暗い室内に横たわっていた。
「ここは……そうか、あの術式で異空間に。では、勇者もどこかに居るのか?」
軽く周囲を見渡してみるが、見える範囲に勇者の姿はない。天井も、壁も、床も、視界全てがラピスラズリのような深い青色で気味が悪い。どうやらこの空間は、狭い通路が入り組んだ迷路のような場所らしい。魔王を閉じ込めて外に出さない、という目的の為に作り出された空間だろうか。恐らく、真っ当な出口は存在しないだろう。
じっとしていても状況が変わることはない。私は多少の焦りを感じながらも、まだ自分が死んでいないという一点に希望を抱いて歩きだした。脱出方法が見つからないとも限らない。それに、気になるのは勇者のことだ。彼が最後に見せた、あの表情。どうも私は、この術式が勇者の作戦だとは思えない。もしもその予想が正しければ、勇者もまた、無限回廊じみたこの空間から脱出する方法を探しているのではないか。
「しかし、狭いな。狭い上に広い。……それに、硬い。なるほど、力尽くで脱出するというのは無理がありそうだな。流石は魔王を囚える為に用意された牢獄、と言ったところか」
壁を壊せないかと剣を振るってみたが、結果は表面に傷がつく程度。鎧程度ならば簡単に斬り裂けるこの剣でこの始末となれば、壁を壊すことにこだわるより別の方法を探した方が得策だろう。
目眩がしそうな青。どこまで行っても青。青、青、青。聞こえる音といえば自分の足音くらいで、勇者の気配は感じられない。いつまでもこんなところに居ては、気が狂ってしまいそうだ。そんなことを考えながら私は、既視感のある曲がり角をいくつも通り過ぎていた。今までにどこを通り、どこを通っていないのか、もう全く分からない。勇者と刺し違える覚悟はしたつもりだったが、こんな所で野垂れ死ぬのは御免だ。どうにかして脱出する方法を見つけなければいけない。
「……ん?」
すっかり同じ光景が続いて頭が鈍り始めてきた頃、通路の角を曲がった私の視界に変化が訪れた。今までは同じ幅の道が延々と続いているだけだったが、前方に部屋と思わしき明るく広い空間が見えたのだ。そして、それだけではない。部屋の中心には人影がある。まだ少し距離が遠くて分かりづらいが、恐らくは勇者だろう。目覚めた地点からどれだけ離れたのかも分からないほど歩き続けた今、進展と呼べるこの発見は私にとっていくらか喜ばしい出来事だった。
「まずは話をせねばいけないからな。殺し合うのは、その後だ」
視線の先、人影の佇む部屋に向かって、私は真っ直ぐに歩を進める。人影はこちらに体を向けた状態で立っているようにも見えるが、私の接近に気づいていないのか、微動だにしない。私にはそれが少し奇妙に思えたが、どちらにせよ、近づいて確かめれば分かること。少し歩調を速め、私は通路を抜けて部屋へと足を踏み入れた。
「また会ったな、勇者シシアよ。魔王の命乞いを聞く気はないか? 私は──ッ!」
一瞬の出来事だった。殺意も、敵意も、何も感じられなかった。否、それだけじゃない。この空間へ来るまでは絶えず感じていた死の恐怖、それさえもなく。勇者は、何の前触れもなく剣を抜き、目にも留まらぬ速さで私の喉元へ斬りかかっていた。
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