エピローグ:悪役令嬢は一歩を踏み出す
窓辺の席で、イケメンたちがケーキを食べている。
ゲームには無かったその光景に、私は思わず顔を緩ませた。
「イケメン大渋滞……尊い……」
そう言って拝み、心のカメラでその様子を激写する。
でもひとしきり堪能すると、不意に寂しさが胸をよぎった。
遠くで笑っている彼を見ているうちに、前世の記憶を不意に思い出したのだ。
――
そう呼ばれていた頃から、彼は人気者だった。
人たらしである彼は誰からも好かれ、老若男女問わず皆が彼を慕っていた。
たぶん私の他にも、彼に恋をしていた人はいただろう。
一方私は魅力も未来もなく、関わった人たちを不幸にしてばかりだった。
だから必要以上に近づかないように、好きにならないようにと、いつも言い聞かせていたように思う。
それでも惹かれる気持ちが止められなくて、最後はなるべく顔を合わさないようにゲームに夢中になったふりさえした。
だって本気で好きになったら、別れが耐えられなくなるのは目に見えていた。
死にたくないと情けなく縋ってしまいそうだったし、そんな姿を見せたら嫌われてしまうと、私は怯えてばかりいたのだ。
そしてあのころ、私は辛い現実を誤魔化すためにある願掛けをしていた。
願掛けのはじまりは、スマホ版の悪魔と愛の銃弾だ。
そこで描かれたアシュレイの末路を嘆きつつ、もし破滅の運命から彼を救えたら、アシュレイによく似た光則さんの病気も治るような気が、不思議としていたのだ。
今思えば、いずれ二人の運命が重なることを予感していたのかもしれない。
でもそうとは知らず、不思議な感覚に導かれるように私はアシュレイを救おうと必死になっていた。
ゲームの彼が救われれば、彼は生きながらえられる。
私とは別の健康な恋人を見つけ、恋愛ゲームのような幸せを手に入れる。
そんな未来がきますようにと願い、私はゲームに没頭したのだ。
でもアシュレイ救済ルートはちっとも見つからず、死ぬ間際も私は選択肢を間違ってしまった。
私の選択のせいでアシュレイが殺されてしまった時の絶望は、生まれ変わってもなお私を縛るほどだった。
不思議な予感を覚えていたとはいえ、何の意味も無い勝手な願掛けだったと今は思う。
けれど心も体も弱っていた私は夫ではなく、ありもしない希望にばかり縋っていた。そのせいで彼が悲しんでいることにも気づかず、自分勝手な思いばかりを優先し彼を孤独にした。
そしてそれを知った今もまだ、私は一歩を踏み出す勇気が出せずにいる。
前のように、彼と距離を取ろうという気持ちはもうない。
この後の運命がどうなるかはわからないけれど、アシュレイと二人ならば乗り越えられるという自信も今はある。
だがそれでも勇気が出ない。
それに素直になれないのには、ある理由もあった。
「そんなに熱い視線を送るなら、彼の隣に行けば良いのに~」
突然の声をかけられ、私は小さく悲鳴を上げる。
慌てて横を見れば、いつの間にかセシリアと父が隣に立っていた。
「な、なんでここに!?」
「私はカイン様の監視」
「俺はマルから貰った薬をアシュレイに届けに来ただけだ」
アシュレイは元気そうだが、念のため悪魔の力を抑える薬を持ってきたのだと父は言う。
「それで、お前はなぜこんな所にいる?」
「な、なぜって?」
「どう考えても、あの中にいるべきだろう」
父がアシュレイたちの方を指させば、私に代わってセシリアが口を開く。
「お姉様、この期に及んで素直に甘えられないんだって」
「ちょ、ちょっとセシー!?」
「それに、このところのアシュレイ様はイケメン度増し増しでお姉様に迫ってるから、どんな顔すれば良いかわからないみたいなの」
「あいつ、ついに本気を出したのか」
父は感慨深そうな顔をしているが、私にとってこの状況は一大事なのだ。
だってアシュレイは元々かっこよかった。前世の彼も、滅茶苦茶かっこよかった。
少々変態的なところもあるが、優しいし、甘いし、抜けてるところも可愛いし、とにかく私の理想が服を着て歩いているような人なのだ。
一方私は誰かに言い寄られたことはなく、恋愛もゲームの中だけ。そもそも私はヒロインと己を重ねるタイプではないから、自分が恋をしているという感覚でもなかった。
なのにいきなりイケメンレベルがカンストしている相手に迫られて、どう対処したら良いかわからない。
その上好意を受け入れないようにしていたクセが抜けず、つい素っ気ない態度を取ってしまうのだ。
「ちゃんと甘えておかないと、愛想尽かされちゃうよ?」
「わ、私だってわかってるわよ。ツンデレなんて今更流行らないし、『私なんて』とかウダウダしてる女子がウザいのもわかってるのよ……」
でも彼に迫られると素直な言葉は出てこないし、真っ赤になって『無理!』と叫んでしまうのだ。
とはいえそれが良くないのはわかっている。
せっかく覚悟を決めてくれた彼に、そろそろ報いるべき時なのだ。
それに私はもう、病室から出れないあの頃の私ではない。
「そうよ。私は悪役令嬢……それも破滅フラグをへし折った悪役なんだから」
前世で覚えた後ろめたさをかなぐり捨て、そして私は大きく息を吸う。
そして父の手から、私はアシュレイ用の薬を奪った。
「ねえお父様、アシュレイからパパって呼ばれる覚悟はもう出来てる?」
「出来ているし、他にも色々と準備はしている」
父らしい背中の押し方に、私は歩き出す。
そしてカフェに入り、外から眺め続けたあの席に近づいた。
イケメンたちは、誰がアシュレイの一番になるかで喧嘩をしている。
もはやその展開は薄い本。一歩間違えればBL展開に発展してもおかしくなさそうだ。
でもそれに喜んでいた私はもういない。
ちょっとにやつきそうにはなるが、本気で恋をされたら困るのだ。
だから私は悪役令嬢らしく胸を張り、イケメンたちに纏わり付かれたアシュレイの腕を掴んだ。
「どうせ私には勝てないんだから、不毛な争いはおやめなさい」
そして私は、恋人の手を取って店を出た。
「お、おいっ、一体どこへ行くんだ!?」
驚きながらも、どこか嬉しそうな声でアシュレイは尋ねてくる。
その声に釣られるように、私は明るく声を張り上げた。
「どうせなら、特別なデートに行きましょう。ゲームで使い古されたカフェなんかより、きっと素敵な場所があるわ」
ゲームのデートシーンは素晴しいし、あのカフェは素敵だ。
でもせっかくなら、誰かのまねではない特別なデートを彼としたかった。
そんな思いを汲み取ったように、アシュレイが私の隣に並ぶ。
気がつけば手を取られ、恋人らしく指が絡む。
恥ずかしさはあったけれど、その手を私はぎゅっと握り返した。
途端に情けなく緩むアシュレイの顔は、ゲームの時と違って情けない。
けれどそういうところが、私は好きでたまらない。
「なら街の反対側まで行こう。ゲームには出てこない地区だけど、デートスポットが沢山あるみたいなんだ」
アシュレイの微笑みが、前世の――初めて出会った時のものと重なる。
その微笑みを見ていると、あの瞬間から今までずっと、彼は私を愛してくれていたのだと改めて気づかされる。
そしてその愛があれば、もう怖い物などなかった。
「ああくそ、夢みたいだ……。これなら俺の野望が叶う日も近いかもしれない……!」
「野望って大げさね。どうせ、そのポケットの指輪をどうにかしたいだけでしょ」
「な、ななななッ、なんで……!?」
「私だってあなたのことずっと見てるもの。行動も考えも、今はもうお見通しなんだから」
そして肝心なところでヤラかしがちなアシュレイは、きっとプロポーズに失敗するに違いない。そんな予感に、私は「行きましょう」と微笑んだ。
そして私たちは、悪役とは思えぬ幸せな笑顔で歩き出す――。
きっと私たちは、物語通りの道を進まない。
決められた通りの恋もしない。
でも動き出した私たちの恋は、ゲームで見たどのエンディングよりも素敵な結末になるに違いないと今は信じている。
悪役令嬢と二度目の恋を!【END】
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