第17話:騎士は別れの夢を見る
ギーザの側で寝落ちしたからか、俺は珍しく生まれ変わる前の夢を見た。
ただしそれは、幸せとは言えない夢だった。
『たぶん、この数日が山場でしょう』
夢の始まりは、ドラマの台詞を思わせる医者の言葉だった。
その言葉にはっと目を開ければ、ぐったりと目を閉じた彼女が横になっているのが見える。
その傍らでは彼女の両親が「どうにかならないのか」と泣きながら医者に縋り付いていた。
しかし医者の言葉が撤回されることは無いと、俺は知っていた。
『――アシュレイ』
苦しげな吐息と共に、彼女が小さな声でその名を呼んだ。
現実ならば喜べるその名も、夢の中では違う。
それはまだ、俺の名前ではないのだ。
そしてそれがたまらなく悔しいと思ったところで、俺はこれが自分の過去であることを思い知る。
前世から持ち続けた記憶の中でも、一番辛くて苦しい時間の記憶だ。
『アシュレイ……』
もう一度その名が呼ばれると胸が痛み、俺の感情は過去の自分に重なっていく。
彼女と俺は夫婦だ。でもそれは俺の強引な提案がきっかけで、彼女に俺への好意はかけらもないと分かっていた。
けれど死ぬとき、名前を呼び手を握るのは俺だと、心のどこかでは思っていたのだ。
しかし現実は、そうならなかった。
彼女の心に寄り添うのは俺ではなく、この世に存在しない二次元の男なのだと分かった時の苦しさが、俺の胸を抉る。
『……お願い……スマホを…とって……』
『だめだ、今は寝ていないと』
『お願い、彼を……アシュレイを見たいの……』
そしてそれが、彼女の最後の望みだった。
震える指が触れたいのは俺ではないことに絶望しながら、お願いと繰り返す彼女を不安にさせたくなくて、必死に笑顔を貼り付けた。
それから医者に許可を貰い、俺は痩せ細った手にスマホを握らせてやる。
病状が悪化するすこし前から、彼女はスマホのゲームに夢中だった。
悪魔と愛の銃弾のアプリが出たのだと笑って、俺のことなど無視でもするかのように彼女の心はゲームにとらわれていた。
でもせめて最後の瞬間は、アシュレイではなく俺を見て欲しい。
そう思いつつも、もしこれが本当の最後になるのだとしたら、我が儘は言えなかった。
『……なあ、俺を見てくれよ』
でもこれは夢だから、俺は懇願出来る。
スマホを握る彼女の腕を支えながら、もう一度だけ俺を見てくれと願うことが出来る。
『……また、だめだった……』
けれど夢の中でも、都合の良い奇跡は起きなかった。
かつて聞いたのと同じ、絶望に満ちた言葉をこぼすと共に、彼女の手からスマホがすり抜け地面に落ちる。
そして彼女の息は、静かに止まった。
慌てて医者が彼女に駆け寄り延命処置に入るが、それが無意味だと言うことも俺は知っている。
彼女はそのまま、遠くへ行ってしまう。
俺のことを最後まで見ないまま、愛さないまま、彼女は俺を置いて逝ってしまうのだ。
悲しみに暮れながら、俺は落ちて壊れたスマホを握り締めていた。
割れたディスプレイは真っ黒だが、きっとここには彼女の好きなアシュレイ=イグニシアが映っていたはずだ。
悲しいとも、悔しいとも違う、複雑な感情と虚しさを抱えながら俺はその場に崩れ落ちた。
『俺は、お前になりたかったよ……』
彼女に愛され、彼女の最期を見届けられたゲームのキャラに俺は本気でなりたいと願った。
それが叶うことになるなんて、思いもせずに――。
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