第8話:騎士はデートに出かける
デート――それは乙女ゲームにおけるひときわ重要なイベントだ。
いつかギーザとそれが出来たら、俺はきっと天にも昇る気持ちになるだろう。
そしてその日のためにと、俺はありとあらゆる恋愛指南書を読み、恋人をうっとりさせる言葉や仕草を学び、いずれそれを実戦する日を待ち望んでいた。
「アシュレイ! あそこでお茶を飲もう」
「お、おう」
なのに今、俺がデートをしている相手はカインだった。
学園のすぐ近く、女子生徒たちが休日になると詰めかける湖畔の街『レム』。
その中でも一際ファンシーなカフェにカインと二人で入り、俺たちは紅茶とケーキを嗜んでいる。
おかしい。俺の思っていたデートと違う。
これは薄い本で見た奴だ。プクシブでも見た奴だ。
ただまあケーキは美味い。紅茶も美味い。
そして向かいの席でケーキを頬張るカインはいつになく屈託無く笑っていて可愛い。
可愛いがだがしかし、これはどう考えてもBLルートまっしぐらである。
うん、やっぱり薄い本で見た奴だ。
何故こうなったかと言えば、先日カインに「デートをしてくれ」と頼まれたとき、上手く断ることが出来なかったからである。
でも会話の流れ的にそれは難しかったし、どうしてもと頼まれると無碍には出来ない。
もちろんなんで自分なのかと不思議に思ったが「理由は聞かないでくれ」と頬を赤らめながらモジモジされたら聞けない。
だってその反応は、そういうことだろう!
モジモジしてるって、つまりそういうことだろ!
薄い本で読んだから俺知ってる!! 下手につついたらやばいって知ってる!!
と脳内が大パニックになっているうちに約束は交わされたことになり、さっそくデートは決行されてしまった。
ちなみに戸惑いのあまりどうして良いか分からず、ギーザに事の顛末を話したら大興奮された。自分としてはカインを傷つけずに断る口実を教えて欲しかったのだが、未だかつて無いほど幸せな顔で俺を抱き締め「よくやった!!」と言われてしまった。
俺とフラグが立ったらセシリアが困るのではと突っ込みたかったが、ギーザの思考は腐り果てた花畑に飛んで言ってしまい、彼女もまともな判断がつかなくなってしまったようだった。
そしてこうなると、もう何も見えなくなるのが彼女だと、前世の経験から知っている。
ちなみに彼女は今、影からこのデートを覗いている。さりげなく側の窓から通りの向こうを伺うと、はぁはぁしながら悶えている姿がちらちら見える。
幸せそうだ。よかった……と思いかけて我に返る。
いや、良くない。これは良くないぞ。
「どうしたアシュレイ。チョコレートケーキはお前の好物だろう」
フォークを握り締めながら戸惑っていた俺に、カインが小さく首をかしげる。
たったそれだけでも無駄に絵になる男なので、店に来ていた女性客たちが何やらぽ~っとしている。
気持ちは分かる。正直男の俺だって、正面からカインを見ていると、奴の色気には時々ドキッとする。
昔の可愛い彼のイメージが強いから、ギャップにクラクラするときもある。
「くそっ、俺は何を考えているんだ……。俺の本命はギーザなんだぞ……」
「ん? なにブツブツ言ってるんだ」
「……独り言だ。俺は、ケーキを食べると独り言が出る男なんだ」
「ケーキを食べなくてもよく言ってるだろ。主にギーザのことだが」
心苦しい言い訳も、普段の奇行のお陰で無理なく通じたらしい。それにほっとすべきか迷いながらケーキを食べていると、カインがそこでふっと笑みをこぼした。
「お前とこうして出かけるのは、本当に久しぶりだな」
「俺はそうでもない……と思ったが、寝ていたからそう感じるだけか」
「本当に、眠っていた間のことは覚えていないんだな」
「ああ。一晩寝て起きた程度の感覚しかない」
「俺たちがアレだけ心配したのに、どこまでも暢気な……」
呆れた顔で言いながら、アシュレイが紅茶のカップを傾ける。
洗練された仕草に見惚れ、なんだか少し誇らしい気持ちにもなった。
「改めて見ると、お前は本当に立派になったな。子供の頃はよくお茶を啜って、教師に怒られていたのに」
「そ、それは子供の頃だろう」
「今だって子供ではあるだろ」
「もう23だぞ! 立派な大人だ」
「いや、俺からしたら子供だ」
まあ色気はかなり出ているが、小さな頃の記憶しかないせいでどうしても子供扱いしてしまう。
「お前がいない間に剣の腕も上がったし、魔法だって今やマルにも負けないぞ」
「そういえば、お前マルとはどうなんだ。デートなら、あいつとすればいいんじゃないのか」
「なんで俺が、あんな男とデートするんだ」
鼻で笑われた。どうやら、ギーザ一押しのマル×カインルートには入っていないらしい。
「いやでも、あいつの方がこういう店が似合いそうだし」
「俺は、アシュレイと出かけたかったんだ」
ゲームでも聞いた甘い台詞が飛び出し、俺は思わずドキッとする。
「ずっと出かけたかったんだ。お前ともう一度、こうして二人きりで」
「カイン、お前……」
「それに、お前に言いたいこともあって……」
そこでまたモジモジしだすカインに、俺は危機感を覚える。
こういう顔も俺はゲームで見た。告白イベントの時に見た。
「なあカイン、俺はお前には――」
相応しくないと言いかけたところで、突然凄まじい殺気を感じる。
悪魔を凌駕する凍てつくような視線に射貫かれ、身体を逸らしたのは無意識だった。
直後、窓ガラスが割れる音と共に、俺の頭があった場所を弾丸が貫く。
追撃を予感し、俺は慌てて銃を引き抜くが――
「馬鹿!! 浮気!! 浮気だあああああ!!!」
聞こえてきた少女の声に、俺は出鼻をくじかれ銃を落としかけた。
「何してるんだセシリア! 窓が割れてしまったじゃないか!」
カインの言葉に、窓より俺の心配をしてくれと突っ込むべきか悩みかけたところで、俺は気づく。
「え、セシリアってまさか……」
改めて窓の外を見ると、通りの向こうに建つ道具屋の屋根に、美しい少女が立っていた。
ただその手には無骨で巨大なライフルが握られており、違和感が凄まじい。
「ダメでしょセシリア! 銃を向けていいのは悪魔だけって教えたじゃない!」
通りの影に隠れていたギーザまで飛び出すと、途端に少女――セシリアの顔が泣きそうに歪む。
「あ、悪魔だもん! その人悪魔だもん!!」
セシリアの言葉にドキッとしていると、ギーザがもう一度「コラッ!」と怒る。
それにむっとしたのか、セシリアはヒロインらしからぬ凄まじい跳躍力で屋根を飛び降り、ギーザの隣にすとんと着地した。
「だって私のカイン様を取ったんだもん! 私にとっては悪魔みたいなものだもん!」
ゲーム内のハキハキした彼女とは違い、目の前のセシリアは舌っ足らずなしゃべり方をしている。
だが今はロリっ子口調に戸惑っている場合ではない。
「いやむしろ、先ほどの殺気からして君の方が悪魔じみていたが……」
思わずこぼせば、そこでギーザがおずおずと近づいてくる。
「じ、実はその……いずれ悪魔が現れた時のためにとお父様が銃を教えたら、思いのほか強くなり過ぎちゃって……」
ギーザの耳打ちに、俺は何となく状況を察する。
たぶんギリアム辺りが、指輪の一件に懲りて護身術でも学ばせようと思ったのだろう。
普通の少女であれば悪魔化した俺の隙を突けるわけがない。……が、訓練された上にセシリアはヒロインだ。アクション要素もある悪魔と愛の銃弾では、プレイヤーが操作して戦うキャラの一人である。
基本的には男性キャラの方が強く、セシリアはサポート系タイプではあるが、ステータスをSTRに極振りするともの凄いダメージをたたき出すのだ。
そのあまりの強さに、あえて最強ヒロインを作るという面白動画を投稿するyoutuberもいて、その動画をギーザと二人で笑いながら見た記憶がある。
「……ご、極振りなんだな」
「そうなの、極振りになっちゃったの何故か」
多分レベルも70越えなのと、ギーザが渇いた笑いをこぼす。
何となく事情を察した俺は、命の危機を感じて慌てて銃をしまった。
「俺は悪魔ではないし、カインを取ったつもりはない」
腕も上げて敵意は無いと示したが、セシリアはまだ納得していない様子である。
「でもカイン様、『今日はアシュレイとデートなんだ』って昨日からずっと笑ってた」
「確かにまあ、デートには誘われたが……」
「この悪魔!!!」
そこでまた銃口を向けられひやりとしたが、慌てたカインが割れた窓を飛び越えセシリアと俺の間に入ってくれる。
「確かにデートとは言ったが、セシーが思っているような物ではないよ」
「でも、幸せそうに笑ってた」
「いやまあ、そこは否定できないけど」
途端にカインの肩越しに銃口が向けられ、俺は「ここは否定しろ!」と心の中で叫ぶ。
「久しぶりに彼と出かけられて嬉しかったのは事実だ。でもアシュレイは男だぞ?」
「でもデートなんでしょ」
「あえてデートとして誘ったのには理由があるんだ」
そこでカインはあのモジモジ顔で俺をチラリと見る。
いや、今意味深な顔はやめろ。マジで撃たれる。
そう思って回避行動を取ろうと思った矢先、カインがセシリアの肩にそっと手を置く。
「き、君とのデートの予行練習のつもりだったんだ」
「ほえ?」
そこで初めて、セシリアがヒロインらしい可愛らしい反応をした。
その手からギーザがさりげなく銃を奪えば、見つめ合うカインとセシリアの間に甘い雰囲気が漂い始める。
「せっかく君の護衛になれたのだから、休日はデートにいきたいと思ったんだ。だが誘い方もわからないし、どういう場所に行けば良いかも分からなくて……」
「だ、だから、アシュレイ様と練習してたの?」
そうだったの!? と思いたいのは俺も同じだが、動揺はなるべく隠した。
「や、やっぱりそういうことだったんだな! いや、カインにも春が来たんじゃないかと薄々思ってたんだよ!!」
その相手が俺だと思っていたのだが、それは秘密である。
「ば、バレていたのか?」
「まあなんか、甘酸っぱい雰囲気出していたし」
俺に対してだと思っていたが、それも秘密である。
「でもそっか、カインも大人になったな」
「先ほどは子供扱いしたくせに」
「まあ、素直に誘えないところはまだ子供だな」
「仕方ないだろう。セシーが可愛すぎて、どうやって誘えば良いか分からなくなってしまうんだ」
カインの言葉にセシリアは愛らしい笑顔を浮かべ、ギーザは小声で「ノマカプも尊いぃぃ」と身悶えていた。
腐女子ではあるが、ギーザは男女の組み合わせも行けるタイプなのである。
「じゃあじゃあ、カイン様が本当にデートしたかったのは私?」
「ああ。君以外にしたい相手なんていない」
「アシュレイ様は?」
「大事な兄のような人だが、君の足下にも及ばないよ」
この前は自分を一番にしろとかいっていた癖に、お前もヒロイン至上主義じゃないか! と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
いやまあ俺も人のことは言えないが、何だか裏切られた気分だ。
「じゃあじゃあ、デートは私としましょ! カイン様がデートに誘うの恥ずかしいなら、セシーがいっぱい誘うから!」
言うなりカインの腕を引いて、セシリアがはしゃぎ出す。
そんな彼女を「可愛いなぁ」という顔で見つめ、そのまま歩き出すカイン。
二人が通りの向こうに消えていくのを見守っていていると、ふいに「こほん」と背後で咳払いが響いた。
「すみません、窓ガラスの弁償を……」
振り返れば、店主らしき男ににっこり微笑まれていた。
「あとケーキのお会計もお願いしますね」
「は、はい、すぐに……」
頷きながらも、もの凄く釈然としない気持ちになった。
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